(復刻版)今は専業主婦だけど、週末はホームレスをしていた話
犀川 よう
第1話 知る必要もない世界へようこそ
一、ある冬の金曜日
これは私がギャンブル中毒初期の話。十五年以上前のことになります。
金曜日の定時に上がると、そのまま水道橋のパチンコ屋に直行します。お目当てはスロット。ATMでおろしたお金を握りしめて、コンビニで競馬新聞を買います。土曜日の中央競馬の予想をするためです。買っていたのは「研究」という新聞で、池田先生を見ながらも、結局は及川先生の予想に乗っかっていました。
この日はスロットが爆発してそれなりに勝ちまして、「これは彼氏とデートに行けるな」と思って、携帯電話で連絡しようとしたところ、たまたま通りかかった公園でホームレスのおじさんが、とても寒そうに手をこすり合わせて新聞紙を集めているのを目にしました。たしかにその日はとても寒く、公園で野宿するのは厳しい日でした。
今となってはそれがきっかけとしか思い出せないのですが、私はコンビニでバーボンを一本買って、そのおじさんに声をかけて飲み始めました。おじさんは空き缶集めて生活する本職のホームレスでした。当時はネットカフェなどマイナーでしたから、都心の公園でもそういう人たちが結構いました。
私は中学はヤンキー、高校はギャル、大学は電子系リケジョというよくわからない女でして、いわゆる常識の埒外のものに憧れのようなものがあり、そのおじさんと公園でバーボン飲んでは自分の話などをしていました。おじさんは秋葉原の総武線側をホームにしているそうで、「それなら秋葉原の公園で飲もうぜ」ということになり、水道橋から坂を歩いて上って秋葉原のある公園に行きました。
当時は自作パソコンの黎明期。私も自分でパソコンを組み上げていたので、よく秋葉原に行っていたのでテンションがあがり、途中のコンビニで二人分のカップ酒とつまみを買っていったのですが、後悔することになりました。――その公園には、十人くらいのホームレスのおじさんたちがいたのです!
二、ホームレスのディシプリン
最初に会ったおじさんとサシで酒盛りのつもりが、ホームレスのおじさんたちとの酒盛りになりそうです。私は最初に会ったおじさんに「もっと早く言えば、多く買ってきたのに」と後悔していることを伝えると、彼は無言で手を振りました。ホームレスの人というのはいろいろとワケアリな人がいまして、触れてはならない過去をもった人が多いです。当時の私はそういうことがわからなかったので、要領の悪いおじさんだな、くらいに思っていました。後から気づいたのですが、軽い知的障がいの方でした。
当時のホームレスにはディシプリン(規律)のようなものがあり、古参が仕切り、新人が雑用をする感じでした。ホームレス社会にも面倒な上下関係があるのかと、少しだけ失望感を覚えてしまいました。
気を取り直して、まあ、じゃあ、飲みますか、ということにしようと思ったのですが、ボス格のおじさんが私を指さして、「新人か?」と言ってきました。
「なわけねえじゃん!」
と私はカラカラと笑うと、ボス格のおじさんは無表情のまま私に告げました。
「弁当、とってこい」
と。
私はそのとき、自分がホームレス一員になったことに、ちょっと面白くなってしまい、詳細を聞くことにしました。
三、ホームレスの新人研修
最初に会ったおじさんも新米に近いカースト下層民らしく、私の「指導員」として、コンビニの廃棄弁当をもらう仕事を教えてくれることになりました。当時はまだ廃棄に対してうるさくなく、従業員の裁量でお弁当などの廃棄品をくれたのです。
ただ、ホームレス社会での縄張りのようなものがありまして、どこからもらうのかは決まっているようで、最初に会ったおじさんに連れていかれたのは、マイナーコンビニでした。
私は恐る恐る(内心はニヤニヤしながら)、従業員に「お弁当ください」と言いました。本来はバックヤードやゴミ捨て場でやりとりするそうで、新人の私はレジ前で言うといういただけない間違いをしまいましたが、従業員の人は、「ああ、〇〇さんのとこ?」と返してきてくれ、店の外に連れていかれると、ドサッとお弁当や総菜をくれました。今では考えられませんが、当時はそういうものだったのです。
私はそれとは別に、缶ビールを買って(廃棄品もらったくせにと、すごい怪訝そうに見られましたが)、公園へと戻ります。
「ホームレスって、自由に生きているわけではないんだ。つか、むしろ、厳しくね?」
帰り道、最初に会ったおじさんにそう言うと、彼はニコッとして、おごってあげた缶ビールを飲むだけで、何も言いませんでした。
私は、この穏やかならぬ金曜日に、強い期待と軽い不安を抱いて、飲み切った缶ビールの缶を、彼の「財産」にしてもらうために、つぶして渡すのでした。
(続け……ますかね?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます