その2 左町さんは次の世界に行く
「も、もういい、もういいっす。やめましょ。無駄。マジで時間の無駄」
ひとしきり文句を叫び終えた
「こんなとこで叫んでも、どうせ無駄なんだし早く終わらせた方がいいんでしょ? もういいっす。次。次行きましょ」
コイツ偉いな。
正直、怒りならオレも感じている。ただ、オレが取り乱してないのは事実に感情が追いついていないというか……現実味を感じていないというか……そういったフワフワしたものに振り回されているから。というのと……
「
拓光が悟った。
そう……会社ってそうなの。なに言っても怒っても
ダメなもんはダメ!
早く終わらせて次行かないと、次の業務が溜まって首が回らなくなっちゃう。
コイツ偉い。
オレがそういうの悟ったのは30過ぎてだったから偉い。
「そうだな。早く終わらせよう。」
若いコイツが前に進もうとしているのだ。
奮い立てオッサン。
「では
「え? えーっと……情報とかいる?」
こ、この女……
最近少し薄毛になった髪の毛がザワザワと逆立って行く感覚が……これが怒髪天を衝くという現象か?
「い、いや意地悪するんじゃなくてさ。被験者がどういう状態なのか分かんないなら、そういう情報が弊害になったりってことも……あるかもしれないしさ」
こっちの怒気を察したのか仲村さんは焦ったように言い訳を始めた。
たしかに前の3人は見た目が現実より補正されていた。しかし、どこか面影があり。名前はそのまま使用されていたのだ。情報がまったっく参考にならない、なんてことはないだろう。
「……大丈夫です。4人目の被験者の情報を下さい」
落ち着いて、しかしどこか怒気を含んで仲村さんへ情報開示を迫る。もうこっちは覚悟決めてるんだから早くして欲しい。
「あ、はい。分かりました。えっと……じゃあこの人が……4人目の被験者だね」
目の前のモニターに被験者の顔写真と情報が映し出される。
『七々扇 義光』|(ななおうぎ よしみつ)
196×年8月18日生まれ
七々扇電工代表取締役社長
「ずいぶんオッサンっすね。ゲームとかに興味ありそうな世代じゃなさそうっすけど」
「いや……おま……うちのトップじゃねーか! 知っとけよ!」
「へー」と拓光が適当に相づちをうつ。
コイツ自分んとこの社長の名前を知らんのか……
いや……まあ……オレも実際会ったこともないけど……
「ん? だから名前を伏せときたかったんすか? いい年したオッサンが最新ゲーム機でキャッキャしてたの恥ずかしいから……っていうか普通こういう時はVIPから助けません?」
拓光がもっともな疑問をぶつける。
「うーん、ゲーム機って呼ばれ方は抵抗あるなぁ。ブルマインは仮想現実で違う自分を『演じる』っていうさぁ……」
ブツブツと長い講釈が始まった。いや、そこじゃねえんだよな。
「まあ、被検者を助ける順番はちゃんとあるんだよ。脳波の変化とか乱れとかさ。安定してる人は後回しだよね。目覚ました時に廃人になってたりとか困るでしょ?」
それはヤバイ。ヨダレ垂れ流しながら「アバアバ」言ってる人製造機販売とかヤバイ。
「名前伏せてたのはさ。まあ、ご本人の希望で……恥ずかし……かったのかな? でもまあこういう時だし、しょうがないよねー」
自分達で要求しておいてなんだが、プライベートが軽い。みなさんご購入時、本機はあなたのプライバシー危ぶむ可能性がございますことを念頭に置いて下さい。
「はい。わかりました。じゃあ私達はもう出発します。時間なさそうですし」
そう。もういい。さっさと行こう。
廃人になる前におうちへ帰らねば。
「じゃあ……さっさと送っちゃうねー。えっとー……じゃあー……」
モニター越しにキーをタッーンと叩くのが見えた。
と同時に転移が始まった。
「ちょっ……急に……」
転移が始まる。
無防備な体勢で後ろからモロに衝撃をうけ、オレも拓光も後ろにのけ反った。
「いってらっしゃーい」
モニターに映ってる呑気な声の主と一緒に景色が後ろに吹っ飛んでいく。
最初の転移で「転移時の衝撃にだけは気をつけてねー」と言ってた女が専用の体勢も取らさずに不用意に転移を開始しやがった……
許すまじ……
この怒りのボルテージを次に会うその日まで保ち続けてやる……
この怨嗟の感情も異世界に持っていくのだ。忘れてなるか……あのクソ女めぇえええ……
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