ゴンドラ

あべせい

ゴンドラ



「結婚は、早くしたいと思っています。あなたは?」

「ぼく? エエ、もちろん、ぼくも。ただ……」

「ただ、って?」

「ただ、いまも申しましたように、相手が見つかりません……」

 午後4時過ぎ。

 シャレた喫茶店の片隅で、男女が話し合っている。

 決して若くはない。年齢は、2人とも、見た目は30代半ばといったところだ。

 男は束田両次(つかたりょうじ)28才、女は瀬野泰未(せのやすみ)27才。

 もっとも、2人とも、自分でそう言っているだけで、保障の限りではない。

 2人の出会いは、3日前の日曜日。

 この店から徒歩7、8分の大きな公園で開かれていたフリーマーケットだった。

 泰未は、畳1枚分のレジャーシートを敷いて、その上に、陶器やガラス細工のがらくたを並べ、百円ショップで買ってきた折り畳み椅子に腰掛け、雑誌を読んでいた。

 そこへ、両次がやってきて、立ち止まった。

 立ち止まる客は珍しくないが、両次は泰未の目の前に突っ立ったまま、腕組みをして、泰未を睨みつけている。

 泰未はそれまで雑誌に眼を落とし、俯いていたが、5分たっても、まだ同じ状態でいる客が気になり、チラッと一瞬だけ、視線を上げた。

 そして、すぐに視線を落とし、再び雑誌を読むふりを続けた。

「この男、どこかで会ったような……」

 と、好奇心が湧いてきた。

 さらに5分。

 両次は、動かない。同じ姿勢を保っている。

「お客サン、何かお探しですか?」

 泰未は、雑誌に視線を落としたままページを繰り、両次を見ずに、独り言のように言った。

「ウン……」

「エッ?」

 泰未はそこでようやく視線を両次に向ける。

「探し物は、見つかりましたか?」

「ウン」

「エッ!」

 泰未は、頬を軽くぶたれたような、快い衝撃を受けた。

「探し物は何ですか? 特別に、お安くしておきますよ」

「この場所だよ」

「ここ?」

 泰未は、キョロキョロと周りを見渡した。

 わからない、何を言っているンだろう、このオジさんは……。

「ぼくは、昨日、この場所で、商売をしていたンだ。きょうも、そのつもりで来たのに……」

 そうだったのか。泰未はようやく納得した。

 このフリーマーケットに出店する場合、1ヵ月前から出店希望を申請する。しかし、泰未はフリマ出店を希望していたわけではない。ひょんなことから、そうなっただけだ。

 勿論、泰未はフリマが今回初体験。

 一昨日、そんなに親しくもなかった高校時代の同級生、英実(ひでみ)から、突然電話があった。

「当てにしていた友達が急に都合がつかなくなったので、手伝って欲しい」

 そう言われ、フリマ参加を承諾したに過ぎない。

 英実からは、3年前にも一度電話があった。同窓会の誘いだった。そのときは断った。

 その頃、泰未はまだ固定電話を持っていたが、今は携帯しかない。

 英実に携帯の番号を教えた覚えはないのに……。

 フリマを手伝うと言っても、することは、開催時刻の1時間半前の8時半に、フリマ会場になる公園に行く。ブースと呼ばれる出店の位置を確認して、商品を並べ、あとは英実と交替で店番をする。

 泰未はおもしろそうだと感じたから請け合ったが、当日のあさ7時、再び英実から電話が来た。

「ごめん。わたし、急用が出来て、開催時刻に間に合わないから。あなた、先に行って手続きしておいて。出来るだけ、早く合流する」

 一方的に告げられ、泰未はとぼとぼやってきた。

 しかし、もうすぐお昼だというのに、英実は来ない。電話もない。

 そのとき、泰未は、ようやく、英実に不信感を覚えた。

 英実は、泰未の携帯番号をどうして知ったのだろうか。

 そのことが解決しないうちに、目の前の男が現れ、この場所は彼のものだという意味のことを言い出した。

「そういうことでしたら、いいですよ。代わります。主催者の方にはバレないように、あなたはわたしのサポートで来たことにします……」

 泰未は、妙な騒動に巻き込まれそうな予感がして、そう答えた。

 男性は昨日、泰未のいる場所で店を開き、きょうもそのつもりでいた。しかし、彼が失念したのか、主催者側の手落ちなのか、彼の予約は入っていなかった。

 そのことを知った同級生の秀実が急遽、そのブースに予約を入れたらしい。

「あなた、いやに素直じゃないですか。そう下手に出られたら、怒りようがない。いいです。気に入りました。どうぞ、続けてください。ぼくは自分の商品はしまっておいて、あなたのお手伝いをします」

