2日目 午前8時32分
朝食後、私はメイドらしく主人のティーカップに紅茶を注ぎながら、食堂内を注意深く見渡していた。
(……よし、まだみんな生きてるな。バグも起きてないみたいだ)
まずは友人同士でもある主人公の二人。
食卓についたまま紅茶を嗜む、この凄惨たる事件の温床『
彼の斜め前に坐り、何やら考え事をしている人気作家、三十代半ばの
暖炉の近くで、絨毯の幾何学模様を道路と見立ててミニカーで遊んでいる棚屋の息子の
そして、扉が開け放たれ隣接した娯楽室で遊ぶ、スキー中に遭難してしまったウェイウェイ系若者たちのエーオ、ビーコ、シースケ。
(『復讐の鬼』、『呪われし幽霊館』と違ってこのルートなら、ランダム要素も少ないし、死者がすぐに出ないから時間的余裕もある。まぁ、ストーリー的には死ぬほど面白くないけど……)
未確認生命物体の雪男ユキゴンが伝承通り、実は存在していたというトンデモ電波ルート。
それを何故か探しに行こうとしてユキゴンとアクティブバトルになったり、その写真で儲けようとした若者たちが仲間揉めして殺し合ったり、実は神話生物だったためにSAN値チェックをして皆発狂したりする。欲張りセットも良いところだ。
(さて、4日目になると強制的にユキゴン探しが始まるから、今日と明日で何とかせねば……)
指定ルート通り、台所に戻って食器を洗う。今までの分岐を思い出しながら、ぶつぶつと呟き思案していると、背後からカシャンと何かを落とす音がした。
はっと振り返ると、床に落ちたミニカーを拾う奏人の姿があった。
とっさに、私はすぐに言葉が出なかった。有無を言わさず雇われメイドは即死チュートリアルを除き、334回目の2日目の皿洗い中に、誰も訪れることが無かったからだ。
「えっと……奏人、サマ? いかがなさいました?」
蛇口を閉めてタオルで手を拭き、不自然になりながらも微笑みかけた。
年端もいかない彼は赤いミニカーを手に、瞬きもせずにじっと見つめられていたと思ったら、せきをきったように涙を流し始めた。
私は慌てながら彼に駆け寄り膝を付く。
「メイドさん……生きてたんだね」
あまりの驚愕に言葉を失い、どもりつつも何とか聞き返した。
「あのね、今さっきね。昨日の晩ごはんを思い出すようにぼやっと、思い出したの。僕とお母様とお父様を何度も守る、メイドさんのこと」
何度もシナリオをループし、バグらせた結果、登場人物にも記憶が引き継がれてしまったのかもしれない。
しかし、これは、全く予期していなかった千載一遇のチャンスだ。
「何度も、怖い思いをさせてすみません。でも今回は、あのポンコツの言う通り、何とかなるかもしれない」
ポケットからハンカチを取り出し、彼の温かで透明な涙を拭きながら、私は真剣な眼差しで訴えかけた。
「だから、力を貸してくれませんか? みんなを守って迎える、明日のために」
奏人は戸惑いながらも、両目をごしごしと擦ってから、力強くうんと頷いた。
どんな神ゲーもクソゲーも、笑えるハッピーエンドが1番だ。私は彼に手を差し出し、固く握手を交わした。
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