君の秘密を教えて

三好祐貴

君の秘密を教えて

君の秘密を教えて。


 インターネットのチャットルームで、そう尋ねてみることにした。しかし、突然、どこの馬の骨かも分からない人間に、そんなことを言われて、自分の秘密を打ち明ける物好きなど、そうそういるものではない。全く相手にされなかったり、「実は僕、かつ丼が好きなんです」といった、茶化すような回答が返ってきたりと、私の望んでいたような話は聞けないでいた。それでも、世の中には露出狂という類もいるし、ネットの匿名性は見ず知らずの人間に心を許し易い環境でもある。だから、普段は人に言えないようなことを話したがる人間がみつかるのも時間の問題に違いない。そう思って、私は同じ質問を執拗に繰り返していた。すると、何人目のチャット相手からだったろうか、「実は誰もいないところで、人の声が聞こえるんです」という返事がきた。どうせ統合失調症かなにかだろう。そう思いつつも、私はこの人物と、少し会話してみることにした。


「それは、誰の声が聞こえるの? 同じ人?」


「いや、バラバラ。例えば、部屋に居る時に、小さい女の子の声が聞こえてきて、その後、デパートに行ったら、同じ声の女の子がいたりとか。」


 自室で女児の声の幻聴を聞いた後、デパートに行って、そこに偶然、居合わせた女児の声をたまたま聞いて、自室で聞いた声だと思い込んでしまった。そんなところだろう。


「その子は何を言ってたの? 部屋で声が聞こえた時。」


「あんまりよく覚えていない。ウキウキした感じで親と話しているみたいだった。その時は、ゴニョゴニョって感じで、はっきりと聞こえたわけじゃないから。」


「はっきりと聞こえたりすることもあるの?」


「あるよ。夜、よく行くコンビニの店長が3回連続でくしゃみするのが聞こえて、その人、知り合いだから、後でコンビニ行った時に聞いたら、『なんで知ってるの?』って驚いてた。」


 くしゃみって、それが誰のくしゃみか判別できるものなのか? この場合は、店長が話に乗ってあげたって考えるべきだろうな。でなければ、ただの偶然...とも考えにくいか。さすがに、3回連続は偶然では片づけられない。だとすると、3回連続って、ちゃんと、店長に聞かなかったんじゃないか? もしくは、コンビニの入ってるマンションのすぐ上に住んでるとか。(そういえば、イシグラッチはコンビニの真上に住んでて、毎日、コンビニで、弁当やらジュースやら買って食べて、その後、ゴミをコンビニのゴミ箱に捨てに行くっていう、変なリサイクル活動やってたよな。)


「尋常じゃなく耳がいいとか、そういうわけじゃないんだよね?」


「耳は普通。」


「なるほど。声って、わりと頻繁に聞こえるの?」


「一日に何回も聞こえたりする時もあるし、一週間くらいなにも聞こえない時もあるけど、結構、聞こえてくるよ。」


「いつからそういう声が聞こえるようになったの?」


 統合失調症はいつ頃から症状が出るんだっけ? 調べながら聞いた。


「もう、ずっとだね。多分、物心ついた時には聞こえてたよ。」


 子供が統合失調症と診断されるのは稀らしい。となると、彼の場合は特殊な事例なのか?


「君の家族で、他に声が聞こえる人とかいる?」


「わからん。親とかに、この話したことないし。」


 遺伝かどうかは不明。


「声が聞こえた時は、いっつも、その声の主と関わりを持ったりするの?」


「いや、声だけのことの方が多いね。知ってる人だったり、デパートの女の子の時みたいなのはレアだね。」


「じゃあ、他に声の主と関わった話ってある?」


「うーん...高校の頃、俺は陸上やってたんだど、同じ部活で、いっつも俺に嫌がらせとかしてくるやつがいてさ。そいつの声がバスの中で聞こえて来たんだよね。『これ最高』とか、『パンツ』とか、『いい写真』とか。その数週間後、女子部員の下着がなくなるっていう事件が何回かあって、もしかしたら、犯人あいつじゃないかって思って、そいつの携帯見たら、下着の写真とか保存されてて、それで、そいつ問い詰めたら、自分がやったって認めた、ってことがあったよ。」