 両次は、担いできたリュックをその場に下ろし、中から、泰未のものよりはるかに高級そうな折り畳み椅子を取り出し、泰未の横に置いた。

 リュックの中には、売るはずの商品が入っているのだろう。

 両次は持参の椅子に腰掛けると、

「何か用事があったら、いまのうちにすませてください。その間、ぼくが店番をしていますから……」

 泰未は、シメタッ、と思った。

 泰未が並べている商品は、泰未が自分でも売って見たいというガラクタを部屋からかき集め、デーバックに詰めて持ってきたものだ。

 だから、数が少ない。見栄えがしない。英実が来ていれば、もっと数が多く、すてきな品物を並べられたはずだが……。

「すいません。それじゃ、お願いします」

 泰未はデーバックを持つと、トイレに行くそぶりを見せ、そのまま姿を消した。

 出店料2千円が戻らないのはバカらしいが、こんな男と一日つきあわされるのは、真っ平だ。そう考えると、2千円は惜しいとは思わなかった。


 それが3日前。

 そして、昨日だ。泰未の携帯に、男の声で電話があった。

「私、束田(つかた)といいます」

「エッ?」

 泰未は最初、わからなかった。

 しかし、数秒後、フリマの男の声だと気がついた。

「あなた、どうして、この電話番号がわかったンですか?」

 泰未は、英実に同じ質問をしたことを思いだした。ただ、大よその見当はついた。

「フリマのお仲間にうかがいました」

 やっぱり。英実がバラしたのだ。英実は、山形のお袋に電話して、わたしの携帯の番号を聞き出したに違いない。

 お袋に確かめる必要がある。泰未はそんなことを思いながら、両次が次に何を言ってくるのか、想像を巡らせながら、身構えた。

「あなた、瀬野泰未さんですね」

 名前まで知っている。しかも、フルネーム。

 当然だろうが、高校時代のつながりとなると、こういうとき、誤魔化しがきかないから、困る。

 やりづらい。本当の名前は教えたくない。この手の男には、絶対に。しかし。バレているのなら、仕方ない。どこかで誤魔化すことを考えよう。

 泰未は、社会に出て10数年になるキャリアが役立たないもどかしさを呪った。

「そうですが、どういうご用件でしょうか?」

 泰未は、受話器に向かって、すっとぼけた。

「勿論、昨日のこともあります。それより、泰未さんにもう一度、お会いしたくなりました。いけませんか?」

 いけなくはない。しかし、金のない男に、わたしは用がない。最低、1千万円の遊ぶ金があるか、あんたに? 泰未はそう聞きたくなった。

「わたし、いま失業中で、仕事を探さなくてはいけないンです。それでもよければ……」

「突然、気が変わって逃げることもあるということでしょうか?」

 そう言って、両次は笑った。

 泰未は、

「そうかも……」

 と言って、笑った。

 嫌味を言っている、この男。

 泰未は、両次がそれほどバカではないと思い直し、会うことに決めた。少しくらい金は持っていそうだ。そう、踏んだ、こともある。

 2人は虎ノ門の喫茶店で落ち合い、こうして話をしている。

 両次は、フリマでの泰未の非礼には一切触れずに、互いに名乗りあってから、こう切り出した。

