第18話 夕食後のトラブル

    ※


 あちらこちらに当然のように食事をする場所がある

 選択肢が無数にあるということは迷うことにも繋がっていた。


(……無法都市なら、食事に迷うことなんてないからな)


 当然のことではあるが無法都市に飲食店はない。

 日々の食材を手に入れることも難しい劣悪な環境なのだから、経営などまともにできるわけがない。


 一部、巨大な犯罪組織などが運営する施設や闇市がある為、物資が手に入らないわけではないが、そこの品は通常の何倍ものレートで取引されている。


 逆に一般区画では手に入らない代物も多い為、イギリカの貴族たちが興味本位で足を運び金を落としていた。


 無法都市に流れ着いた者たちがなんとか生きていける理由の一つは、皮肉なことにこういったイギリカ人がいるお陰だ。


(……超大国の力……圧倒的な資金力と物資。

 学園の敷地をこうして見て回るだけでも、嫌というほどに伝わってくる)


 この日本――第二十三イギリカ領のみでこれなのだ。

 世界で唯一の超大国と言われる所以を理解せざるを得ない。


「どうする? 折角だから高そうな店でも入ってみるか?」


 ぶらぶらと歩いている中で、ルゴットからの提案があった。

 実際、学園の生徒たちが見るからに高級だとわかる飲食店へ入っていく。


「ファミレスでいいのではないでしょうか?

 値段も手頃で皆さんとおしゃべりするのにも適しているかと思います」


「確かに気軽に楽しめるお店のほうがいいよね。

 ヤトくんはどう?」


「俺もファミレスがいいかな。

 あまり高い店に行くのは気が引ける」


 というか、ファミレスでも俺には十分なほどの贅沢だ。


「なんだよ? みんな思ってたよりも節約家だな。配当、結構振り込まれてたろ?」


 確かにルゴットの言う通り、全生徒にそれなりの金額が振り込まれている。

 贅沢をしたいという気持ちもわからなくはない。

 だが、


「価値を査定されるこの学園で、無駄にお金を使うっていうのもな」


「うん? どういうことだ?」


「ヤトさんは、お金の使い方で自身の市場価値が変化する可能性があると、そう考えているんですよね?」


 俺の意図を読み取ったミルフィーが代わりに答えてくれた。

 俺は頷き、その言葉を肯定する。


「無駄遣いするよりも、生きたお金が使える人間をルーラーは価値があると判断しそうじゃないか?」


 普段の行動、一つ一つが未来の価値を決める。

 ルーラーは常に俺たちの評価と価値を査定しているのだから。


「うげっ……この学園ならマジでありそうだな、それ……。

 だとすると何も買えなくなりそうだ」


 ルゴットは辟易した様子で顔を強張らせた。


「勿論、何も買うなってわけじゃないぞ。

 たまに贅沢をするのもいいさ。

 だが、多少は貯えがあってもいいだろ?」


「……この先何があるかわからないもんね。

 想定よりもお金が必要になる事態が起こるかもしれない」


 アネアの言う通りだ。

 それに、ホームルームの時にミラが言っていたことが気になっている。

 自由に使ってもいいが、何があっても自業自得だと。

 ならこの先、想定よりもお金が必要になる自体が発生する可能性があるかもしれない。

「折角だからぱ~っとなんて思ってたけど、あまり浮かれてなれないわな。

 ってなわけで、ここでいいか?」


 苦笑するルゴットが、有名なファミレスチェーンの前で足を止めた。

 学生が食事しながら交流を楽しむなら、この店は最適な場所だろう。


     ※


 ファミレスに入ってから暫く時が流れ……食事を終えた俺たちは、ドリンクバーを飲みながら雑談をしていた。


(……こんなゆっくり過ごすのはいつ以来だろう)


