(復刻版)穏やかな殺意

犀川 よう

第1話 薬との出会い

 女子大からの長い付き合いである友人との会話の中で、「好きでもない人との結婚生活に費やすエネルギーよりも、殺すために使うエネルギーの方が、はるかに少なくて済むのよ」という言葉が友人から出てきたとき、私は免罪符を手に入れたような気分になれた。

 夕暮れ迫る公園には、冬に入る前の寒々とした空気が漂っている。喫茶店での長いお茶が終わった私たちは、どちらかともなく、その公園へと吸い込まれていった。先に入った友人は青いペンキの剥げたベンチに私を招くと、そっと透明な袋に入った白い粉を見せる。一見すれば、身を破滅させるようないかがわしい類の薬に見えたが、実際はもっと過激なものであると、友人は私に告げた。

「この薬を食事や薬に混ぜて十回飲ませれば、証拠も残さずに殺すことができるのよ」 

 テレビショッピングに出演する販売員のような笑顔をへばりつかせた友人は、周りから隠すこともなく、私の手にそれを渡してくる。私はどうしてよいのかわからなかったが、思わず受け取ってしまう。

「全部を一回で飲ませれば、よいのではないのかしら?」

 私の戸惑いは、酷く間の抜けた質問として口から飛び出してしまった。友人はそんな私を見て、脈ありだと思ったのか、不気味な笑顔を取り下げて、真顔になる。

「この量を十回与えるのよ。そもそも、これは量の問題ではないの。アナタが誰を殺そうとしているのかは知らないけれど、ひと思いに殺しては、アナタの気が済まないのではなくて?」

 友人は私の気持ちを見透かしたようなことを言うと、「一回、その人を殺したら、またこの公園にいらっしゃいな。そうすれば、次回分をあげるわ」と言って、吸い込まれたとき以上の自然さで、すっと去っていってしまった。

 私は友人の背中を座ったままで見送ってから、バッグにしまった薬を見下ろして考えてみた。――本当に十回で証拠を残すこともなく殺せるのであれば、騙されたと思って実行してもいいのではないだろうか。説明通りであれば、バレそうになったとしても、九回目にやめてしまえば何の問題もないのだから――。気がつけば、私は試してみるための言い訳を頭の中に並べていた。


 夕飯の買い物があることを思い出したので、公園を後にした。買い物をしながら、この薬を使うために夕飯を作るなんて、なんだか不思議な気分だと思いながらも、私はすでに、まずは一回試してみようという気になっていた。どうしても許せない夫を一回くらい殺したとしても、罪にはならないのだからと、おだやかな殺意が湧き上がっている自分を正当化していたのであった。

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