クズでも世界を変えられる!
@puuuuma
第0話~ダメ人間、輝木光~
午前7時。
駅から徒歩10分のアパート。
エアコンもテレビも付けっ放し。
『……我が…………密……が……向にあり…………府……が…………』
ニュースが放送されている。
世間は朝を迎え、新しい一日が始まろうとしている。
「う……うるさい……」
部屋の主人が小さなうめき声をあげる。
すると、テレビの電源が消える。
その他の電化製品も電源が落ちる。
その時、テレビ本体やリモコンには『誰も触れていなかった』。
部屋の主人である、彼女も含めて。
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翌日。
朝8時を告げるアラームが鳴――らなかった。
鳴らなかったから、今こうして走っているのだ!
申し遅れました。
私の名前は輝木光(かがやき ひかり)。
東京都武蔵野市出身で、現在は板橋区に下宿し私立大学に通っている22歳です。
来年度は大学を卒業して、社会人になる予定です。
すでに遅刻しかけてる今日の定期考査を受けることができれば、ですが!
電車到着まであと3分……!
しかし、私のアパートから駅までは徒歩8分……。
まさに大ピンチなのです!
「ハァ……ハァ……!」
息を切らして全力疾走!
周りの目なんて知ったこっちゃない!
今は大学に間に合えばなんでもいいっ!
だが、現実は無情だ。
私が駅の入口へと至った時、すでに電車はホームに到着し、次の駅へ向かおうとしていたのだ。
何でだよ! 何で待ってくれないんだ! ちょっとくらい待っててくれてもいいじゃないか。
こっちは人生が懸かっているというのに。ケチな鉄道会社め!
仕方ない。
『アレ』を使って電車を止めるか。
ふざけて止めたりすれば、後でとんでもないことになると聞いたことはあるけど、要は私が止めたとバレなければいいのだ。
緊急事態だし、しょうがないよね。
そして、電車は駅で数分停止することとなった。
乗客には緊急停止ボタンが押されたとアナウンスされたが、普通に考えればあり得ない。
なぜならその瞬間、ボタンには『誰も触れていなかった』のだから。
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「ヒカリちゃんの周りでは、いつも不思議なことが起こるわねー……」
私が幼い頃、幼稚園の先生がよく言っていた。
当時は何を言われているのか全く分からなかった。
確かに私は、手を触れずに電化製品のスイッチを入れたり、鉄製のモノを自分にひっつけたりということを自在に行うことができた。
しかし、私にとっては生まれた時から当たり前で、不思議だなんて思ったことはなかった。だから、誰にだってできると思ってたし。
ある日、これを両親に話したら血相を変えた。
『絶対誰かに話しちゃダメよ! もちろん、人前でその力を使うのもダメ!』
その時にようやく知った。
私は普通の人間ではなかったことを。
電気を操る力……。
これが、私だけの『超能力』だったのだと。
……実は、中学2年生の頃に人前で少し使っちゃったのは内緒。
あの頃は思春期特有のアレなお年頃だったからね。
丁度その時期にこんな力を持っていたら、ひけらかしたくなるでしょ?
それが人間ってモンだよね。
その後、クラスメイトにイタいヤツだと思われて、友達を少し失ったけど……。
母さんが使うなと言った理由が身に染みて分かったよ。
それ以降、この能力は本当の緊急事態かネットサーフィンの時くらいにしか使ってない。
ネットサーフィンに使い始めたのも、超能力の電気が神経を伝う電気信号と同期できることを発見してから。
この原理を使って端末に電気を入り込ませてネット上の情報を直接入手するのが、私流のネットサーフィン。
感覚的には、インターネットという情報の街を縦横無尽に走り回っている感じ。
これが中々楽しくてさ、辞められないんだよねー。
しかも、このやり方だとどんなセキュリティかけようが無意味だしね。
だからここ最近の暇つぶしは専らこれですよ。
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ということで普段は外じゃ滅多に使わないこの超能力だが、今日はこの力が私を救った。
電車が駅で数分停止したおかげで乗車できたからだ。あとはこのまま、15分ほど電車に揺られていれば大学に着く。
そして、定期考査を受ければ単位所得、見事卒業だ。
ああ、なんて素晴らしい能力なのだろう。
神様がくれたのか何なのか分からないけど、私は世界中の誰よりもラッキーなガールさ!
