その22 左町さんには分からないっすよ

 お城……大きい……

 

 ランドルト王国の城は町の中心地にある。

 城だけを城壁で囲う日本の城と違い、海外の城のほとんどは城下町全体をぐるりと囲んでいる。ランドルト王国の城もそれだ。

 日本では敵に攻められた際は城下町の住民も城に逃げ込み籠城するらしい。こんな風に街全体を城壁で囲むのは「みんなで闘うぞ」という意思表示なのだろうか。

 海外に行ったことはないので実物は見たことはないが、ここまで規模が大きな城は実際にはなかなかない気がする。

 他の仮想世界にはさらに壮大なモノもあったにはあったが、近くで見ることはあっても実際に中に入ったのは今回が初めてだ。

 まあ、前の世界での城なんて浮いてたし……どうやって入るんだアレ……

 

「こちらです」と通された、城の中はきらびやかな装飾が施され、足元には赤い絨毯が敷き詰められている。そこをお城を案内する人を先頭にドクトゥス君と拓光、仲村さんとオレが歩いて行く。

 両隣には騎士の鎧が飾られており、途中で鎧の代わりに何人か本物の騎士が並んでたりして所々でビックリしてしまった。

 

 しかし……

 

「緊張するなぁ……」

 

 権力に弱いオレには似つかわしくない場所だ。拓光や仲村さんの方を見ると、緊張している様子は見られない。

 仲村さんは異世界初体験ということもありキョロキョロと辺りを見回している。緊張よりは好奇心が勝っているという感じだ。

 拓光と方はと言うと……

 

「はぁ~……」

 

 と溜息をつき、明らかに乗り気ではない様子だ。

 まあ、分からんでもないがね。

 長く赤い絨毯の……廊下と呼ぶには豪勢な通路の突き当たりに着くと、これまたドアと呼ぶには豪勢な扉の前に来た。

 どうやらこの扉の前に王様が御座すようだ。

 そう意識すると……うう……アクビがでる……

 昔からこういう場に出るとアクビが出てしまう。

 よく、緊張感がないヤツだと言われるが……そうではないのだ。緊張しすぎるとストレスを和らげるよう脳に酸素を強制的に送るようアクビが出る。らしい。

 場に似つかわしくない上に失礼あたるので我慢して噛み殺すが……鼻から漏れ出る。

 

「んふぅ~……おい拓光。シャキッとしろよ。マジでお前次第なとこあるぞ」

 

「アクビ噛み殺してる人にそんなこと言われたくないっすよ。はぁ~……これは他の人には分かんないっすよ」

 

 上手く誤魔化したと思ったが、意外とバレるもんだ。まあ、しかし……そうだな『他の人』には分からんな。

 

 案内していた人が扉の横に移動すると

 

「こちらが王の間です。扉が開きましたら。絨毯の端までお進み下さい。王の前では跪き、お声がけがあるまで頭をあげぬよう」

 

 説明が終わると、扉が開く。

 礼儀正しい歩き方なんてものがあるのだろうか? 歩き方までレクチャーして欲しかった。手と足が揃って歩いてしまいそうだ。

 などと考えていると拓光が先陣をきってズンズンと歩いていく。

 

「ちょっ……拓光く……」

 

 仲村さんが引き留めようと手を伸ばすが拓光の躊躇のない前進には届かず空を切る。

 そのまま絨毯の端まで行くと跪くでもなくダルそうに王座を見ながら立っている。

 

 王座にはもちろん王がいる。

 エドモンド=ランドルト。千年前のランドルト王国建国時から在位している在任期間千年のランドルト王国唯一にして絶対的な存在。

 いかつい見た目に筋骨隆々の骨格。白い髪に髭は威厳と風格を感じさせる。

 白い髪からピョコンと飛び出した耳はエルフだからだそうだ。長命な理由はそれらしい。

 在任期間千年の王様とか某国の独裁者も真っ青だ。

 

