第5話 片想いとコーラとメロンパン
「命さん、何かリクエストはありますか?」
「リクエストと言われても、何の味があるのかわからないよ」
「みそクリームオニオン味、トマト味、焼き鳥塩味風味ラーメン、コーラ味、すっぽん味、メロンパン味焼きそばとありますよ」
「美鳥先輩、何個かヤバイのありません?」
「ありますね。不死原さんがどれを選ぶのか楽しみです」
たまに思うことがある。美鳥は命のことが嫌いなのではないか、と。
「命さん、ここは安全な焼き鳥味かトマト味にしましょう!」
「いえ、不死原さん。ここは人生初のカップ麺をコーラ味かメロンパン味にしましょうよ」
ずいとふたりが命に詰め寄る。
「……識 、好き嫌いはよくない。怖くはあるが、高嶺先生のオススメを試してみるよ」
命の言葉に嬉しそうに美鳥が笑う。
「じゃあ、用意してきますね」
上機嫌で美鳥はお湯を取りにいく。
「あーぁ、知らないですよ」
「商品化されているんだから、美味しいんじゃないのか?」
「美味しいのは美味しいですけど、たまになぜ商品化できたのか謎なものもあるんですよ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんです」
やがて運ばれてきたコーラ味のラーメンとメロンパン味の焼きそばはすごい匂いと色だった。
「さぁ、どうぞお召し上がりください」
命は冷や汗をかきながら、手をつける。
「ーーっ!?」
命の声にならない叫びに美鳥はもちろんのこと、識さえ笑っていた。
☆
「……ごめん。君には不死原さんがいるのに、触れてしまったね」
謝罪をしたにも関わらず、柊は歩を抱き締めたままだった。
「どうしよう。俺は不死原さんの恋愛を応援してきたのに、君に惹かれてる」
「その気持ちには答えられない。俺は命のものだから。“友達”にはなれるけど“恋人”にはなれない。ごめん」
とんと胸を押すと意外と簡単に腕から抜け出せた。
「謝らないで、歩。悪いのは俺なんだから」
寂しそうな顔に歩は胸がズキリと痛む。
「また来てね。それまでに気持ちの整理をしておくから。罪悪感は感じないで」
不死原さんに渡してくださいと歩は花を渡される。
「……薔薇?こんなの初めてみた」
「黒薔薇だよ。真っ黒な品種もあるけど、これは深い赤で、大人で色気のある色をしてる。頼まれ物と言われたら伝わるから」
抱き締められたのが嘘だったかのようにふたりはわかれた。
歩は柊と一緒に作った多肉植物の寄せ植えをリビングに飾る。
「ーーかわいい。命、喜んでくれるかな?」
歩は楽しそうに笑っていた。
☆
「……まだ味が口の中に残っている気がするよ」
「普通のはちゃんと美味しいですから。俺が明日持ってきますよ」
少し顔色の悪い命に識が笑う。
「最近、命さん、変わりましたよね」
「そうか?」
「そうですよ。なんというか、今までは冷たくて近寄り難かったんですけど、雰囲気が柔らかくなったんですよ。前なら高嶺先生もこんな悪戯をしません。プライベートで何か良いことでもあったんですか?」
「恋人が出来た、かな」
「え?恋人ですか!?どんなに合コンに誘っても来てくれなかった命先輩に本当に恋人ができたんですか!?」
「……それはちょっと驚きすぎじゃないか?」
識の驚きぶりに命は苦笑する。
「どんな人なんですか?かわいい系ですか?美人系ですか?」
「かわいい、かな。この前、夕食を作って待っててくれたんだ」
「めっちゃ、家庭的でいいじゃないですか!同棲してるんですか?」
「ううん。合鍵を渡したんだ」
「半分同棲みたいなものじゃないですか。いいなー、羨ましい。俺も恋人欲しいです」
「いないのか?」
「いませんよ。だから合コンに行くんですよ。でも、俺が医者だってわかったらあからさまに態度を変えられるんですよ。それが嫌で、なかなか出逢いがないんです。収入よりも俺のことに興味をもって欲しいんですよね」
識の言葉に命は歩のことを思い出す。出逢いは決してよくはなかったけれど、歩はありのままの自分を受け入れてくれている感じがする。