定期考査の出来は完璧だった。
そりゃそうさ。だってテレビもエアコンも消さずに寝てしまうくらい限界まで勉強していたんだから。
これだけの努力が電車に乗れなかっただけで水泡に帰すなんて、絶対イヤだもんね。
さてと、明日から大学は春休み。
今日はさっさと家に帰って、これから始まる悠々自適なスローライフの1日目を満喫するぞ!
……あれ?
アパートの前に誰かいる。
あんなところにいられたら邪魔なんだけどなぁ……。
「失礼いたします。輝木光さんですね?」
……え? 誰この人たち。怖いんだけど。
「は、はい……。確かに私は輝木光ですが……」
とてつもなーく怪しいはずなのに、焦って思わず答えてしまった。
「あなたに1億円の損害賠償請求をいたします。詳しくはこちらの紙面で」
はぁ⁇
「……え、え、え⁉ な、なんですかいきなり‼ 意味わからないですよ!」
「お心当たりありませんか?」
「ないですよっ! 詐欺ですか!? 詐欺ですよね!!」
「そちらの紙面をご覧いただければ……」
紙面?
ここに、善良な市民へありもしない罪を着せた元凶が書かれているのか。
どれどれ……どんな邪悪なことが書かれているか、覗いてやろうじゃないか。
『 損害賠償請求書
東日本旅客鉄道株式会社
冠省 我々は平成30年1月22日、貴殿
の…………………
………………………… 』
あ。
東日本旅客鉄道株式会社……。
つまりJR東日本……。
…………いや、そんなバカな!
私はボタンに触れてないのだから、バレようがないはず!
ワザワザ近くのフェンスから電気を流して、緊急停止ボタンを作動させたのに!
「お心当たりのあるという顔ですね」
「ないです! あるわけないでしょう⁉」
こうなったらシラを切り通す!
……大丈夫だ。
確たる証拠は絶対に存在しないのだから、これで切り抜けられないハズがないのだ。
「私のせいで電車が止まったという証拠があるんですか⁉ 私が非常停止ボタンに手をかけている瞬間を、カメラに収めたとでもいうんですか! そんなのないでしょう!? やはりJRを騙った詐欺ですね! そんな手には乗りませんよ!」
大丈夫……。
大丈夫さ。
私の人生を、こんなところでぶち壊しにされてたまるか!
「残念ながら、そうはいかない」
もう1人の男が初めて口を開いた。
「君は今、ウソを吐いている」
え、何この人。
ようやく喋ったと思ったら、何決めつけてくれちゃってんの。
こういう人がきっと社会に冤罪を生み出していくのだろう。
反省してください。
「証拠をお見せしよう。さあ、あなたもこちらへ」
男が合図をすると、私と同年代の女性がこちらにやってきた。
髪は短く、中性的な顔立ち。
ボーイッシュって言うんだっけこういうの。
「ハァイ。ほうほう、ボーイッシュね。確かによくそう見られるよ。ありがとね」
「ど、どういたしまして………。 ⁉」
偶然なのか?
ボーイッシュだと思っただけで、口には出してないのに……。
容姿について軽々しく発言したら、悪く思う人もいるだろうし、その辺は配慮しないとね。
だって私は何の罪もない、善良な市民なのだから!
「偶然じゃないよ。配慮するなんて、キミは優しい人なんだね。でもウソを吐くのは善良な市民のやることじゃないなぁ」
ま、また⁉ 偶然じゃない! これじゃまるで……!
「『心を読まれているみたいだ』?」
「なっ……!」
「……もう分かっただろう。なぜ君がウソをついていると断定できたのか」
男が口を挟む。
「彼女も君と同じなのだ。特異な能力に目覚めた人間なのだよ。……君は能力を持っているのが、この世界で自分1人だと思っていたのかい? そんなことはない。この国には100人以ほど、君と同じく特異な力を持った人間がいるのだ」
「……つまり、この人は『人の考えてることがわかる能力』ってことですか……」
超絶大ショック!
私は選ばれし存在だと思っていたのに!
他にも超能力者がいたなんて!