 拓光の無礼な態度に、控えている臣下の一人が声を荒げた。


「大賢者殿とはいえ無礼な! 王の御前ですぞ!」


 拓光はというと顔をしかめたまま王を見据えている。なにを考えてるんだコイツは。


「このような場の礼儀もわきまえませぬか! 大賢者殿! いったい今まで……」


 臣下の方々が段々とヒートアップしてきていらっしゃる。ここは無理矢理に頭を押さえつけてでも……とこちらが一歩目を踏み出した、その瞬間……


 怒りの声をあげる臣下達を王が


「よい下がれ」


 と押さえつけた。

「しかし」などという二の声はない。「はっ」という返答があると何事もなかったのように静まり返った。それほどに、この王の権力は絶対的なのだろう。

 王は拓光に向き直るとニカッと笑い


「フッ…ハハハ! 久しいな! タクミ!!」


 と拓光に親しげに声をかけた。


 千年前、魔王を倒しランドルト王国を建国した大賢者タクミ……と勇者ランドルト王。

 当然、拓光の大賢者設定は仮想世界での後付けなので、実際はこの目の前のランドルト王が一人で倒したってわけだ。

 が、ブルマインが拓光を大賢者にした時にランドルト王には新たな記憶が植え付けられる。

 性格が合わず反目しあった出会った頃。

 自分の背中を守る力強い存在。

 長き旅の末共に倒した宿敵。

 その記憶は王の中での唯一の真実。

 共に旅をし、目標を達成した唯一無二の戦友。それがランドルト王にとっての拓光なのだ。


「いつぶりだ? 100年以上は経っておろう。周りのお前を知っておる臣下はもう誰一人生きてはおらんぞ」


 そう言うとガハハと笑った。これが長命あるあるジョークなのか?


「そ、そうっすねー。100年ぶり……かな? 建国900年祭以来っすね」


「ガハハハ! 100年単位でしか会えんとはレアなヤツだ! しかし、貴様は老いぬな! 会うた時から変わらぬままだ! エルフの私ですら小ジワが気になるというに」


「ハ、ハハ……時空魔法のおかげっすね。まあでもエ、エドモンドも相変わらず……げ、元気そうっすね」

 

 もちろん拓光にもブルマインにその記憶が植え付けられている。だが、拓光にとってもエドモンド=ランドルトは戦友……というわけにはいかないらしい。

 

 ドクトゥス君からランドルト王の話を聞かされた拓光は存在しないはずのランドルト王との思い出が一気に溢れ出た。

 ケンカした夜に酒を酌み交わす二人。

 同じ女を好きになり奪い合って結局二人ともにフラれちゃったあの祭りの日。

 死を覚悟し共に大軍に突っ込んでいった最終決戦。


 存在しないはずの二人の思い出が拓光を狼狽させ困惑させる。

「それってどういう感情なの?」後学の為か、仲村さんが拓光にその時の感情を聞くと。

 

「なんだろう……よく分かんないっすけど不思議と悪くないんすよね。へへへ」


 だが、その後にこう付け加えた。


「ただ、まあ……なんだろう……反吐が出そうっす」

 

 なるほど。後者が純粋な拓光の反応なのだろう。思い出の押し売りに心がぶっ壊れそうになっていた。罪深いマシンだぜブルマイン。

 

 というわけで、二人は作られた思い出話に花が咲いている。のだが……他3人は今のところまるで空気だ。

 ドクトゥス君は跪き頭を下げているが、仲村さんとオレは完全にタイミングを逃し所在なさげにただ立っているしかない。困ってしまった者同士で顔を見合わせていると。


「で? こちらがお前の師匠、サマチ殿か。長い付き合いになるのにドクトゥスから聞くまで師の話など聞いたこともなかったが……」


「へ? あ、オレ……わ、私ですか?」


 急に話をふられ、慌てふためく。

 

「あー……そうっす。オレの師匠っすよ。まあ、ほら……オレらみたく千年単位で生きてると。いつの時代に師匠いたっけかー……とかなるっしょ」 

 

「むう……まあ、たしかにな。私の師も……いたような、いなかったような……」

 

 拓光がフォローを入れてくれたおかげでどうにか切り抜けられた。おそらくランドルト王には師がいる設定など最初からないのだろう。ない記憶はうやむやになっているらしい。


「パルデンス代表、ドクトゥス=ハーシーです。ランドルト王におかれましては……」


「あー、ドクトゥス……不要だ。そのような挨拶は。このような所でかしこまられると話が出来ん。違う場を用意させるので詳しい話はそちらでな」


 そう言うとランドルト王は席を立ち先に謁見の間を後にした。

 

「ああ……緊張した~……拓光お前……最初のアレはなんなんだよ。いくらなんでも形式上の礼儀くらいわきまえてんだろ」

 

「そうだよ! 止める間もないくらいズンズンと先に行って! どうしようかとおもっちゃったよ!」

 

 オレよりも仲村さんがオカンムリだ。

 拓光が日頃から問題児なのはそうだが、こういう場の雰囲気を壊すようなヤツではないと思っていた。

 

「すいません……その……約束だったんすよ……」

 

「は? なんなの。その約束ってのは?」


 思ってもみない拓光の返答に仲村さんが聞き返す。

 

「あー……えっと……エドモンド……じゃなくて、ランドルト王に前回の九百年祭の時に飲み比べで負けてっすね……千年祭の時に城を訪れたら礼儀わきまえずに粗暴な振る舞いをして、その時の側近に怒られるっていう……その……罰ゲームっす」

 

 拓光は……拓光として思い出の押し売りに苦しんでいるようで……


「なんか……ごめんね……」


 仲村さんは謝るしかなかった。

 

 

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