第8話 恋に落ちた医者
「いつから“黒薔薇”が連続殺人と言われるようになったっけ?」
「二件目だな」
「やたら派手だったのは一件目と四件目か」
日比谷探偵事務所は朝のニュースを見ていた。“黒薔薇”が出たと報道されていた。
「“黒薔薇”はよくわからないな」
「“安楽死”をする殺人鬼じゃないんですか?」
「じゃあ、一件目は違うんじゃないか?」
一旦情報を整理しようかと朝陽がホワイトボードに手を伸ばす。
「まず一件目。被害者は六人だが“安楽死”で殺されたのはひとりだけ。女子が三人、男子が二人のグループがいじめを行っていた。安楽死じゃない五人は拷問に近いことをされて、苦しい死に方をしているため、人体に詳しい者が犯人と思われている。ちなみに黒薔薇が手向けられていたのはいじめの被害者だけ」
「いじめに関して犯人は否定的だね」
「ま、被害者の依頼の可能性もあるけどね」
次、と朝陽は書いていく。
「二件目。被害者は有名な作曲家だ。作る曲は軒並み大ヒットする。が、病気にかかり聴力を失った。聴力を失っても曲を作っていたが、気に入るものが出来ず安楽死をした。そこには黒薔薇が手向けられていた」
「安楽死の賛否両論が出た事件だったな。耳が聞こえない世界では生きられなかったんだと、彼を惜しみながらも安楽死を肯定的な声が多かった」
「これは他に犠牲者はいないんですね」
「誰も悪い奴がいないからな」
再び、朝陽がペンを取る。が、途中で止まる。
「朝陽?大丈夫か?」
心配し、声をかける
「三件目。被害者は確定しているのは15人。孤児院の子どもが殺されたが、子どもたちはガリガリに痩せ細り、痣や骨折がみられ、安楽死をしなくても遅かれ早かれ死んでいたと思われる。大人の姿は見つからず、生死も不明」
「いじめでは加害者を殺しているのに、この事件は加害者を殺したか不明だ。何の差だろうな?」
「馨はどう思う?」
「殺してる、だろうな。“黒薔薇”は正義感が強いように見える。大人たちは子どもたちと同じように痩せ細るまで食事を抜き、暴行を行うだろう」
「俺は、死ぬのは大人だけで充分じゃないかと思います。治療をすれば、生きられるじゃないですか」
目を潤ませながら空は訴える。
「それは虐待を受けたことのない、幸せ者の言葉だよ。虐待はな、深い深い傷になるんだ。解放されても、精神を病むことも多い。俺は、この件に関しては“安楽死”は救いだと思う」
「空、朝陽はずっと虐待されてたんだよ。身体中に痕跡が残ってる。今の親戚は優しく、朝陽を愛してくれているが、傷は癒えていない」
その言葉に空がポロポロと涙を流しながら朝陽に抱きつく。
「はーなーせー」
引き剥がそうとする朝陽は嫌そうながらも口元は微かに緩んでいた。
次、と朝陽はまた書き始める。
「四件目。被害者は女子高生。実父による性的虐待、妊娠や堕胎を苦にしていた。Go to Hell! 《地獄に落ちろ!》 と彼女自身の血でメッセージが残されていたことを考えると、彼女の憎しみは相当のものだったんだろう。父親は真実を知った母親に殺されている」
「……女の子も、母親も可哀想です」
「母親に話せていたらこうはならなかったかもしれない。少なくとも父親の味方ではなかったようだからね。でも、家族を壊したくないなら言いたくても言えなかったんだな。黒薔薇は女の子とまだ胎内にいる子どもとふたりぶん置かれてた」
で、五件目のニュースを三人は凝視している。
「末期ガンの年配の旦那とその妻、か。ありがちと言えばありがちだな」
「旦那さんだけじゃなくて、奥さんも?奥さんを殺す必要はないと思います」
「まだ事実関係は不明だけど黒薔薇がふたつ手向けられていたのなら、奥さんも“安楽死”を望んだんじゃないかな。旦那に遺されたくなかったんだよ」
高齢者のあり方、末期ガンの患者のあり方、夫婦としてのあり方がテレビで論争になっていた。
「正直、私は安楽死に関しては反対でも賛成でもないよ」
「俺もそうだな。生きている=幸せじゃない」
「俺はケースバイケースです。“安楽死”という選択肢が増えてもいいんじゃないかと思います」
