第4話 友達

「ーー何かお探しですか?」

「お花屋さんってすごいですね」

「花屋に来るのは初めてですか?」

「はいっ!」


 目を輝かせて、歩は小花衣生花店を訪れていた。


「プレゼントに向くのはやっぱり花束ですか?」

「プレゼントでしたら花束もオススメですが、鉢植えもオススメですよ。手入れがめんどくさいという方にはプリザーブドフラワーがいいかもしれませんね。あとは多肉植物もかわいらしいですよ」

「ぷりざーぶと……?たにく……?」


 頭に?を浮かべている歩にふふと小花衣は笑う。


「すみません。初めての方にはわからないですよね。順に説明していきますね」


 歩は小花衣についていく。


「プリザーブドフラワーは長期間楽しめる花だと思ってください。多肉植物はここらにあります。可愛らしい見た目でしょう?」

「触ってみて大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ」


 触るとぷにぷにとした感触がする。

 種類もたくさんあり、確かに見た目にも可愛らしい。


「育てるのは難しいですか?」

「とても簡単ですよ。この子たちはサボテンの仲間なんです。土が乾いたら水をあげる程度です。あとお値段も安いんですよ」


 小花衣の言葉に歩は悩む。


「どういったご関係の方に贈られるのですか?」

「恋人です。……男ですけどね」

「ひょっとして、あなたが桐葉歩さんですか?」

「え?なぜ僕の名前をご存知なんですか?」

「不死原さんがあなたに贈っていた花束はうちのなんですよ」


 小花衣の言葉に歩は幸せそうに笑う。


「良かった。ふたりは結ばれたんですね」


 小花衣も笑顔で、じゃあふたりでとっておきのプレゼントにしましょうと頷いた。


 ☆


(やっぱり知らない人だ)


 命は検死を行っていた。相変わらず遺体は綺麗で、黒薔薇が添えられていたらしい。


(私は殺していない)


 確かに黒薔薇を添えたことはある。だがそれは全て遺族の前であり、手向けに添えただけだ。こんなにわかりやすく目立つように置いてなどいない。

 安楽死は遺族も違法だ。だから、黒薔薇を残すことはまず有り得ない。


(わざわざ私と同じ“黒薔薇”を残すなんて。他の花でもよくないか?)


「……これも同じ手口ですね」

「“黒薔薇”です?」

「その可能性が高いと思います」

「これで五人目かぁ」

「チカ、違う。四人目だよ」

「せやったっけ?」

「そうだって。忙しいからって間違っちゃダメだよ。しっかりしてよね」

「すまん、笹目」


 ふたりの噛み合わない会話が気になる。

 これはどちらかが嘘をついている?

 それともただの記憶違いなのか?

 けれど、後者は考えづらい。


(私の記憶は四人。けど、私が全員の検死に関わったとは限らない)


