第7話 命と安楽死
今日もひとり患者が亡くなった。
家族がお世話になりましたとしきりに命に頭を下げている。
決して珍しい光景ではないのだが、あまりに頻度が多い気が美鳥はしていた。
「また不死原先生の患者さんですね。多すぎませんか?」
「不死原先生の担当は末期の患者さんが多いですからね。それでも多い気はしますが」
「美鳥先生と比べたら倍以上ですよね」
「家族から非難を受けてないのも異常、ですかね。意外と、私たちは家族に罵倒されるものなんです。まだ、治療できたんじゃないですか、と」
美鳥と朔は命を疑っていた。
「美鳥先生。“リベルテ”を見つけましたよ。いわゆる裏稼業ってやつで、安楽死の斡旋や臓器売買等をして稼いでるらしいです」
「安楽死、ですか。安楽死を望む声は昔から一定数ありますからね。不死原先生が安楽死を行っていると仮定すると、患者さんの死亡率の高さと家族の反応に納得がいきますね」
「安楽死を望む気持ちはわからなくもないです。でも、まだ“生きていられる”人の命を奪うのは“殺人”だと僕は思います」
「私もあなたと同じ意見ですよ。安楽死否定派です。あ、そう言えば不死原先生は前に気になることを言っていましたね」
「気になること?」
「余命半年の病気は何が考えられるか、と」
「がん、ですかね?」
「がんではないらしいです」
「では、何でしょう?」
「私は何らかの臓器移植を必要とする病気ではないかと思っています。安楽死をし、必要な臓器を手に入れる。そう考えると辻褄があいませんか?」
「そういう話を共用部分でするのはどうかと思いますよ」
美鳥たちが振り向いた先にいたのは識だった。
「遠回しに命先生を“殺人鬼”扱いしないでくれます?」
怒りを露にする識に失礼しましたと美鳥が謝罪する。
「安楽死は日本の法律では認められていません。でも、国を変えれば認められる国もあります。安楽死は必ずしも“悪”ではないと思いますが?」
「法律が“悪”としてるんだから“悪”でしょう?」
識と朔が睨みあっている。
美鳥が止めようとしたところに命が現れる。
「識。双葉くんが言ってることが正しいよ」
「でも、命先生が遠回しに“殺人鬼”扱いされたんですよ?」
「気にしないさ。するかしないかは置いといて、私は安楽死肯定派だからね」
すっと命は去っていく。待ってくださいよと識がその背を追う。
「朔。少し“リベルテ”に接触してみましょうか?」
「いいですけど、危なくないですか?」
「命先生に直接アプローチするよりは何か得られるでしょう?」
その言葉に朔はしっかりと頷いた。
安楽死をしても、心臓が見つからない。
心臓はどこにある?
歩を助けたいのに心臓が見つからない。
「お帰り、命」
「ただいま、歩くん」
この幸せを、歩を失いたくない。
キスを交わしながら、命の心は泣いていた。
☆
「ねぇ、命。聞きたいことがあるんだけどいい?」
身体を重ねた後、いつものように歩は命にくっついていた。
「いいよ。何かな?」
「こうやってするときもしないときも、どこかに出掛けてるよね?どこに行ってるの?」
歩の質問に言葉が詰まる。歩に嘘はつきたくない。でも、だからといって真実を言うわけにもいかない。
「答えられないなら、それでいいよ。ちゃんと寝てないから心配なだけで、責めたりしたいわけじゃないから」
そっと歩の手が頬に触れる。
「他の誰かのところに行ってるんでもいいんだよ。僕が一緒にいられるのはたった半年だから、ね」
「ごめん。詳しくは言えない。でも、他の誰かのところに行ってるわけじゃない。私には歩くんだけだよ」
ぎゅっと抱き寄せ、優しいキスをする。
「じゃあ、“リベルテ”でお仕事してるのかな?僕にあう心臓を探してくれてる?」
「当たりだよ。歩くんには敵わないな」
「なかなか見つからないでしょう?無理はしなくていいからね。僕は最期にいっぱい愛してくれる人がいてくれるだけで幸せだから」
歩の笑顔にきゅっと胸が苦しくなる。
幸せなのは自分のほうだと、ぎゅっと強く抱き締める。
「絶対、心臓を見つける。この命にかえても」
真剣な命に歩はふわりと笑う。