「じゃあ、私は幸せ者だな」
ふわりと笑う命に識は目を奪われる。
(命さん、こんな風に笑うんだ。悔しいな。羨ましいな)
「俺、ずっと好きな人がいるんです」
ぐいと白衣を掴み、耳もとで囁く。
「あなたのことが好きです」
☆
「はぁ。ふたり揃って逃げられるってダサイ」
「どうせ馨はストレートに言って、空は挨拶しかしてないんでしょ?」
「朝陽さん、なんでわかるんですか?」
「そりゃあ、付き合い長いし。馨も反論しないってことは図星なわけだな」
「その通りだよ。ごめん、朝陽」
しゅんとするふたりを前にいいよと朝陽は苦笑する。
「警戒はもうされちゃってるから、こっちに興味を持ってもらえるようにしなきゃいけないね」
「どうやって?」
「彼の恋人に近づくのが1番手っ取り早いだろうね。桐葉歩ーー馨と同い年で、同じ大学だ」
「専攻は?」
「医学部」
「あぁ。なら彼は有名人だよ。次席だって」
「へぇ。それはすごい。難関校だろ」
談笑していると探偵事務所の電話が鳴る。
「もしもし。日比谷探偵事務所ですーー」
☆
「この話の流れなら、俺は馨さんと大学に来ているんじゃないですかね」
空はため息をつきながらお湯を沸かし、コーヒーをいれていた。
小さいことからコツコツと。
それが空のモットーである。探偵事務所に大きな仕事(殺人等)が入ることはドラマではないから、滅多にない。幸い(?)馨や朝陽の優れた頭脳で大きな仕事が入ることはあるが、メインの仕事は浮気調査等の人を調べるものだった。
馨は大学に、朝陽は高校に通っているので主に働いているのは空であり、依頼人とよく話すのは空だった。
ふわりと良い香りのするコーヒーを依頼人の目の前に差し出す。が、依頼人はかなりヒステリーになっていて、コーヒーは置き去りだ。
(せっかくいい豆なのに勿体ない)
空は紅茶、コーヒー、緑茶等が好きでこだわりがある。なら探偵事務所で働かずに喫茶店で働けば良いというか喫茶店で働いていたのだが、常連客であった馨の父親に勧誘され探偵事務所で働くことにしたのだ。
(まさか、働きだしてすぐにいなくなるとは思わなかったな)
思考を切り替え、依頼人の話を聞いていく。
この仕事をしていて思うことがある。
どうしてこんなに浮気が多いのだろうか。
永遠を誓ったはずの愛は一体なんだったのだろう。
浮気をするのなら、結婚しなければいいと思う。
自分に大切な人はいない。強いて言うなら馨と朝陽になるが、それは恋愛感情ではない。
依頼人を見送り、空は仕事にとりかかった。
☆
「うん。なんとなくは気づいていたよ。確証はなかったけどね」
識の告白に命はそう答えていた。
「俺のこと嫌いですか?」
「いや、嫌いではないよ」
「じゃあ、俺のことキープしておいてください。この前、美鳥先輩に聞いてたのは恋人のことでしょう?余命半年だって」
「それはダメだよ。君に失礼だ」
「じゃあ、勝手に好きでいます」
そのまま識は強引にキスをする。
「振り向かせてみせますから、絶対に」
☆
「おかえり、命。ねぇ、見て見て!」
家に帰ると歩が楽しそうに出迎えてくれる。識にキスを許してしまった罪悪感に胸がズキリと痛む。
「これ、多肉植物っていうんだって。かわいいでしょ?」
「お花屋さんに行ってたの?」
「うん。これ、あげる。命も花が好きだから。あ、でもこれってお花?」
「ふふ。ちゃんと花も咲くよ。歩、ありがとう」
「あと、命に花を預かってるよ。珍しい色の薔薇だよ」
幸せな会話から急に現実に引き戻される。
花が届いた。ということは、また安楽死の依頼をこなしていかなければならない。
「これは“黒薔薇”だよ。一本あげる。プレゼントのおかえし」
黒薔薇の花言葉は“美しい死”だけではない。
この場合の花言葉は“あなたはあくまでも私のもの”だ。
「ありがと、命」
嬉しそうに歩は笑った。
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