第20話 救助者捜索

     ※


 救助者を迅速に見つける為、私たち三人は分かれて行動することになった。

 何かあれば連絡は直ぐに取り合うことになっている。


「誰か――誰かいませんか!?」


 走りながら声を掛けていく。

 今のところ、ショッピングモールの中に取り残された人は見つかっていない。

 爆発のせいで施設内の一部が崩落している。

 火事もあったようだが、スプリンクラーなどの設備が起動したようで、今のところは収まっているようだ。


(……みんなは大丈夫かな? それに……ヤトくんは……)


 一人だけあの場に残って犯罪者たちと戦っている。


(……きっと、大丈夫だよね?)


 あの場にいる犯罪者の多くを、彼は一蹴してしまった。

 ヤトくんの実力は、私の想像を遥かに超えているはずだ。

 でも、心配する気持ちは拭えない。

 そんな中で、


「……うん?」


 トークアプリにヤトくんから連絡が入った。


(……よかった。ヤトくん、やっぱり無事だったんだ。でも……これって?)


 デバイスに表示されているのはグループへの参加申請だった。

 私は直ぐにグループ参加の許可をする。

 するとグループ内には、ミルフィーさんとルゴットくんも参加者として追加された。

 直後、ヤトくんからのコールが入る。

 急ぎその着信を取ると、


『――全員、今直ぐにショッピングモールを出てくれ!』


 焦燥感に満ちたヤトくんの声が耳に響いた。


「急にどうしたの?」


『何かあったのですか?』


『ヤト、何があったかくらい説明してくれ』


 状況が飲み込めない私たちは、口々に質問を返した。


『爆弾が仕掛けられてる。

 あと数分もしないうちに爆発する』


 事態が切迫しているからこその簡易的な説明。

 多分、どれほどの猶予が残されているかもわからないのだろう。

 なら有無を言っている暇はない。


『了解した。直ぐに外へ向かう』


『こちらも承知いたしました。皆さん、どうか無事で!』


 返事をするルゴットくんとミルフィーさんに続いて、


「……わかった。

 私も直ぐに――」


 戻る……と、口にしようとした時だった。


「ぁ……た……す……」


「!?」


 声が聞こえた。


「どこ!? いるならもう一度、声を!」


「こ、ここ……こ、こに……た……て……」


 気のせいじゃない。

 間違いなく聞こえた。

 助けを求める子供の声だ。


「――要救助者がいるみたい!」


『場所は?』


「今いるのは、二階の右奥に進んだ通路の先――おもちゃ売り場の辺り」


 直ぐにでもこの場を離れるべき。

 自分の身を守るならそれで間違いない。

 だけど思考が判断するよりも早く身体が動いていた。

 声の聞こえる方向に。


「……たすけ、て……」


「そこにいるのね!?」


 声の聞こえた先――上の階の一部が崩落して瓦礫で道が塞がれていた。

 だが、どうやらこの先に誰かいるらしい


「た、助け……て、ここ、閉じ込められて……」


 今度ははっきりと声が聞こえた。

 子供の声だ。

 まさか、瓦礫に飲まれて、動けなくなっているのだろうか。


「今助けるから! 周りに人はいる?」


「いない……わたし、だけ……」


 爆弾が起動するまで、もう時間がないかもしれない。


(……なら――悩んでる暇はない)


 私は決断してデバイスに登録した魔術を起動した。

 使用した魔術は二つ――透過と重力制御の魔術だ。

 自身の身体を透過させることで、瓦礫に埋まった道を通り抜ける。

 この魔術を使用すると地面もすり抜けてしまうのだが、重力制御の魔術を使うことでその問題はクリアしていた。

 問題なく瓦礫を抜けると視界の先には、休憩用のソファに拘束された幼い少女が見えた。


「お姉ちゃん……!」


「もう大丈夫だからね。直ぐにここを出よう」


 駆け寄ってくる少女の身体を抱き締める。

 そして再びデバイスで魔術を起動させた。

 起動と同時に、私とこの少女の身体が透過する。


「な、なに、これ?」


「大丈夫だから……私に付いてきて」


 この魔術は私だけではなく、掌で触れたものにも同じ効果を与えられた。


(……ここからは脱出できる。

 問題は時間――)


 瓦礫の中を抜けて、直ぐに魔術を解く。


「行くよ!」


「う、うん」


 私は少女の手を引いて駆け出した。

 その瞬間――


 ――ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!


 上階で爆発音が聞こえた。

 見上げると崩落した瓦礫が私たちに向かって落下してくる。

 炎が燃え広がっていくのが見えた。


(……何か、魔術を――)


 ダメ、間に合わない。

 せめて、この子だけでも――少女を守るように抱きかかえた。


(――お母様、ごめんなさい。私はまた、何もできないまま――)


 死を覚悟した瞬間――人影が私を覆った。


「え……」


「――よく頑張ったな」


 何が起こったのかはわからない。

 でも、彼が右手を前に突き出したのが見えた。

 何かの魔術を起動したのだと思う。

 いや、それが本当に魔術だったのかもわからない。

 でも――彼が何かをしたその時、全てが終わっていた。

 爆破で燃え広がるはずの炎も、私たちの命を奪おうとした瓦礫も――周囲に存在した全てが消えて、光の粒子だけが雪のように降ってきた。

 あまりにも幻想的な光景に、私は言葉を失ってしまう。


「こんなの……」


 まるで――奇跡が起こったみたいだと思った。


「……大丈夫か?」


 彼が――ヤトくんが私に手を差し出す。


「……あ、う……うん」


 呆然としながら、私は気の抜けた返事をする。


「キミも、平気か?」


「……お兄ちゃん、が……助けてくれたの?」


「いや、キミを助けたのは、そのお姉ちゃんだよ」


「お姉ちゃん、が……?」


「ぇ……あっ……わ、私は……」


「アネアがいなかったら、助けられなかった」


「わたし、が……私は、何かできたのかな?」


「当たり前だ。

 この子を救えたんだから」


「ぁ……」


 ヤトくんに言われて、やっと助かったんだという実感が湧いてきた。

 そして、この少女を救えたんだということも。


「……お姉ちゃん、ありがとう。わたしを助けにきてくれて……」


 少女が涙を流しながら、私に感謝の言葉を口にした。

 それを見て、私も不思議と涙が零れてくる。


「……がんばったな」


 ヤトくんが笑って、優しく頭を撫でてくれた。


「うん……怖かったけど……がんばったよ……っ……ぅ……」


 そのせいで、余計に安心してしまって、涙が止まらなくなってしまうのだった。

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