「調月さん、“黒薔薇”の検死をしたのは全部私ですか?」

「そうです。それがどうかしました?」

「他の方もおられるなら、意見の交換をしようかと」


 なるほどと調月が頷く。


「でも、パッと見、あれが“黒”薔薇とは思えないよね。全然“黒”じゃないじゃん」

「暗い血のような色ですよね」

「犯人は花に詳しい人物?」

「その可能性はあるな」



 違和感を残し、彼らは去っていく。



 と、腰の辺りに固いものが当てられ、動くなと警告される。



「リベルテの味方か?」

「外注だよ」

「何を担当している?」

「こんな聞き方には答えられないな」



 命は武器を蹴りあげる。



「なんだ、子どもじゃーー」

日比谷馨ひびやかおる


 命の言葉を遮り、馨が名乗る。


「不死原命だ」

「知ってる。天才外科医で監察医も兼ねる。恋人の名前は桐葉歩。心不全で余命半年。大学はーー」

「歩は関係ない。歩に関わるな。お前は何者だ?」

「ただの探偵さ」


「探偵、か。私を捕まえる気かい?」

「いや、その気はない」

「じゃ、何が目的なのかな?」

「個人的な事情だ。ここで言うべきことじゃない」

「それで誰も納得しないと思いますよ、馨さん」


 もうひとり現れたのは馨よりいくつか年上の男だった。


「すみません。こちら、こういう者です」


 名刺を差し出され、命も名刺を差し出す。


“日比谷探偵事務所、天方空あまかたそら”と名刺には書かれていた。


「これからお時間ありますか?良ければご一緒に食事はいかがです?」

「何の話をするつもりです?私はあなたたちに話すことはありませんから」


 それではと命は去っていく。


「馨さん、あなたのせいですよ。話を聞きたいのに警戒させてどうするんですか」


 やれやれと空はため息をつく。

“待ってください”と慌てて、空は命を追いかけ走り出した。


 ☆


「うん!いい感じにできましたね!」

「いろいろやってもらっちゃってすみません」

「気にしないでください。花を好きな人が増えるのは嬉しいですから」


 優しい小花衣に歩は笑う。


「もうお昼時ですね。よかったらお昼ご一緒しませんか?二階が住居になっているんです」

「ご家族にご迷惑はかかりませんか?」

「母が死んで、俺だけしかいないので大丈夫ですよ」

「すみません、お母さんのこと知らなくて」


 歩の言葉にいえいえと小花衣は頭を振る。


「何か食べれないものはありますか?」

「減塩と低脂肪とコレステロールに注意が必要です」

「はは、わからないです。横から指示してもらえますか?」

「はい!」


 隣に並び、昼食を作る。

 気がつけば小花衣の頬をつぅと涙が流れる。


「小花衣、さん?」

「ごめんね。つい母のことを思いだしちゃって」


 恥ずかしいなと言いながら、涙をぬぐうがなかなか止まりそうにない。


「……つまらない話だけど聞いてもらえますか?」

「僕で良ければ喜んで」

「ありがとうございます。俺の母はこの花屋を経営していました。俺も休みの日は手伝っていました。片親ではありましたが平凡で幸せな人生でしたよ。母が病気になるまでは」


 病気と聞いて、歩は自らの服をきゅっと掴む。


「末期ガンでした。痛みも酷いようで、苦しんでいました。余命も言われました。俺に殺してくれと懇願してきました。俺は必死で止めました。生きてくれって、言いました。けど、本当に生きるのが苦しそうで、殺してあげたほうがいいのではと考えたときにニュースで聞いてしまったんです。“安楽死”という言葉を。そして不死原さんに出会い、母は笑顔で旅立ちました。穏やかな死に顔でした。不死原さんは、手向けにと黒薔薇を母に持たせてくれました」

「……そうだったんですね」

「俺たちは不死原さんに救われたんです」


 話しているうちに昼食が出来上がる。


「……僕は心不全で余命半年と言われました。安楽死を求めて、命さんと出逢い、恋をしました」

「どうするんですか?」

「命さんが望む限り、頑張って生きてみようと思います」


 その言葉に小花衣は笑う。


「桐葉さん、俺たち友達になりませんか?」

「喜んで。歩って呼んでください」

「じゃあ俺は柊と呼んでください」

「敬語もやめにしましょうか」

「そうだね」


 穏やかな時間が過ぎていく。


「安楽死を選択して、後悔したことはある?」

「全くないよ。死ぬ準備もして、お世話になった人に挨拶をして、なんていうのかな。バタバタせずに人生を終わらせることができたよ。さすがに親戚は安楽死のことを知らないけれどね」

「お母さんのこと、嫌いだった?」

「大好きだった。だから、願いを叶えてあげたかった。どうして日本は安楽死を肯定してくれないんだろうね。必ずしも、生きている=幸せではないのに。安楽死がもっと広まって、治療の選択肢のひとつになればいいのにね」

「わかるよ、その気持ち」


 柊はそっかと笑う。


「仏壇に挨拶をさせてもらってもいい?」

「喜んで」


 歩は線香をあげ、手を合わせた。が、煙を吸い込んで激しくむせる。


「大丈夫!?」

「……大丈……夫」


 歩はカバンをあさり、薬を取り出し吸う。


「ごめんね。気管支が弱くて強いにおいがするものが苦手なんだ」

「落ち着いた?」

「薬を使ったから平気。ありがと」

「だから不死原さんは、においが強い花を避けていたんだね」

「命が?」

「そうだよ。本当に愛されてるね」

「うん。必要としてくれるから安楽死はやめたんだ。でも、そうしたら死ぬのが怖くなった」

「“死にたくない”と思うのは生き物の本能だよ。なにもおかしいことじゃない」

「死ぬつもりだったのに、だよ?」

「おかしくないよ」

「……そっか、ありがと」


 食べ終わったお皿を柊が片付けてくれる。


「いいなぁ。一人じゃないのは久しぶりだ。歩さえよければまた来てくれる?」

「来るよ!友達だからね」


 明るく笑う歩を柊が強く抱き締める。

 突然のことに驚き、手が触れた皿が落ちて割れた。


 ☆


「あー、疲れた」

「どうしたんですか、命さん」

「早めのランチにしようとしたら、変な奴らに絡まれた」

「え!?ストーカーなら、警察に相談した方がいいですよ」

「ストーカーではないんだ、有栖ありすくん」

「では、誰に絡まれたんです?」

「探偵だよ」

「探偵、ですか。なぜ命さんが?」

「さぁ、逃げてきたからわからないな」

「不死原さん。これでいいならどうぞ。ご飯食べ損ねたのでしょう?」


 隣の席の高嶺が渡してきたのはカップ麺の山だった。


美鳥みどりさん。これ全部コンビニの今週の新商品じゃないですか!?」

「新しいものが好きでつい試したくなるんですよ」

「美鳥さん、ジャンクフード食べないと思ってました」


 上品な見た目の美鳥の意外な面を知り、しきは驚いている。


「有栖くん。私はこういったものを食べたことがないのだけど、どれがいいかな?」

「食べたことがないとか、さすが命さんです!僭越ながら、選ばせていただきますね!」


 嬉々として識はカップ麺を吟味していた。

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