第1話 目覚ましには早すぎる

     ※


 ――ガァァアアアアアアアアアァァァァーーーン!!


(……なんだ?)


 鼓膜をつんざくような騒音が聞こえて、目が覚めた。


(……犯罪グループ同士の抗争でもあったか?)


 今の日本――いや、第二十三パンゲア領では争いなど日常的なことだ。

 パンゲアに統治されて以降も、独立を叫ぶ日本軍残党やテロリストとの間で紛争は続いていた。

 戦果を上げ続けるパンゲア軍だが、戦争と領土の統治を同時にこなすことは、それなりに手を焼いている様子だ。

 超大国と言われようと避ける戦力には限りがある。

 結果、第二十三パンゲア領の一部地域の治安は悪化。

 現在では無法区画むほうくかくと言われる一切の秩序のない街が生まれることになった。


(……いや……唯一の秩序があるなら、それは暴力か)


 そんな最悪の無法区画の中で、死街しがいと呼ばれる最悪の犯罪者たちが巣食う一帯があった。


 ――ガァァアアアアアアアアアァァァァーーーン!!


(……ああ……まだ、やってんのか)


 デバイスのディスプレイを確認する。

 時刻は……まだ朝の5時だ。


「……はぁ……」


 思わず溜息が漏れたが俺は目を瞑った。


 ――ガァァアアアアアアアアアァァァァーーーン!!


(……はぁ)


 心の中で、思わず深い溜息が漏れた。

 仏の顔も三度までだ。

 俺は窓を開き身を乗り出すと、迷うことなくその場から飛び降りた。


(……大した戦闘にはならないと思うが、一応変装しておくか)


 常に命の危険に晒される無法区画では、顔を晒すことは百害あって一利ない。

 その為、戦闘が発生する場合、俺は必ず変化の魔術で姿を変える。

 デバイスに登録してある変化の魔術式を起動することで、一瞬にして変装が完了する。 服装だけではなく顔さえも偽り、俺は無法区画の掃除を開始した。


     ※


「ぎゃははははははっ! よく頑張るな、お嬢ちゃん! 逃げるのが上手だねぇ」


「あんたみたいな育ちの良さそうなお嬢ちゃんが、こんなところに一人で来るなんてな」

「いいとこのお嬢様は世間すらまともに知らねえ。

 オレが色々と教えてやんなくちゃねえ」


 誰が見ても人相の悪い顔が三つ。

 この無法区画は本当に……噂通り最悪の街みたい。


「……私、あなたたちに敵意はないんだけど?」


 言いながら周囲を確認する。

 辺りは敵意と殺意に塗れていた。

 どう交渉しても、私を逃がす気はないのだろう。


「そら無理だ。

 あんたみたいな極上の若い女――使い道はいくらでもある」


「……想像以上に、下種の掃き溜めなんだね」


「ああん?」


 挑発されて怒りを隠そうともしない。

 単細胞の屑ばかり。

 いつまでも、こんな奴らの相手をしてられない。


「ぶっ壊さないように手加減してやってりゃ……調子に乗りやがって……」


「なら、本気でくれば? 私――女ってことを言い訳されるのは好きじゃないから」


 自分のほうが強いと、彼らは思っているのだろう。

 だから、それが間違った認識だと今から証明する。


「――よっ」


 地面を蹴り暴漢に疾駆する。

 距離を詰めた瞬間、犯罪者たちの顔に驚きが浮かんでいた。


「反応が遅い」


「うおっ!? な、なんだこりゃ!?」


 私は魔力で構成した金属線で暴漢を縛り上げて動きを封じた。

 これは補助デバイスに登録しているマジックワイヤー。

 武器でもあるが、主に相手を生かしたまま無力化することを目的としている。


「魔科学士か――パンゲアの貴族様は面倒な技を使いやがる」


「クソがっ! ナラム、どうする? 一旦引いて万全の態勢を整えるか?」


「ああん? こんな嬢ちゃん相手に逃げたら、この無法区画じゃ笑いもんだろうがっ! おい、お前ら!!」


 ぞろぞろと人相の悪い男たちが顔を出す。

 気配はあったけど……仲間だったみたい。


「行け、テメぇら! 全員で襲っちまえば対応はできねえ!」


 流石にこの人数を生かしたまま捕らえるのは難しそう。

 だから、戦術を変える。

 補助デバイスを使っ――


「うるっせええええええええええええええええええええっ!!!!!!!」


 絶叫と共に、

 

「ぇ……?」


 空から人が降ってきた。


 ――バアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!


「おごぉあっ!?


「うおおおおっ!?」


「なん、だああああっ!?」


 落下の加速を乗せた一撃、強烈な衝撃に地面が割れ暴漢たちが吹き飛ぶ。

 あれだけいた敵のほとんどが気絶して、一瞬にして無力化されてしまった


「睡眠妨害は万死って習わなかったか!」


 そう言いながら謎の男性の姿が消えた。


(……速い。それに、あの高さから落下してもう動いたの?)


 そんな疑問を感じた時には、一瞬で相手との距離を詰めて腹部を殴打した。

 殴られた男の身体は宙に浮き、数メートル先の壁に衝突する。

 残りの敵はリーダー格のナラムという男一人になっていた。


「……なんだ、テメぇは……」


 残った暴漢の一人はもう私を見ていない。

 どちらが脅威なのか――それを物語るように。


「人が寝てる時に――うるせえんだよ」


「寝てる? そりゃ悪かった――なっ!」


 身体が吹き飛びそうなほどの暴風が巻き起こり、暴漢の右手に風が集まった。

 それが刃のように形を成した。


「っ――!?」


 デバイスも持っていない無法区画の犯罪者が、無詠唱で魔術を使うなんて予想もしていなかった。


(……でも、おかしい? この男からは魔力は感じない?)


 本来、魔術とは才能だ。

 力のある魔術師の家系でなければ魔力を持つことすらできないはずなのに。


「――キミ、直ぐに逃げて」


 反射的に私は声を上げる。

 どれだけ身体能力が優れていようと、高速で飛び交う風の魔術から逃れるのは難しい。

 なのに、


「逃げる? ――どうして?」


 彼は退屈そうに魔術を展開する犯罪者を見据えていた。

 恐怖など一切感じておらず、その瞳は――どこまでも冷たい。

 でも、その冷たい瞳の奥には強い光が見えた。


(……っ!?)


 同時に彼の意思に触れるような感覚に呑まれる。

 魔術による精神支配とは違う。

 だが、言葉を交わすことなく相手の想いに触れるような感覚。

 彼の抱える消えぬことのない怒り。

 忘れることのできない絶望。

 だが、彼の心の中に一際強く輝く想いは希望だ。

 感じたことのないこの感覚は、強い魔力を持った者同士の共感現象だったのかもしれない。

 同時に理解してしまう。


(……ああ、私は……)


 見誤っていた。

 この人に逃げてなんて言う必要なかったってことを。


「もう、おせぇんだよ!!」


 勝ちを確信するように笑みを浮かべた暴漢が、脅威と定めた男に無数の刃を投げ飛ばす。

 だが、その全ては彼に触れることすらできず。


「――そっちがな」


 暴漢は驚愕に身を大きく震わせた。

 彼の声が、自身の背後から聞こえたのだから。

 そして――刹那と思えるような一瞬で、犯罪者ナラムは倒れ伏していたのだった。

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