その24 左町さんは…いや、私達は異物なの!

 仲村さんは立ち上がると、座っていた椅子に手を添えながら話し始める。

 

「これは……この武器……いや、能力……になるのかな? 左町さん固有のものでアナタ達がスキルと呼んでるものに近いかもしれないね」


 どうやら仲村さんは『英雄殺し』をオレの能力であるという前提で話し進めるつもりのようだった。そのまま説明出来ないしね。

 仲村さんは椅子に添えていた手を離すと


「左町さん……この椅子を消してみてもらえる?」

 

 と言った。まあ、百聞は一見にしかずだ。 実際に見てもらおうということだろう。しかし……それは……

 

「いや……高そうな椅子だし。消しちゃマズイんじゃない?」

 

「そ、そんな理由で話の腰を折らないでくれる」

 

 仲村さんは呆れた様子でため息をつく。いやいや……人様のとこの家具を勝手に消すってどうゆう教育受けてんの? 高学歴のくせに!

 

「いや、サマチ殿。構わんよ。『消す』ということがどういうことなのか……ワシも見たい」

 

「は、はぁ……まあ、いいんなら」


 ランドルト王がそう言うなら……と、ポケットから『英雄殺し』を取り出し、椅子に軽く振り下ろす。一瞬のガッという衝撃の後でノイズがはしり椅子は消えてしまった。

 

「こ、これは……」

 

「椅子はどこにいったのです?」

 

 ランドルト王とドクトゥス君は各々、驚きの声をあげる。

 

「左町さんの持っている短剣……えっと……『英雄殺し』ってタクミ君と左町さんは呼んでるんだけど……これは触れた対象物の存在自体をこの世界から消し去ってしまうってものなんだ。」


「存在を消す……ですか。たしかに……破片はおろか塵ひとつ残っていませんね……では、その例の女神もこの椅子のように?」

 

 仲村さんの説明を受けたドクトゥス君はオレに質問を投げかける。

 

「そ、そうだね。オクトーは撃退したわけでも殺したわけでもなく、この『英雄殺し』で存在そのものを消しちゃったんだよね」

 

 ランドルト王とドクトゥス君は『英雄殺し』をジッと見つめたまま固まっている。それはそうだろう。触れただけで消えてしまうなど……『英雄殺し』は、この世界の住人には物騒すぎる。

 オレは「と、とりあえず説明も終わったし。しまうね」と言ってポケットの中に『英雄殺し』をしまった。二人から注がれる畏怖の視線がなんとも居心地が悪かったからだ。

 

「あ、あの……サマチ様はそんなものを無造作にポケットの中に入れていて平気なのですか?」

 

 ドクトゥス君から当然の質問がくる。

 そういえば考えたこともなかった……オレは大丈夫なの? ずっと抜き身のままの刀身丸出しでポケットの中に入れてて……でも鞘とかなかったし……。

 服は穴こそ空いたが消えるといったこともない。ましてや……「あっ。いっけね」っと自分にチクリとした日にはブルマインから出ちゃうってこともあるんじゃないのか?

 ドクトゥス君からの質問に答えることは出来ず、助け船を出してもらう為に仲村さんの方を見る。

 仲村さんは、オレからの視線を受けドクトゥス君の質問に答え始めた。

 

「左町さんは……えっと……あー……」

 

 仲村さんも説明に困っている。それはあくまでこのファンタジーの世界に合わせた説明に変換しなければならないからだ。あんな映画のタイトルにしか聞こえない専門用語……オレと拓光ですら分からないのに、この世界の住人に分かるはずもない。

 

「左町さんは……そのぉ……えーっと……この『英雄殺し』の鞘……そう! 鞘のような存在なの! そう! 鞘! 鞘を傷付ける刃物なんてないでしょ? ね? ね?」

 

 仲村さんの中でしっくりときたのか「どう? この設定!」とばかりにオレに同意を求める。

 

「え? ……う……うん。まあ……作った仲村さんが言うなら、そうなんじゃないかな……」

 

 と不覚にも返してしまった。

 

「ナカムラ殿が作った?」

 

 マズイと思った時にはもう遅かった。ランドルト王が仲村さんに鋭い視線を向ける。

 仲村さんが一体何者であるのか。答えないわけにもいかなくなってしまった。

 