しかも、100ほどって結構いるじゃん……。
「ということで、本日御社の列車を停止させたのは輝木光さんで間違いありません」
「はい、ありがとうございます。では、よろしくお願いします」
JR東日本の男が去る。
……あ、ああぁぁぁ‼
衝撃の連続ですっかり忘れていたっ!
シラを切り通せなくなった以上、私は1億の負債を抱えることになる!
……この先の人生を、莫大な借金に苦しみながら生きていくのだ。
だったら大学を1年留年した方が遥かにマシだった……?
ああ……冗談じゃない……。悪い夢だろ……。
ドッキリとかそういう感じであってくれ……!
頼むから、本当に……!
私は膝から崩れ落ちた。
目には涙が溜まる。
「こ、心が読まなくても、今キミがショックを受けているってのは分かるね……」
ボーイッシュな彼女が少し引いたように言う。
「い、1億円なんて払えません……。支払能力がない場合は……」
「……支払能力がないというのはウソじゃないみたいだね」
ついさっきまで私はラッキーなガールだとかほざいていたが、間違っていたようだ。
私は超アンラッキーガールだ。
超能力なんてない方がずっと幸せだった……。
やっぱり母さんの言う通り、普通の人間として過ごすべきだったんだ……。
「『超能力なんてない方が幸せ』ね……。そんなことないと思うよ。その力が必ずキミを救ってくれるさ」
また心を読んだのか……。
何が『救ってくれるさ』だ!
気取りやがってコンチクショウ!
大体お前さえいなければこんなことには……!
ああもう!
うるさいんだよ!
お前なんかに今の私の気持ちが分かるか!
このアンポンタンが!
「さっきのは撤回するよ。キミは随分と自分勝手な性格だなぁ……」
「あなたは一体何なんですか……。超能力借金取りですか……」
なりふり構わず当たり散らす私の姿は本当にブザマだったと思う。
でも、仕方なくない?
突然こんなことになれば誰だって……。
「そんなことはない。彼女の言う通り、我々は君を救いにきたのだ」
……はぁ?
救うだって?
私を陥れる悪魔共の間違いじゃないか……。
「名乗っていなかったな。私はこういうものだ」
男は私に名刺を渡す。
そこには……。
『新民党 衆議院議員 国井 守』
……し、衆議院議員?
なぜ? 私は最早ワケがわからなくなった。
「……ここからの話は絶対に他言無用だ。それが守れるのならば、ついてきたまえ」
めちゃくちゃ胡散臭い雰囲気なのだが、今の私には選択肢がない。
1億の借金を背負うより最悪な状況にはなり得ないだろう。仕方ないので私は無言で頷いた。
「よし、ではこちらへ」
「あ、お疲れさまです。お先に失礼します」
そう言って突然ボーイッシュ女がどこかへ去って行った。
……あぁ、そうか。
この男の心を読んで『もう帰ってもいい』という言葉を聞いたのか。
国井の車に乗ってからもう20分が過ぎた……気がする。
車内の無言が重苦しい。
気まずい。
早く着いてくれないかな。
……もしかしてこのままどこかに連れ込まれて殺されるんじゃないか?
それとも、どこか遠い国に売られるんじゃないか?
そんな疑いが浮かんできた時だった。
「着いた。さあ、こちらへ」
目的地に着いたようだ。
そして、雑居ビルの地下へ案内される。
やっぱり監禁!?
逃げなきゃ殺される……!
「安心したまえ。これは断じて監禁などではない」
「いや! そんな言葉信じられないですよ! 誘拐犯がわざわざ『今からあなたを監禁します』とかいうワケないじゃないですか!」
「信じないのならそれでもいい。別に逃げても構わないよ。私は止めはしない。しかし、ここで逃げ出しても君に待っているのは1億の借金だ。それならここで一抹の望みに賭ける方が、君にとっても得策ではないかね?」
う……。
言われてみれば確かにそうかも……?
いや、どうなんだろう……。
「逃げないのならば……さあ、入りたまえ」
私が案内された部屋は――思ったより豪華だった。
これ、私が住んでたアパートより全然良いんだけど。
「では、これから君に我々のプロジェクトの説明をする。
先ほども言ったが、この話は他言無用だ。君の返答がYESにしろ、NOにしろ、それだけは守ってくれたまえ」
そこで聞かされた話は、あまりにも突拍子も無いことだった――。
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