その30 仲村さんは拓光君が心配

「しゃああー!」

 

『使途浸食地帯の森』……物騒な名前の森だが明るい雰囲気の森だ。照葉樹が少ない所を見ると恐らく人の手が入り手入れをされているのだろう。なんの由来があって付いた名前なのか気になるところだ。

 そんなほのぼのとした空間から拓光の絶叫が響いた。

 

「どうっすかぁ!? 仲村さん!」

 

「どうって言われてもねぇ」

 

 自信満々でふんぞり返っている拓光は仲村の前に魔法で狩った魔物を出す。

 

「魔物?」

 

 大型と言うには少し無理がある。ウサギに角が生えたような魔物だ。

 

「しょうがないじゃないすか。急に襲ってきたんだし……それに初っ端から、そんなデカイのは無理っすよ。でも、まあ初魔物討伐記念ってことで」

 

 満面の笑みを浮かべる拓光を見て、仲村は「まあ、いっか」と思うことにした。

 仲村は拓光に対していい感情を抱いている。

 なぜ? と言われると返答に困るのだが……

 まず拓光は仲村に対しては非常に紳士的である。仲村は拓光と一緒にいる時にドアを開けた事がないし、荷物を持つこともない。拓光はごく自然にそれらを行っているのか、まったく下心がある感じではないのだ。もしかしたら、全ての女性に対してこうなのかもしれない。それはそれで今の仲村からすると少し寂しい所だが……

 

「それに、ウサギにしちゃ大型でしょ? 角も生えて……あ、ホラ! 犬歯まである! だから仲村さんさえ黙っとけば『大型(のウサギ)の魔物』倒したってことでいいでしょ」

 

「え? じゃあ、このウサギみたいな魔物は持って帰んないの?」


「なんで生き物の死骸を持って帰んなきゃなんないんすか……嫌っすよ」


 こういう所は少し問題があるとは思うが……仲村には、まあなんとか……許容範囲内だ……


「でも、ほら! どうっすか? めっちゃくちゃ素早く打てるようになったっすよ」

 

 そう言って手をかざすと、一瞬で石の弾丸を精製し近くの大きな木に向かって撃ってみせた。ガッっという音がして石の弾は弾かれる事もなく木にめり込んでいる。

 たしかに最初に比べるとかなり上達しているようだ。手をかざした瞬間に発射できるようになっているし、威力もスピードも上がっている。

 

「あ。これ連発とか出来そう」

 

 そう言うとかざした手から連続で石の弾丸を発射してみせた。

 

 ガッガッガッガッガッガッ……

 

「あ! 出来た! ほらほら!」

 

 ガッガッガッガッガッガッ……

 

「ほらほらほらほらほら!」

 

 ガガガガガガガガガガガガ……

 

「アハハハハハハ!」


「ちょ、ちょっと拓光君……」

 

 調子に乗った拓光はまるでマシンガンのように石の弾丸を連射してみせた。的であった大木は拓光の魔法によりどんどん削られていき、ついには……ミシ……ミシミシ……という音を立てながらドォン! という轟音と共に倒れてしまった。

 仲村は唖然としていた。そもそも連射出来るように設定した覚えがなかったからだ。もしかしたら、設定以上の負荷が拓光の脳に加わってしまったかもしれない。


「大丈夫!? 頭痛とか吐き気とかない!?」


 すると拓光はキョトンとした顔して。


「え? 別に大丈夫ですけど。え? なんかヤバかったんすか?」


 と返してきた。


「いや、それより! 凄いっすねこれ! これだけの威力があれば大型の魔物が出て来ても楽勝っすよ! あと、石の弾作ってる時に感じるんすけど……もっとこう色々応用が効く気がするんすよねーコレ」


 拓光はどうも魔法のコツを掴んだらしく「あーでもない」「こーでもない」とブツブツと口に出しながら考え事を始めた。

 見たところ特に異常はなさそうだ。だが……


「拓光君。今の所は大丈夫そうだけど、無駄打ち控えた方がいいと思うよ。そんな連射出来るように設定してなかったしさ」


 すると、拓光は仲村の方を見て肩をすくませる「はいはい。どうせ異物ですからねー」と少しむくれた態度をとってみせた。

 仲村は拓光のこういう所がどうも憎めない。こっちは心配して言ってやってるのに。とも思うのだが……しょうがないなぁ……とついつい大目に見てしまう。


「ん? 仲村さん」


「はいはい。まあ後で調整しとくから今は……」


「いや。じゃなくて……人の声が……他の冒険者っすかね?」


 耳を澄ますと確かに人の声がする。パルデンスは訓練に使っているとモウスから聞いてはいたが……どうも違う気がする。その声の中には怒声も含まれているようだった。

 

