暗澹たる思いで市民会館で教材を用意していたところに、奇跡が舞い降りてきた。

 私服姿の彼が申し訳なさそうな顔をして、一人でやってきたのである。彼が言うには、もう一人の女の子は体調不良らしく、初日は休むということだった。


 わたしは思いがけない幸運に、どう折り合いをつければよいのかわからず、しばらく放心してしまったが、自分を取り戻して、「大丈夫ですよ。個人にあったレベルで教えていきますから、休んでも大丈夫と彼女に伝えてね」と彼に言った。冷静さが帰ってきたと思ったが、余計なフォローを入れてしまうあたり、感情の整理が完全についていないのが自分でもわかる。わたしの方が彼に申し訳なさそうな顔をして、「体調不良でしたら、無理しないで講座自体を不参加でも大丈夫ですよ」と、彼女を追い出すようなセリフを吐けばよかったのに、彼の前でいい人を演じてしまったことで、好機を逸したような気がする。


 ということで、本日はわたしの生徒は彼一人だけになった。他の募集はわたしの権限で断っており、あとは、初老の女性講師が高校生女子二人を担当することになっている。教室はざっくりと四つにパーテンションで仕切られており、わたしは個室のような状態の中で、彼のレッスンをすることができる。


 わたしはブラウスのボタンをいつもより一つ分、挑戦的な状態にして、胸元を主張させる。そして、緊張している彼の前に立ち、「緊張しなくでも大丈夫だから、頑張っていきましょう」と優しく言った。


 彼は、せっかく母親が洗濯してくれたのに、クシャクシャにしてタンスに入れたであろう、皺だらけのTシャツの裾を摘まみながら、「よろしくお願いします」と言うのであった。

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