 どうやって携帯を見たんだろう? 携帯に認証機能がつく前の時代の話か? 単なる嘘か? そうじゃないなら、そもそも、その部員が怪しい行動を取ってたんじゃないだろうか? その部員に対する不信感から、盗難事件の発覚後、以前、その部員の声が聞こえていたと思い込んだ。多分、それが無難な説明だろうな。


「事件、解決したんだ。それからどうなったの? その事、みんなにバラしたの?」


「いや、『もうやめとけ』って言って、そいつも『わかった』って言ったし。それでおしまいにした。でも、それから、そいつ俺に嫌がらせしてこなくなったし、良かったよ。」


「それは凄いね。声が聞こえるおかげで、人間関係の問題も解決したってことだよね。」


「いやぁ、凄くないよ。声が聞こえるのが役に立ったのって、それくらいだし。ハッキリ言って、結構、無駄。」


「声が聞こえることは、嬉しいことではないの?」


「まぁ、別に嫌じゃないけど、あぁ、またかぁ~ってなる。」


「そうなの? その能力で事件を解決するヒーローになろうとか思わないの?」


「それはないなぁ。自分でコントロールできないし。声が聞こえるように念じてみたりしたこともあるけど、それで聞こえた、ためしはないよ。」


「そっかぁ。じゃあ、声が聞こえる時の共通点みたいなものは全くないの? 誰かが助けを求めているとか?」


「わからん。助けを求めてるってことはないじゃないかなぁ。陸上部のやつ、助けたわけじゃないし。」


「陸上部の人の件に関しては、その人、実は、良心の呵責があって、『誰か俺を止めてくれ』って心のどこかで思ってたかもよ。」


「いや、あいつはそんなやつじゃなかったな。」


「じゃあ、もしかしたら、逆かもしれないね。声が聞こえてくるんじゃなくて、君が声を想像して、その通りの出来事を起こしているのかもしれないよね。」


「マジか。だったら俺、神じゃん。」


「それなら、ありがたい。丁度、神様の知り合いが欲しいと思ってたところだから。おー、神よ。宝くじの当選番号を教えたまえ。」


「そんなんできたら、俺が金持ちになってるわ。でも、この話、今まで何人かに言って、誰も信じてくれなかったんだが、信じてくれるのか?」


「もちろん、100パーセント信じてるかって聞かれると、そうじゃないかもしれないけど。まぁ、そんな嘘つく理由もないだろうしね。」


 嘘ではないような気はする。別の場所にいる人間の話し声が自分には聞こえることがあると、彼は本当に信じているんだと思う。そう思う反面、やはり、彼が私を騙そうとしているという可能性は捨てられない。「そんな嘘をつく理由なんてない。」 そう言って、にわかに信じ難い話に、すぐに納得する人間を私は怠惰だと感じる。このチャット相手は、私をからかって嘲笑っているのかもしれない、不思議な話をして、他人の気を引きたいだけなのかもしれない、特殊能力を持った人間のロールプレイを楽しんでいるのかもしれない。実は、これは心理学かなにかの実験で、彼はデータを取ろうとしているという可能性だってある。(以前、学校の課題で、そういうことをやっていた人達が、実際にいた。ただ、もし、これが実験だった場合、これは実験でした、ご協力ありがとうございました、と最後に伝えてくるはずだが。) こんな風に、人が嘘をつく理由なんて、いくらでもある。ちょっと想像力を働かせさえすれば、誰にだってわかることだ。それに、嘘をつくのに理由なんていらない。全ての嘘に原因はあるんだろうけど、人間、わけもなく、なんとなく嘘をつくということだってある。


 まあ、なんにせよ、もう少し、会話を続けて様子を見よう。彼に私を騙す意図があるのかどうか、見極めてやろうではないか。私は自身の本来の目的を忘れ、単なる好奇心から会話を長引かせようと思った。


「一番最近声が聞こえたのって、いつ?」


「ついさっき聞こえてたよ。1時間くらい前。若い男。」


「なんて言ってたの?」


「『なんでだよ、なんでだよ』とか、『他にもきっと』とかうめいてて、それで―」


 私は怖くなって、思わずパソコンを閉じてしまった。彼に、私の秘密を聞かれてしまったのかもしれない。


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