「あんまりいい雰囲気じゃなさそうっすね。逃げましょうか?」


「そ、そうだね。馬車の所に戻ろっか」

 

 狙われているのは左町だと聞いていたが……大賢者である拓光だって狙われている可能性がある。ここは面倒事を避ける為、さっさとこの場を立ち去るべきだ。

 

「身体能力2倍……さ、仲村さんも。走るっすよ」


「う、うん」


 拓光は仲村にも身体能力を2倍にするように促す。少しでも早くこの場から離れた方がいい。




 ────────




「た、拓光君。ちょ、ちょっと待って……もう無理……」

 

 仲村の体力は絶望的なまでに低くく。しばらく走ると息を切らし、ついには止まってしまった。身体能力を2倍にしてやっと常人に追い付く……といったところか。

 拓光は体力に自信がある方ではないが……それでも2倍になると体が自分の物ではないかのように走ることが出来た。仲村のペースに合わせて走っていたこともあり今は息一つ切らしていない。自分一人ならまだしも仲村のペースに合わせていると逃げきれない。

 仲村を抱えて走るか、とも考えたが……左町ならともかく、身体能力を2倍にしても拓光にそこまでの事は出来そうにない。

 こうしている間にも人の喧騒が近づいて来るのを感じる。先程より人数が増えてる気がする。

 

「んー……仲村さん。オレ時間稼ぐんで逃げて下さい」

 

「え? ちょっと待って! 落ち着いて。大丈夫。大丈夫だから」

 

「あんなのオレ目当てに決まってるでしょ、大賢者なんだし。仲村さんに用があるとは思えないっすもん……巻き込むのも嫌なんで逃げてくれた方が助かるんすけど」


「落ち着いてってば!」

 

 珍しく怒気を含んだ仲村の声に拓光が目を丸くする。拓光としては至って冷静だったつもりなので、そんな怒らんでもと思っていた。

 

「大丈夫……こういう時の為の私なの。再ログインに時間かかっちゃうけどブルマインから一旦ログアウトします。命には替えられないからね」


 そう言うと仲村は宙に手をかざす。モニターが仲村の前に浮かび上がると捜索を始めた。


「なんだぁ……そんなん出来るんなら早くしてくれればいいのに~……っていうか、そんなこと出来たんすね。なんすかその半透明なモニター。見にくくないっす?」


「言ったでしょ? 再ログインに時間がかかるって。急がないとプレイヤーが危ないけど、そうも言ってらんないし……あー、もう……左町さんは連絡もなしに突然出ログアウトってなったら怒るだろうなぁ……」


 仲村は忙しそうにモニターをいじっている。

 拓光はほっとしていた反面、少し物足りなさを感じる。魔法を実践で使えなかったことにだ。

 魔法が使えるようになって気が大きくなっていたのだろうか……普段はそんな好戦的なわけじゃないのになぁ……などと考えていると


「よし! 出るよ!」

 

「うっす。くくく……左町さん急に現実に戻るからビックリするでしょうねー」


 急に現実に戻されて怒る左町が容易に想像出来る。それとも、仕事に遅れがでることを怒るのか……どっちにしろ説教は覚悟しといた方がよさそうだ。まあ……仲村さんもいるし、仲村さんの判断だし、左町が怒った所で仲村さんの方が役職上だし……


「って……まだすか?」

 

「ちょ……ごめん。なんで? なんで出れないの? ……ブルマインが……ログアウトを無効に……なにこれ?」

 

 いつになく仲村が焦っている。出れないのなら、いよいよここで迎え撃つしかないが……

 

「オレ行きます。こっちから行って撹乱しながら逃げるっすから仲村さんは逃げて下さい」

 

「絶対ダメ! ブルマインで死んだら、現実世界でも死ぬかもしれないんだよ!?」

 

「死なないかもなんでしょ? それに追って来てるヤツらが殺しに来てるとは限らないし……オレ一人ならアイツらには捕まらないっすよ。多分……おそらく……」

 

「ふざけないで! 多分で死ぬ気!?」

 

「ふざけてて命は賭けれないっしょ。じゃ、もう行くっすね」

 

 拓光は声がする方へと走り出す。

 後ろで仲村がなにか叫んでいるがおかまいなしだ。

 左町が一緒なら平然と巻き込むところだが……拓光もさすがに仲村を巻き込めない。自分が標的ならなおさらだ。それに、なにより……これはなかなかに……

 

 楽しそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る