第41話 アフターフォローは確実に


「ストップ」


 しかし俺が言葉を続けようとした瞬間、彼女は人差し指で俺の唇をふさいだ。


 そして困ったように微笑むと、静かに首を振る。



「それ以上はダメよ? この関係はビジネスなんだから」


「でも華菜さん……本当は本気で俺なんかのことを……」


 これが大人の事情ってやつなんだろうけど……。それでも納得できない。この感情はきっと嫉妬なんだろうな? 俺は彼女に必要とされたいんだ。だからここまで執着しているんだ。



「ねぇソーゴ君。愛や恋なんてものはね、なにも恋人や夫婦だけが持てるものではないのよ。ただ傍に居るだけで幸せってこともあるんだから」


「え?」


「ふふ、私としては本当に君がつがいになってくれてもよかったんだけどね」


 そんな彼女の笑顔はどこか寂し気だった。


 俺はそれ以上何も言えなくなってしまい、俯いてしまった。


 だがそんな時だった――突然、華菜さんが俺の肩を抱きしめてきた。



「か……華菜さん?」


「……ねぇ、私もいい子にしていたら、サンタさんはプレゼントをくれるかな?」


「なんすか急に……」


 彼女の顔は見えないが、しかし肩を掴む手には力が込められていた。何かを押し殺しているかのような、そんな印象を受ける。


 俺はそんな彼女の頭に手を伸ばしながら優しく撫でた。すると彼女は更に強く抱き着いてくる。そして消え入りそうな声で呟いた。


「貴方は貴方の幸せを手に入れて。私のことは、たまに思い出すくらいでいいから」


 あぁこの人はどこまでも他人に優し過ぎる。


 でもだからこそ、そんな華菜さんを俺は……。




「それじゃあ私は先に出るけど……あんまり思い詰めちゃダメよ?」


「はい、分かっています」


 最後に軽く手を振りながら彼女は部屋を後にした。それを見届けると、俺も身支度をして部屋を出た。


 それから玄関から庭の池に向かうと――そこには見慣れた人影があった。



「ヒヨリ?」


「……おはようお兄ちゃん」


 どこか眠たそうに欠伸をしながら挨拶をしてきた妹に、俺は小さく笑って返すと一緒に庭の池で餌やりを始める。すると彼女も俺に倣うようにして座り込んだ。


 今日は一段と肌寒いな……今夜は雪が降るかもしれないな。そんなことを考えていると――突然陽夜理が手を握ってきた。



「ん、どうしたんだ?」


「こうしていると温かいから」


「あぁ……」


 それからしばらくの間、俺たちは手を繋いだまま黙って池の水面を眺めていたのだが――ふと陽夜理が口を開いた。


「ねぇお兄ちゃん……どうして落ち込んでるの?」


「え? いや別にそんなことはないぞ?」


「……うそ。華菜さんのことでしょ?」


 おっと……これはまた鋭い指摘だな?


 いやでもバレバレか。もう何週間も同じ家に住んでいるんだしな。


 さてどう説明したものかと考えていると、陽夜理が困ったような表情を浮かべていた。



「ごめんなさい、詮索するようなこと言って……」


「ん? いやいや、別に良いんだよ」


 多分深入りしてしまったと思っているんだろうな。陽夜理なりに気を使ってくれているのがまた罪悪感を募らせる。


 だが華菜さんとは何も無かったと伝えると、彼女は安心したように微笑んだ。本当に良い子だなぁ……。



「なぁ、陽夜理。クリスマスに欲しいものはあるか?」


「欲しいもの? うーん……」


 陽夜理は少し考えるように黙り込んでしまったが、やがておずおずと口を開いた。


「あ、そうだ! 大きめの鍋とか?」


「それは宿で使うようだろ? ヒヨリが欲しいものをあげようと思ってさ」


 一応、考えてはあるけど……もしリクエストがあるなら応えてやりたい。


 すると彼女は少し考えてから首を振った。



「……ううん、ヒヨはお兄ちゃんとお出掛けができればどこでも良い」

「はは。そんなので良いのか? 欲が無いなぁお前」


「だって久しぶりのお出掛けなんだもん!」


 得意げな顔で胸を張りながら答える妹の姿に思わず笑みがこぼれた。ならせめて、楽しい一日にしてやらなくちゃな。


「よし分かった。なら楽しみにしててくれ」


「うん! えへへ……」


 そんなやり取りを交わしてから家に戻ろうとする。



「あ、そうだ。欲しいものがあったよ!」


「ん? なんだ?」


 陽夜理は振り返ると満面の笑みを浮かべて言った。


「ヒヨ、お兄ちゃんの子供が見たい!」


「……は?」

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