「ぼくはいま婚活をしています。それでたくさんの女性にお会いして、お話の勉強をさせていただいているのですが、なかなかうまくいきません……」

 本当だろうか。よくしゃべっているじゃないか。

 泰未は、フリマで受けた硬派な印象とは違うものを感じた。怪しい……。

「失礼ですが、結婚のご予定はありますか?」

 と、両次。

「結婚は、早くしたいと思っています。あなたは?」

 と、泰実。

「ぼく? エエ、もちろん、ぼくも。ただ……」

「ただ、って?」

「ただ、いまも申しましたように、相手が見つかりません」

「わたしとおンなじ。わたしが知っているのは、ひどい男ばかりです」

 泰未はそう言って、ゆっくり視線を落とした。

 この仕草が、彼女自身、自分を最も魅力的に見せるポーズだと知っている。

「ぼくもその男たちの仲間入りすることになるのかも知れない。そうですね」

 両次は哀しげな表情を見せる。彼も、それが自分を最もすてきに見せることが出来るポーズだ、と自分勝手に思っている。

 両次は、なかなかの好男子だ。

 一方、泰未は、タレントの広瀬すず似の美女だ。もっとも、少し老けてはいるが、それは仕方ない。ここまで、いろんな苦労をしたため、余計な小ジワがついた。

 2人を知らない人間が、この光景を見れば、美男美女がデートをしていると思うだろう。

 しかし、2人の心の中を覗くことが出来れば、それは大きな間違いであることがわかる。

 泰未と両次は、互いの眼を見つめ合いながら、無言のまま、探るようにして心のなかでつぶやいている。

「この男、本当の狙いは何だ。わたしから、何を奪おうとしているンだ。体か、金か、それとも、愛?……そんなバカな、あり得ない……」

「この女は、ウソが多い。年は27と言ったが、とてもそうは見えない。もっとも、オレも28だとウソをついているが……」

 泰未は、伏し目がちの眼をあげ、ニッと笑って見せた。

 両次の視線とバチッと合い、両次もつられて笑顔になった。しかし、笑顔の似合わない男だ。

「両次さん、お仕事は?」

 本当のことは言いたくない。他人には言えない仕事だ。

 両次はいつも、

「便利屋をしています」

 と、言っている。

「お一人で?」

「そのほうが気楽ですから」

 確かに、気楽だろうが、稼ぎは少なくなる。

「泰未さんはお仕事を探しておられるそうですが、以前は何を?」

 以前も何も、3年前から同じ仕事をしている。他人には言えない仕事……。

 その前は、キャバクラにいた。でも、お客に体は絶対に触らせなかった。一人を除いて。

 ところが、その男が見かけとは大違いのワルだった。騙されて、それまで貯めていた1千5百万円をそっくり持っていかれた。

 男は信用ならない。騙された分を取り返すまでは、いまの仕事をやめるつもりはない。もう少しだから。

「不動産会社で事務をしていました。電話番程度の仕事ですが、それなりに楽しかった」

 泰未はそう言って、そこでもう一度ニッと笑ってみせた。

「事務ですか。事務仕事がこなせるのなら、きっちりとした生活をなさっておられるということですね。泰未さんは、堅実なンだ」

 堅実? そうだろうか? そんなことは思ったことがない。ただ、頼れるひとがだれもいないから。なんでもいい加減には出来ないから、証拠は残さないようにシテきたつもりだ。

