第10話 新しい友だち

     ※


 食堂は非常に賑わっており、多くの生徒たちは楽しそうに談笑している。


「ヤトくんは、どんなものが好きなの?」


 食券を購入する為に並んでいると、アネアがそんなことを言った。


「特に好みはないな。

 食べられるものなら、だいたい好きだと思うぞ」


 人は飢えた時、その辛さに堪えられず、食べられない物でも食べようとする。

 その辺の石とかゴミとか、まあなんでもだ。

 だが、どれだけ飢えていても、胃が受け付けないものは嘔吐してしまう。

 結果的に俺は、食べられる物の素晴らしさを知った。


「ちなみに……甘いものとか、苦手だったりする?」


 なぜそんなことを聞くのか。

 そんなことを思ったが、特に知られて問題があることではないだろう。


「いや……そんなことはないぞ。

 割と好きだと思う」


 無法区画では嗜好品の類は手に入れずらく高値で取引される。

 なので食べるより取引に使うことのほうが多いが……やはり甘いものは美味しい。


「そっか……」


 ただの雑談だと思っていたが、アネアは何かを決意したように力強く頷いていた。


(……お、やっと順番だ)


 話している間に俺たちの番が回ってきた。

 実は券売機を使うのは生まれて初めてなのだが、使い方自体は把握している。

 この学園の場合、券売機のメニューから食べたい料理を選択して、アセスを起動する。 そして、デバイスで料理を読み込むと注文できる。


「へ~……こんな風に注文するんだね」


 自身のデバイスの画面を見ながら、アネアは関心するような声を上げた。

 俺も習って料理(うどん)を注文してみると、直ぐに支払いは終わった。

 口座から残高は減り、購入した物は履歴に残るらしい。


「えっと~……空いてる席は……?」


 食堂はかなり広いが、ぱっと見た感じで空いてる場所は少ない。

 一人なら座れる場所がいくつかあるが……。


「あの~、よかったら一緒に食べませんか?」


 席を探していると、柔和な雰囲気の女子生徒に声を掛けられた。


「ちょうど席もお二つありますから、どうでしょう?」


 僅かに見覚えがあるのは、同じクラスの生徒だからだ。

 それで声を掛けてくれたのだろう。

 その少女の前に座っている男子生徒が座っていた。


「いいのか?」


「はい、勿論です!」


 丁寧な物腰で、どうぞと隣の席へ手を向ける。

 ここに座ってくださいということだろう。


「こんだけ混んでると、席を探すのも大変だろ」


 男子生徒のほうも、人当たりの良さそうな感じだった。

 この二人は友達なのだろうか?


「助かるよ」


「ありがとね。

 それじゃ隣、座らせてもらうね」


 俺とアネアはお言葉に甘えて席を下ろした。


「とりあえず……自己紹介でいいよな?

 ヤト・イラークだ」


「アネア・アルル、二人ともよろしく。

 二人とも同じクラスだよね?」


 俺たちはとりあえず自己紹介を済ませる。


「ミルフィー・クルメールです

 はい……お二人を見掛けて席を探していたようだったので」


「災難だった分、ちょっと悪目立ちになったよな。

 ルゴット・ファシアンだ、よろしくな」


 ミルフィーとルゴット。

 どちらも感じのいい話しやすそうな印象を受けた。


「なら、あそこで目立っておいてよかった。

 食事の席を探す手間が省けたからな」


 ルゴットの発言に冗談で返すと、皆が微笑を浮かべる。


「ははっ! 面白いやつだな」


「ヤトさんは本当にお強いんですね。

 とても豪胆で尊敬してしまいます」


 新しい二人の友人が、感心するように言った。


「別に大したことはしてないだろ?」


「そんなことないよ。

 私なんて呆然としちゃってたもん……。

 ヤトくんが……守ってくれたからどうなってたか」


 アネアは俺の目を見て、感謝の想いを伝えた。

 

(……俺がここにいなかったら、か)


 ルーラーというシステムがある以上、大きな問題にならないとは思うが……。

 管理側が動くまでに、生徒に被害が及ぶ可能性は否定できないか


「ヤトさんとアネアさんは、以前から知り合いなんですか?」


「それ、オレもちょっと気になってた。

 二人とも、仲いいよな」


「そう、かな?」


 事実確認するように言いながら、アネアが上目遣いで俺を見た。

 頬がほんのりと赤く染まっている。

 その表情から多少なりの好意を感じた。

 それが、どれほどの感情なのかを計ることはできない。

 が、他者の好意は、あって損になるものではないだろう。

 人気を得るというのも、能力の一つなのだから。

 そう考えると、ルーラーは『人気』という要素も価値の一つとして考えるかもしれない。


「朝の電車で寝てる俺を起こしてくれてさ。

 それが切っ掛けで友達になったんだ」


 俺を見つめるアネアに「な?」と呼び掛ける。


「……だね。

 初めてできた友達」


 気落ちするようなアネアの声。

 少し肩を落としたようにも見えた。


「そうだったんですね。

 だとしたら、やはり感心してしまいます」


「確かにな。

 出会ったばかりの相手を助けられるんだからな」


 それだけで善人かを決めるのは早計だろう。

 実際、俺は打算に塗れている。

 だが、自身の評価は他者が決めるものだ。

 その評価こそが自身のイメージを作っていくのだから。


「ちなみに、二人はどうなの?

 もしかして入学前から友達、とか?」


 今度はアネアが質問する。


「わたしたちも、学園で知り合ったばかりですよ」


 思っていた以上に短い付き合いだった。

 その割に仲が良さそうに見えたのは、二人が明るい性格だからだろう。


「というか、学食で初めて話したよな」


「そうですね。食堂フレンドです」


 響きいいな、それ。

 口にはしなかったが苦笑してしまう。


「ヤトさんたちも、どうですか?」


「うん?」


「食堂フレンド――というのは冗談として。

 わたしたち、これでお友達ということでいいでしょうか?」


 優しい声音と柔和な笑み。

 一瞬で周囲の空気が和んでいく。

 ミルフィー相手なら、自然となんでも話してしまいそうだ。


「こちらこそよろしく頼む」


「これからよろしくね、二人とも」


 アネアは嬉しそうに返事をした。

 こうして二人の友人が増えた。


(……友人を作ることは、俺たちの価値に繋がるだろうか?)


 社交性や人気。

 明確な数字として計れないものであっても、ルーラーは価値を見い出すだろうか?

 この学園のシステムを考えれば、打算的な付き合いになってもおかしくはないように思う。

 だが、ミルフィーやルゴット、それにアネアも純粋に友人を作ろうとしているような気がした。


「では、グループ結成ですね」


「うん! よかったら連絡先も交換しておかない?」


 アネアの提案に全員が頷き、俺たちは連絡先を交換した。

 これで、学園内の情報を共有できそうな仲間を得ることができた。

 その後も、食事を取りながら雑談を楽しむ。

 一通り食事を終えたところで、アセスに関しての話題が出てきた。

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