「えっと……作ったっていうか……私は、その……イチ開発者でしかなくて……」

 

 AIとはいえ歴戦の絶対的な王、ランドルト王に詰められた仲村さんは途端にしどろもどろになってしまう。

 

「エドモンド……いらぬ詮索をするな」



 その言葉に、この場にいる全員の背筋が凍る。

 ドクトゥス君はもちろんオレや仲村さんですら一瞬誰が発した言葉なのか分からなかった。否定することを許さない……静かでそれでいて重みのある言葉……それを発した人物は拓光だった。


「王として、これほどの兵器開発できる人物を無視は出来んだろうが……今回は諦めろ。彼女には関わるな。」


 しゃべっている様を見ていても違和感がする。まるで別人がしゃべっているような……

 そこで仲村さんが声を荒げる。

 

「た、拓光君! 時間が過ぎてる! もしかしてアラーム切ってた!?」

 

「仲村さん。今は話の途中だ。少し黙って……」


 仲村さんは慌てて拓光の腕を取り、付けていた腕輪を操作する。


 ピピピピ……ピピピピ……ピピピピ……


 腕輪から発せられるアラーム音に反応し拓光がハッと我に返る。雰囲気が元に戻り殺気がこもったようなするどい眼光はなりを潜め、いつものやる気なさそうな眼に戻っていった。

 

「あ……や、やべ……え、えっと……オレの名前は拓光誠っす。普通のサラリーマンっす。調子こき過ぎないように気を付けます……あー……いやいや……ハハハ、すいません。城で会談っていうからアラーム鳴らないよう切っといたんすけど……今のマズかったっすねー」

 

 拓光が元に戻っても皆、言葉を発することが出来ないでいた。それほどにさきほどの拓光には迫力が、威圧感が備わっていた。

 今のは本当にマズかった……拓光が拓光ではなくなっていた。ブルマイン……本当にヤバイマシンだぞ、これ。

 

「なるほど。まあいい。タクミがそういうなら手出しは出来んな。非常に惜しいことだが諦めるとしよう」

 

 沈黙を破ったのはランドルト王だった。豹変した拓光に一瞬あっけにとられはしたが……さすがは歴戦の戦士にして王だ。立ち直りが早い。

 

「で? なんの話だったかな?」

 

 話を戻そうとするランドルト王にやっと我に返り返答する。

 

「あ、ああ……いやだからですね。女神オクトーはこの『英雄殺し』で消しちゃったんで、もうなんにも残ってません。っていう……はい。そういう話です。はい」

 

「女神オクトー? 聞いた事がない名前だが……」

 

「は、はい? え? 何をおっしゃってるんで……」


 こちらの発言にランドルト王が突然素っ頓狂な返答をする。さっきの拓光の態度に怒っているのだろうか?

 まったく、ちっちぇ王様だぜ。

 

「いや、だから……僕が襲われて返り討ちにした女神の話です。序列8位の女神オクトー。さっきまで、これでセブンセンスを潰す口実が出来たって……」

 

「左町様。私はセブンセンスの女神320柱を全て把握しておりますが……オクトーという女神は知りません。それに序列8位はずっと空位のままです」

 

「は? ドクトゥス君までなに言い出して……ここに来たのだって元々オレがオクトーを『英雄殺し』で……」


 ここで一つのことに気付いた。オレや仲村さん、拓光は顔を見合わせる。

 

「つまりこれは『英雄殺し』がオクトーの存在をいなかったことにした……いたという過去すら消した……ってことか……」

 

「そうみたいだね……アラームが鳴った後だし。少し遅れて、ブルマインがオクトーのいなかった世界に書き換えたんだ。この世界にもうオクトーのことを覚えてる人間はいなくなったってことだね」

 

「え? じゃあなんでオレらは覚えてるんすか?」

 

 拓光のもっともな質問には心当たりがある。


「そりゃあお前、オレ達はこの世界の……ほら……」

 

「ああ……異物だからっすね」

 

「ふーっ」っと異物3人組は今の事象の謎が解けスッキリとした。

「ああそうか」「なるほどねー」「そういうことかー」と3人で納得していると。

 

「お三方は納得しておられますが、一体どういうことなのですか?」

 

 とドクトゥス君が割り込んでくる。ランドルト王もワケが分からずに顔をしかめている。

 さて。一体どう説明したものか…

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