「両次さん、きょうはお仕事、よろしいンですか?」

「きょうは、夕方に、明日の段取りの打ちあわせがあるだけです。小一時間もかからない」

 夜は空いているということを、この女に伝えておく必要がある。両次は、眼だけ動かして腕の時計をチラッと見た。6時に約束している女のことを考える。

 きょうは、30万円を持ってくるはずだ。そのあと、女とホテルに行く気はない。もうおさらばだ。あの女には、出せる金がない。永遠の別れだ。

「何か、このあと、お約束がおありなのですか?」

 泰未は、男のちょっとした仕草も見逃さない。それが、演技なのか、知らずにでたものなのか、その判断が、出来るようになっている。

「このあと、ご一緒したいところの時間が気になったものですから……」

 時計を見たのは失敗だったか。しかし、腕時計をテーブルの下に隠して、そっと見たのだ。それでも気づかれた。この女は、意外に鋭い。

「うれしいッ。どこかに、連れていってくださるのですか」

「横浜に新しく出来たテーマパークに、ご一緒できれば。そう勝手に考えているだけです。テーマパークは、お嫌いでしょう?」

「両次さんとなら、すてきな時間が過ごせると思います。テレビのニュースでは、夜遅くまでやっている、と。わたし、テレビでも紹介していた大きな観覧車に乗りたい……」

「観覧車。世界一高い、って話ですよね。ぼくも好きです」

「あそこからの夜景を見たい。両次さん、連れていって」

 泰未はその瞬間、本当に観覧車に乗りたくなった。

 両次は観覧車など二の次だ。6時の女は、横浜に勤務している。電話でテーマパークに呼び出し、この女と鉢合わせにならないように、うまく立ち回るか。

 両次は、泰未をひとりでジェットコースターに乗せ、その間、6時の女と喫茶ルームで会い、金を受け取る光景を想像した。

 できる。やれる。両次には自信があった。

「では、行きますか」

「ハイッ」

 泰未は久しく感じたことのない、本当のデート気分になった。


 冬の午後5時は暗い。夜といってもいい。金曜のせいか、テーマパークはカップルであふれている。

 両次は泰未を連れ、「ジャンボ・ムーバー」と呼ばれる大観覧車に乗った。

 高さ120m、国内最大級とあり、一回転するのに18分を要する。

 ゴンドラは4人乗りと2人乗りが交互に計72基ついている。

 2人は係員に4人掛けゴンドラのドアを開けてもらい、向かい合わせに腰掛けた。

 ゴンドラは、超スローモーで動き出す。

 観覧車のいいところは、下のようすが鳥瞰できること。地上を歩くカップルの姿が徐々に小さくなって行く。それにつれ、いままで周りのビルに隠れていた街のようすが、違った印象で現れてくる。

 すっかり夜の戸張りがおり、ネオンに彩られた夜景が美しい……。

「アッ!」

 下を覗いていた泰未が、素っ頓狂な声をあげた。

「どうしました?」

 ゴンドラの位置は、まだ最高点の半分にも達していない。

「あそこに、高校時代の同級生……と思うンだけど、10年以上会っていないから、はっきりとは……」

 泰未が指差したのは、アイスクリームを販売しているシャレた屋台だ。泰未と同じ背格好の女性が、大きなソフトクリームを舐めながら、若い男に話しかけている。

「エッ」

 こんどは両次が驚いた。

「あいツ」

 両次は腕時計を見た。

 時刻は午後5時12分。6時までは、まだたっぷり時間がある。それまで、何をしていても本人の自由だろうが、便利屋の運転資金を融通してくれるはずの話はどこにいった。

 あんなことで、おれに30万、寄越すのか?

 両次は、英実と泰未を見比べて、こっちでもいいか、と考え始める。

「両次さん、彼女、ご存知ですか?」

「彼女、キャバクラにいる娘(こ)によく似ているから……」

 泰未は、キャバクラと聞いて、3年前まで働いていた巣鴨のキャバクラを思い出した。

 ビルの地下1階にあった小さな店だが、いつも大入り満員で、大入り袋が毎晩のように出た。

 大入り袋といっても、ポチ袋に5百円玉が1枚入っているだけ。こどもだましのようなものだったが、従業員には好評だった。

 泰未がキャバクラにいたのは、その店が2店目。高校を出て、美容専門学校に入学するために上京したが、美容師の国家資格をとる前に学校をやめた。喫茶ウエイトレスから始まり、水商売を転々とした。喫茶店、ファミレス、また喫茶店、アイスクリーム店にドーナツ店。10年がアッという間に過ぎた。

 そして、4年前、浅草にあったキャバクラに行った。それがキャバクラ初体験。

 いわゆる「フーゾク」だが、体を要求されることは少ないと聞いていたから、挑戦するつもりで面接、即採用、その夜から働いた。

 しかし、お客の質が悪く、4ヵ月でやめた。

 客以上に、店長と従業員がひどいことも大きかった。それでも、もう1度キャバクラに行ったのは、最初の店で気の合った同僚から、「巣鴨はイイらしいよ」と聞いたからだ。

 ところが、巣鴨の店も、入ってみると、浅草と変わりなかった。

 少しだけ、客層が若く、店長も浅草に比べると、少しだけものわかりがいいだけだった。

 その巣鴨でわかったことは、このキャバクラ業界は意外と狭く、どこそこの店のナンバーワンは、どういう娘でどんなサービスをしているのか、などの噂が飛び交っていることだった。

 英実が、もし、キャバクラにいたのなら、いやいまもいるのなら、わたしのことをどこかで聞いていてもおかしくない。泰未はそう思った。それなら、携帯に英実から電話がかかってきたナゾも解ける。

