第20話 堪能してね♡
「いただきますっ!!」
「「いただきます!」」
食事の挨拶をすると、みんな一斉に箸を伸ばした。
俺はまずハマチのタタキが乗った皿に手を付けることにする。
薬味を添えているとはいえ、切り身そのものには大きな味付けはされていない。ゆえにシンプルな見た目だ。
「まずは一枚、おろしポン酢で……」
重みのある身をスッと箸で拾い、あらかじめと大根おろしを溶かしておいたポン酢にサッとくぐらせる。
薄っすらとしたピンク色の身がオレンジに染まったハマチを、口の中へ放り込んだ。
「んんっ~、これは美味しいぞ……」
脂ののったハマチの身は、口の中でプツリと千切れて舌の上で踊っている。
クセがなく非常に食べやすい。さすが丁寧に育てられた養殖だ。天然モノとはまた違った良さがある。
今度はさらに薬味を追加。ポン酢を纏うことで旨味が凝縮され、そこに大根おろしとネギなどの薬味が加わると味が格段に上がっている。
そこにピリリとした生姜の香りが絶妙にマッチしていて最高に美味い!
「んふふー。お兄ちゃんってば、本当に美味しそうに食べてくれるから嬉しくなっちゃうよ」
「確かに。こんなに幸せそうに食事をする人って見たことはないわね」
「ソーゴ兄さん。良い表情してます!」
そんな生暖かい眼差しで見ないでくれ……照れるじゃないか。
でも本当に美味しいんだから仕方ないだろ! いや、むしろ美味しくないわけないんだ!
美女が持ってきた新鮮な食材に、美少女が調理したご飯だぞ!?
「お兄ちゃん、次はこっちの巻きずしをどうぞ!」
陽夜理は皿に載せたまま俺に渡すのではなく、そのまま手づかみで俺の口元まで運んできた。
「はい、あーん」
「あーん……ん」
――パクリ。もぐもぐ……コクン。うん、美味いな!
まだ少し温かいそれは、噛んだ瞬間に広がる酢飯の香りと具材の旨味。さらにその具材が口の中で調和して一品の完成度を高めている。
そんな逸品を食すにふさわしいお茶を飲む。すると今度は口の中をサッパリさせてくれた。うんうん、最高だ!
「お、お兄ちゃん。もう少し落ち着いて食べなよぉ……」
ハッ!? しまった。つい勢いあまって……反省します。
ついつい夢中で食べてしまったことを反省しつつ、陽夜理が再び差し出してきた次の巻きずしを頬張る。
そんな様子を華菜さんと美愛ちゃん母娘が、クスクスと可笑しそうに見ていた。
ウオミーも我関せずとばかりにハマチ料理を食べ始めている。
「そういえばお兄ちゃん。お刺身とタタキって何が違うの?」
お気に入りのキャラクター箸で切り身を摘まみながら、陽夜理が不思議そうな目を向けてくる。
「刺身っていうのは、魚の身を薄く切って盛り付ける料理のことだな。語源は幾つかあるらしいけど、切った魚が何なのか分かるようにヒレを切り身に“刺す”から刺身になったんだと」
「じゃあタタキは?」
「タタキはその名の通り、魚の身を叩いて作られる料理のことさ」
具体例で言うと、アジのなめろうとかが該当するな。
「もう一つは炙ったのもタタキって言っているな。今回のもバーナーで炙っただろ?」
さっと炙ってやると香りが付いて魚特有の生臭さを抑えることができる。
あとは昆布でシメたり、塩で余計な水分を抜いたりしても、ずっと美味しくいただける。
まぁ味が良い産地物なら、新鮮な刺身のうちに食べられるんだけど。
同じ素材でも状態によってひと手間加えることで味が大きく変わってしまう。
それは料理でも同じだな。素材が良いからといって、味付けを怠ると美味しくなくなることもあるし……。料理人の腕の見せ所というやつだな!
「刺身は切り身、タタキは叩くからタタキってことね」
「そういうことだな」
陽夜理がポンと手を合わせて俺を見る。ちゃんと呑み込めたようで一安心だ。
お次の料理は味噌生姜焼きにいこう。
豚肉の生姜焼きならオーソドックスだけど、ハマチでやるのは初めましてだ。
「おぉ、ホロホロだ」
箸で軽く身をほぐすと、それは簡単に身離れして簡単に切れた。
軽く味噌と生姜の混合液に漬けてあるのか、臭みとはほど遠い爽やかな香りを放っていた。
「では、さっそく」
口の中に広がる味噌の甘じょっぱさと、生姜のピリリとした感触に舌鼓を打つ。
これまた食欲をそそる味付けだ。ご飯がすごく進む。
「陽夜理、ご飯をもう一杯頼むよ」
「はいはい……って、さっきから食べてばっかりだよ!?」
はい、反省します。
いやでも本当に美味しいんだもの!
続いてはお吸い物に口をつける。熱いけれど出汁がしっかり出ていてホッとする温かさだ。うん、これもいける!
視界の端では黒猫の親子が刺身のおこぼれをハグハグと食べている。
喉をゴロゴロ言わせているし、彼女たちも気に入ってくれたようだ。
「美味しいね、お兄ちゃん!」
「そうだな、これなら宿のお客さんに提供しても喜んでもらえそうだ」
チラ、と向かいの席にいる華菜さんを見やる。
「そうですね。酒のアテにも最高だし、大人は喜ぶと思うわ。あとは揚げ物にしてあげると、子供も気に入ってくれるかもしれないわね」
「うんうん。お母さんの言う通り! 魚が苦手な子でも、カレー粉とかまぶしてあげれば平気じゃないかな」
美愛ちゃんの言う通り、魚を食べ慣れていない小さい子は生臭さに敏感だったりするしな。揚げたりカレー粉で味付けするのは良いアイデアかもしれない。
「いろいろ意見を言ってもらえて助かるよ。俺とヒヨリだけだと、どうしても身内の意見ばかりになっちゃうし」
俺も陽夜理もこの来音市の出身だし、郷土料理に舌が慣れ切ってしまっている。だからあまり馴染みのない人の感想はとても貴重なのだ。
そんな会話をしている間にも俺たちは箸を進めていき、テーブル上の料理たちもあらかた無くなってしまったようだ。
「そういえばさ」
陽夜理が淹れたお茶を啜りつつ、俺はウオミーに尋ねる。
「ウオミーはどこの出身なんだ?」
先日彼女を家の途中まで送った時は、大学に通うために一人暮らしをしていると聞いていた。
だから市外から来ているとは思うのだが――。
「生まれは東京。……あんまり良い思い出がないんだけどね」
あれ……もしかして俺、地雷踏んじゃった?
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