「無理はしないでね?あと、出かけるときは寝てても声をかけてほしいな。心配だからね」
「わかった。声をかけていくようにするよ」
視線が絡まる。お互いがお互いを欲しているのが伝わってくる。歩の手が命の下半身に伸びる。
「……今日、体調いいからもう一回、したい……」
「身体、無理してないかい?」
「してないよ」
それなら断る理由はどこにもない。
「……本能のままに、激しくして?」
返事のかわりに命は濃厚なキスをした。
☆
「いらっしゃいませ。何をお飲みになりますか?」
「特別なシェリーをふたつお願いします」
朔と美鳥はリベルテが経営するバーに来ていた。
“特別なシェリー”を頼むのがどうやら合図らしく、どうぞこちらにと空色の髪をした背の高い男が店の裏に案内する。
「ユウ、お客さんー」
「すぐ行くよ」
ユウと呼ばれた男が美鳥たちの前に現れる。
「“リベルテ”に用でお間違いありませんか?“リベルテ”がわからないのであれば表に戻ることをオススメ致します」
「間違いありません」
「僕も間違いありません」
「なら、問題ありませんね。僕の名前は真島優人。となりにいる彼は巽麗央。ようこそお越し下さいました、高嶺美鳥先生、双葉朔さん」
にこりと笑う優人に、名前を呼ばれたふたりは固まっていた。
「驚かせてすみません。リベルテにいらっしゃるお客様はこちらで大体把握し、害のありそうなお客様はリベルテにたどり着けないようにしているんです」
「ということは私たちは歓迎されていると?」
「逆だな。招かれざる客だ。あんたの連れ、相当優秀だよ。ま、こうやって正しい手順で来たなら仕方ねーし」
「“招かれざる客”の理由をお聞きしても?」
相手の反応を凝視しながら、美鳥が問う。
「簡単な話ですよ。あなたがたは僕たちに依頼をしにきたわけじゃないからです。違いますか?」
優人の笑顔に美鳥と朔は笑うことしかできなかった。
「で、あんたらは何を調べに来たの?」
麗央のまっすぐな瞳がふたりをみつめる。
「ーー不死原命は安楽死をしているのですか?」
☆
(ふぅ。時間的には今日はひとりが精一杯かな)
老婆に涙ながらにお礼を言われ、命は黒薔薇を手向けていた。
「“安楽死”をお願いしておいて何を聞くんだと思うかもしれませんが、“安楽死”は正しいことだと先生は思われますか?」
「……正しいか正しくないと聞かれたら、正しくはないと思います。ただ“善悪”で言うと必ずしも“悪”でもないと思いますよ?本人の希望を受け止めて、尊厳を持ったまま死ねるのですから。とても幸せそうな死に顔です。罪悪感を感じる必要はありません」
命の言葉に老婆はポロポロと涙を流す。
「愛してるんですね、旦那さんのこと」
「……はい。この人が苦しむ姿をみるのがとても辛かったんです。“生きてほしい”と思ったのも嘘じゃないんです」
老婆に命はわかりますよと、優しく笑いかける。
「あの、依頼を追加してもかまいませんか?」
「内容によりますね」
「私もあの人の元に送ってください」
「あなたは健康で、病気という病気もありますがよろしいんですか?」
「えぇ。あの人がいない世界を生きるほうが、私にとっては不幸ですから」
老婆の気持ちが歩を思う気持ちと重なって、胸がチクリと痛む。
「その依頼、承ります。その気持ちは痛いほどわかりますから」
笑顔の老婆に命も笑った。
☆
「また“黒薔薇”が出たんやて?」
警察署はにわかに騒がしかった。
「老夫婦が笑顔で死んでて、“黒薔薇”がおいていかれてたんだって。遺体は綺麗だったらしい」
「また“安楽死”かいな?」
「旦那のほうが末期ガンだったみたい。苦痛も酷かったらしい」
「ほな不死原さんを呼ばないかんなぁ」
そう言いながら調月は電話をかける。
「あいつばっか頼って、つまんねーの。俺のほうがチカの力になれるのに」
「なんかいうた、笹目?」
「なんでもねーよ」
「安楽死はあかんってわかっとるけど、こんな幸せそうな死に顔みると、心が揺らぐなぁ」
「揺らぐなっての。“安楽死”は“殺人”なんだから」
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