「さ、うちのトップはどう動く?」
朝陽が馨に尋ねる。
「うちは探偵事務所だからね。“黒薔薇”を警察より先に捕まえるよ。警察に捕まったら“ただの殺人鬼”になってしまうからね。私は“黒薔薇”の信念を聞きたい。情報収集は頼んだよ、朝陽」
「りょーかい」
ニッと朝陽は笑う。
「期待しててよ、馨、空 」
☆
「ふたりとも同じように殺されてますね」
「今までと同じ毒でです?」
「同じですね。今日は薬に詳しい同僚を呼んでます」
「
「
軽い感じの調月に織部は眉をしかめる。
「チカ、織部さん怒らせてるよ。俺は
「ーーで、この毒はどういう経路で入手できます?」
今までの軽薄さはなんだったのか。一気に空気がピリッとしたものに変わる。
「安楽死に使うのは筋弛緩剤とバルビーツール系の薬だ。誰でも購入できる。通販で売ってるさ」
「それを使えば誰でも死ねるもんです?」
「簡単にと断言はできかねますが、このネット社会、やり方はいくらでも調べられるかと」
「医者が使うもんと、やっぱり効き目が違います?」
「えぇ。楽に死にたいのなら医者を頼るのが確実でしょう。調月さん、あなたは犯人を“医療関係者”だと疑っていますね?」
織部の言葉ににぃと調月は笑う。
「そりゃあ、そうですわ。“安楽死”なんやから」
「はー、疲れた。なんであいつはあんなに調月さんに絡むんだか」
結局、あの後の空気は重かった。
まぁ、あんな風に疑っていると言われたらいい気分はしないのは間違いないのだが、織部も気にしすぎな気がする。
「ただでさえ、医者って人の命に関わるからピリピリするのにやめてほしいよね」
そうぼやきながら玄関に置かれた歩が買ってきた多肉植物をぷにぷにとつつく。かわいい。
「あ、お帰り、命。それ、癒されるでしょ?」
「癖になるね」
と、顔をあげる。
「え…?」
「お風呂にする?食事にする?それとも僕?」
予想していなかった服装と言葉に命はフリーズしていた。
「あれ?僕、なんか変なことした?」
きょとんとする歩に命は苦笑する。
裸エプロンにあのセリフ。一体どこで覚えて来たのやら。
「変、ではない、のか……?この出迎えは歩くんが考えたのかい?」
「ヒロがね、命がきっと喜んでくれるよって教えてくれたんだ」
ヒロとは確か歩の友人だ。
「彼には私たちのことを話したんだね」
「うん。友達だからいろいろーー」
言葉ごとキスで飲み込む。
喜ばせたいと思ってくれたことを素直に嬉しく思おう。引っかかるところはあるけれど。
「全部、ちょうだい?」
「ずるいよ、命」
「だって、どれも欲しいから」
疲れが吹き飛んでいく。
ちゅっと啄むようにキスをする。くすぐったいよと歩が笑う。
この笑顔を守りたい。
この命を守りたい。
「好きだ、歩くん」
「俺もだよ、命」
だから“心臓”をどうにかしなくては。
早く、ハヤク。
☆
「久しぶりですね、朝陽」
「お久しぶりです、優人さん、麗央さん。調べものをしてたんですが、なんとなくリベルテにたどり着く気はしてましたよ」
「へぇ、何を調べてた?」
「教えませんよ。守秘義務ありますから」
「あーちゃん、俺らの仲だからいいじゃん」
がばっと麗央が朝陽に抱きつき、笑う。
「“黒薔薇”だろう?」
「優人さん、ご存知なんですか?」
「逆に聞くけど、僕が知らないと思うかい?」
その言葉にいいえと朝陽は首を振る。
「“黒薔薇”とリベルテは関係がありますね?」
「情報に対する対価は?」
「久しぶりにチェスはどうです?」
「悪くないね。なかなか強い対戦相手に恵まれなくてね」
満足そうに優人は笑う。
「ーー“黒薔薇”は恋に落ちた医者だよ」
「恋に落ちた、医者……?」
「儚い命を愛する医者さ」
☆
「あーちゃん、危ねーことしてない?」
「してないよ」
「なら良かった。危ないからってリベルテをやめたんだもんな」
「普通に高校生してるよ」
「大丈夫だよ、麗央。僕が定期的に朝陽を調べてるからね。さ、早速チェスをしようか。勝負に勝てたら、医者の名前を教えてあげる」
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