毒は廻る、されど気付かず

小市民

第1話 リーダーになった僕

「僕は愛川君がいいと思います」


 さっきまでストーブの音しか聞こえなかった教室で、T君がそう言った。僕は驚いて、はっと息を止める。

「他のみんなはどう思うかな?」

 いつも蛍光灯の白い光が頭と眼鏡に反射しているO先生が嬉しそうに、クラスのみんなに聞いた。みんなはきょろきょろしながら「どうだろう?」とか「いいんじゃない?」とか小さくつぶやいている。


 とにかく僕は居心地が悪かった。


 本当は今すぐにでも「なんで僕なの? どうして?」と一人一人に聞いて回りたかったけど、そんなことは恥ずかしくてできない。


 僕はただ黙っているしかなかった。


「いいと思います。すごくしっかりしてる気がするし」

 今度はK君が頷きながら、そう言った。なぜかこれにはみんな同じことを思ったみたいで、「ああね」とか「確かに」とかそんな言葉が聞こえてくる。

 「みんなから信頼されているようだけど、愛川君はどうかな?やってみたいかな?」

 みんなの視線が一気に集まって、顔がぐわっと熱くなる。


 「やったことがないのでよく分かりません」

 僕はそっけない返事をした。

 ただ今は、みんながこっちを見るのを早くやめてほしかった。


 「そうだよね、難しいよね。でもね、誰かが愛川君がいいって言ってくれることはとっても嬉しいことだし、期待されているってことなんだよ! こんなことなかなかあることじゃないよ!」

 先生は鼻の穴を膨らませて、じっと僕を見つめながらそう言ってくる。

 

 僕はちっとも嬉しくなくて、先生が早く代表委員を決めたいのだなと、すぐに分かった。


 「じゃあ代表委員をやります」と僕はそう言った。


 「おおやってくれるか! ありがとう! 本当は先生も愛川君がやってくれたらなって思ってたんだよ!」

 先生は、眼鏡で小さくなっている目を凄く大きくしながらそう言う。

 なんで僕にやってほしいと思っていたのだろう。僕ならすぐにやると言いそうだったからだろうか。

 

 先生に合わせてクラスのみんなも「ありがとう!」とか「助かった」とか「これで他の委員が決められる」とか一気に話し出す。きっとみんな安心したのだろう。みんなが期待してくれているってことは信じられないけど、みんなの安心した顔を見るのは凄く嬉しくて、気持ち良かった。


 「じゃあここまでで先生の仕事は終わりです。これから先は愛川君に前に来てもらって、もう一人の代表委員とその他の委員を決めてもらいます。いいかな?」

 つるつる眼鏡がこっちを見てくる。

 やっぱりそういう面倒くさいことになるのだ。だいたいこういうことは何かを決める前には言わない。それはよく分かっていた。


 にこにこしている先生に少しイライラしながら、「分かりました」とだけ小さく言って、狭い机と机の間を進んだ。


 授業中いつもなら先生しか立たない教壇に上って、クラスのみんなを見下ろす。みんな同じクラスメイトが前に立っているのが珍しいのか、急に静かになって、こっちを見てきた。


 僕は耐えきれなくなって「なんか恥ずかしいな。あんまり見ないで」と軽く冗談を言った。


 「ほらみんな、ただ見ているだけじゃなくて拍手!」

 そう先生が言うとみんな笑いながら拍手をしてくれた。

 なんだか少しレベルアップした気がして、僕はそこまで悪い気はしなかった。


 「じゃああとは愛川君に任せるね」

 先生にそう言われ、僕は声が震えないように、できるだけお腹に力を入れて話し始めた。

 「はじめまして。あっはじめてではないか。ほとんど幼稚園から一緒だし。でも代表委員としては初めてですね。」

 緊張しているのが伝わっているのか、変に敬語になっちゃうのが面白いのか、くすくすと笑いが起きる。


 「これから一年間みんなの役に立てるように頑張るから、よろしくお願いします」


 「一年じゃなくてもう六年生まで連続でやって、児童会長もやっていいよー」

 S君が僕に調子よく言ってくる。僕はちょっかいを出してくれたことで少し気が楽になった。


 「じゃあ次はSに代表委員をやってもらおっか」

 もう既にいつも通りのやりとりになってきていた。

 みんなは「あんまり怒らせるなよー」とか「S君が代表委員になったらこのクラスが終わる」とか言っていた。

 なんだかさっきまでの静かな感じがなくなってきていた。


「まずは僕の相方となる代表委員を決めないといけなくて、これが決まらないと他の委員も決められないから面倒だよね」


 僕はそう言いつつ、面倒と言ってしまって大丈夫だったか先生を見つめる。


 「みんなこうやって愛川君が頑張っているんだから協力するんだぞ」

 先生は機嫌がよさそうだった。だから僕はもう気にせずに、いつもクラスのみんなと話している感じで、そのまま話を進めた。

 「でも僕と一緒に代表委員をやりたい、しかも女子ってなるとそんな人なかなかいないだろうけど、やってくれる人はいないかな?」

 気まずそうにしている僕を見て男子のみんなはとても楽しそうにしている。でも女子はみんなまた静かになってしまった。


 「こうなるとくじ引きするしかないかな、先生もう一人は女子じゃないとダメなんですか?」

 きっとダメなことは分かっていたけど冗談で聞いてみると、先生は、それは難しいなと困ったような顔をするだけで、クラスのみんなはまた笑った。

 こうなったら仕方がないと思って、くじを作るために自分の引き出しから自由帳を取りに行こうとすると、「私がやるよ。他にやりたい人がいなかったら」とIさんがそう言った。


 意外にもう一人の代表委員もすぐに決まった。

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