 両次は、咄嗟に「キャバクラ」と言ったことで、修業が足りないと知らされた。

 突然の問いにも、理に適ったウソがつけないようじゃ、詐欺は務まらない。

 英実を見て反応したことで、「キャバクラ」と言ったのは、英実も泰未もキャバクラで一時、ナンバーワンを張っていた事実を知っていたからだ。

 冷静になれば、「昔つきあっていた女に似ていたンだ。でも、違った。空似だ」と言えたのに。両次は、このしくじりを取り返すてだてはないものか、と考える。

「キャバクラって、両次さんはよく行かれるのですか?」

「3年前まではよく行っていました」

 両次はそう言って、泰未の眼をやさしく見つめた。

 そォ。わたしのことを調べてきたのね。それで、あの日、フリマに来て、わたしに声を掛けた。

 泰未は、両次に負けずに、やさしい眼で彼を見つめ返す。

「わたし、元キャバクラ嬢なンです……」

 泰未はそう言ってから、ふとひらめいた。

「いま下で、若い男とデートしている英実もキャバクラ出身。彼女、わたしのこと、あなたにいろいろしゃべったでしょ。あの子、高校のときから、おしゃべりで。だから、だれからも相手にされなかった……」

 両次は、泰未の眼を見ながら考える。ここまでだ、この女に隠しても無駄だ。こいつは英実よりはるかにいい女だ、と感じた。

 これが最初で最後、泰未の味方になってやろう。いや、そうじゃない。おれの味方になってもらおう。両次は、初めて心の底から、気の置けない仲間が出来た気持ちがした。

「あの英実は、しようがない女だ。いまでもキャバクラにいる。口がうまいから稼ぎがいいと気取っているが、金遣いが荒く、小金を持っていそうなお客を見つけると、指輪やネックレスをねだって、すぐにそれを金に換えている。お客が腹を立て、その店に居づらくなると、ほかの店に移る。おれは、その話を親しくしていたキャバクラ嬢から聞いて、一度懲らしめてやろうと考え、近付いた。あいつは、結婚をしたがっている。しかし、おれも、あンたと同様、結婚願望はない」

 泰未は、ドキッとする。しかし、両次に、心を見透かされていることに、なぜか不快感はない。

「おれはそこにつけこんで、あいつに結婚をちらつかせた。おれの職業は、便利屋だ、と言って。バイトを数人使って、年間2500万売り上げている、とウソをついて。これまで2人きりで会ったのは3度。きょうが4度目だが、この前に、『運転資金が足りない。100万ほど用立てて欲しい』と、伝えておいた。しかし、実際に用意できるのは、『とりあえず30万』だというから、きょうはそのつもりで6時にここで待ち合わせた。おれは、もう少しでやられるところだった」

 両次は、苦笑いして、泰未を見つめた。

「便利屋というのは、本当なの?」

「実際、始めてまだ半年だが、独りでやっている。しかし、あまりまだ注文がない。よくて週に1、2件。それも、お年寄りからの依頼ばかり。トイレの水が出なくなったとか、蛍光灯ランプを取り替えて欲しいとか、墓参りに連れていって欲しいといった程度の……」

「それでも、いい仕事じゃない。わたし、お年寄りを助けるって、すてきだと思うわ」

 泰未も、いつの間にか、素の自分に戻っている。

「明日から、本業に立ち返って、しっかりやり直すか」

「こういうよくないコトはやめて。英実なンか相手にしない方がいい。便利屋さん、わたしにも手伝わせて……」

 ゴンドラが、120mの最高地点に近付いている。

「両次さん、観覧車に乗ったカップルは一番高いところで何をするか、知っている?」

「エッ?」

 両次は、首を横に振る。

「こうするの……」

 泰未は体を前に乗りだし、両次の隣に腰掛けた。

「どうした。ヤス……」

 2人の距離は数センチ。泰未はさらに体を両次のほうにずらせた。

 2人の体はぴったりとくっついた。

 そのとき、ゴンドラが大きく揺れた。

 下から、拡声器の声がする。

「お客サーン、片側に2人で乗るのはおやめくださーい。危険です!」

 泰未と両次は、そのとき妄想のなかにどっぶり漬かっていた。

                (了)

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ゴンドラ あべせい @abesei

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