 食事をしていても誰かに襲われる心配をする必要がない。

 それがどれだけ素晴らしいことか。

 なんだか子供の頃を思い出してしまう。

 家族や友人たちと過ごしてきた時間。

 未来を憂うことなく、生きる環境が与えられていた……平和だった頃の日本を。


「ヤトくん、なんかすごくまったりしてる?」


 アネアはそんな俺の様子に気付いたらしい。

 昔のことを思い出していた……なんて、正直に伝えたらあれこれ聞かれてしまうだろう。

 だから、


「ああ……空腹が満たされて、少し気が緩んだのかもな」


 適当に返事をすると、今度はミルフィーが微笑を浮かべながら頷いた。


「わかります。

 食事のあとは、眠くなってきてしまいますよね。

 安心するといいますか……」


「安心、か」


 俺たちの話を聞いていたルゴットが、つい口ずさんでしまったような、呟くような小さな声で言った。

 それが気になったのは俺だけではなかったのだろう。

 この場にいた全員の視線がルゴットに向く。


「あ……いや……わりぃ。

 みんなにはわからねえこともだけどさ……学園区画はオレがいたとこよりも警備が厳重で、そういうとこも安心感あんだよな」


「……?」


 歯に衣着せぬ物言いのルゴットの戸惑うような口振りに、疑問を感じたのは俺だけではないだろう。

 この場にいる三人が彼の言葉を待っていると、


「あ~……別に隠してても仕方ねえから言うんだけどよ。

 オレは一般区画の貧民街出身なんだ」


 話す相手によってはリスクになることだが、ルゴットは正直にそれを伝えた。

 あまり隠し事が得意なタイプではないと思っていたが……想像以上に豪胆らしい。


「言っとくけど気にしなくていいからな。

 貧民街出身だからって、恥ずかしいことはなんもしちゃねえんだ」


 人によっては身分差を気にする者もいるが、俺たちなら問題はないと考えたのだろう。


「人種や出身、身分なんて些細な問題だろ?」


 流石に公言することはできないが、そもそも俺は無法区画に住む日本人だ。

 第二十三イギリカ領となったこの国では、蔑まれ劣等人種という扱いを受けてきた。

 だからこそ、そんなくだらないことで相手を見ることは間違いだと思っている。

 勿論、個人の持つ能力は相手を判断する大きな基準となるが、その人間の本質は心にあると俺は思っているから。


「私もヤトくんに同意。

 話してみて、関わってみて、楽しいなって思える人たちと一緒にいたい」


「わたしも立場で人を見たことはありません。

 こうして一緒に過ごしてるだけでも、ルゴットくんは優しい方だとわかりますから」


 アネアとミルフィーの言葉は、間違いなく二人の真意だと感じる。

 少なくとも立場で人を見下す人間ではないだろう。


(……アネアは母親が日本人なので差別意識がないのだろう。

 だが、ミルフィーは?)


 イギリカ人の中でも差別意識のない者は存在する。

 ミルフィーのようにハーフやクウォーターの者は穏健派の者が多い。


(……もしかしたらミルフィーもそうなのだろうか?)


 彼女に目を向けると、偶然なのか視線が合った。

 すると、穏やかな優しい笑みをミルフィーが浮かべた。


「みんな、ありがとな。

 それと気を遣わせちまってすまねえ」


 ルゴットは俺たちの言葉を素直に受け入れて、照れくさそうに感謝した。


「思ってることを伝えただけだ。

 それに……警備が厳重ってのは俺も同意だしな」


 窓から外を眺める。

 ぱっと見るだけでわかるほど、警備用ロボットやドローンが街の中を警備していた。

 それに、恐らく私服の警備隊員も交じっている。

 訓練された者の特有の動き。

 周囲を警戒する挙動。

 上手く紛れ込んでいる為、注意深く確認しなければ気付かれることはないだろう。


「学生が多いから、多くの警備を置いているのかな?」


 将来的な国家の人的資産を守る為にしっかりとした警備を付けている。

 そんな名目もあるのかもしれない。


「――うん?」


 私服の警備隊員が示し合わせるように動き出した。


「ヤトさん、どうかされましたか?」


「いや……」


 多分、コソ泥でも出たのだろう。

 警備隊員に任せておけばいい。

 俺が首を突っ込むことではない……と、決めた時だった。

 店の外にいる人々が慌て出して、一斉に逃げていく。

 そのせいで、ファミレスの中にまで騒音が伝わってきた。


「何かあったのかな?」


 アネアは不安そうに、だが慎重に周囲の様子を警戒する。


「……行ってみるか?」


「私たちにも手伝えることがあるかもしれませんね」


 言って、ルゴットとミルフィーが立ちあがる。

 二人とも思っていたよりも正義感が強いらしい。

 学生なら無理をするべきではないが――いや、危機的状況の際、どんな行動を取れるかも人の持つ資質か。


「二人とも、ちょっと待て」


 俺は、走り出そうとする二人を引き止めて、


「自分の身は自分で守れるか?」


 そう確認を取った。

 危険に飛び込むのなら、ここからは何があっても自己責任だ。


「当たり前だ! それに何があっても覚悟はしてる」


「勿論です。それに無理をするつもりはありません」


 行って二人は先に駆け出す。

 この学園に入学した生徒なら最低限、戦う力はあるだろう。


「ヤトくん、私たちも行こう!」


「わかってる。

 放ってはおけないよな」


 俺たちも店を出て、急ぎ二人を追いかけるのだった。

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