メカ鳥、空とか色んな何かを越えて

貴船弘海

メカ鳥、空とか色んな何かを越えて 1/2

 天才って、見たことある?


 ぼく・大場おおば りくは、ある。

 たった今、ぼくの隣に座っている、椎名しいな あおいがそうだ。


 幼稚園の頃――ぼくたちは、何かのテストを受けた。

 それは『子どもの才能を計る』みたいなテストで、その結果、葵は「天才」と判定された。

 そんな葵をひと目見ようと、何人もの大人たちが後日幼稚園に見学に来てたから、たぶんマジだ。


 葵は、美人だ。

 サラサラ黒髪ロング、白い肌、ハッキリとした目鼻立ち。


 クラスの男子は、たぶん全員、葵が初恋だと思う。

 ぼくだって幼稚園時代、葵が初恋だった。


 しかし葵は、変人でもある。

 口数が少なく、いつも本ばかり読んでいた。

 きっと他人のことなんて、どうだっていいのだろう。


 小5になった今でも、ぼくは葵のことが好きだ。

 なぜなら葵は、こんなぼくにも、いつだってフツーに接してくれるから。


       V


 その日、学校が終わると、ぼくはいつもの裏山に行った。

 そこにある草原で、絵を描くためだ。


 いつもの石に腰かけ、スケッチブックを開く。

 草原から一望できる、町の風景を見下ろした。


 美しい町。

 ぼくたちが日々を過ごす、とても地味でのどかな世界。


「風景画はひさしぶりだな……」


 そう呟き、ふと視線をずらす。

 すると――ぼくの視界の隅っこで、何か奇妙な影が少しだけ動いた。


「ん?」


 そちらに目をこらす。

 ぼくから少し先、十メートルくらいの場所に、なんだか見たこともないヤツが突っ立っていた。


 めちゃくちゃ細長い足。

 卵みたいな胴体。

 スリッパをくわえてるような顔。


 あれは……鳥?

 鳥か?

 鳥が、こっちを見てる?

 って言うか、ちょっとデカくない?


 夕陽に照らされたそいつの影が、ピクリと動く。

 ゆっくりと――こちらに向かって歩いてきた。


 え……。


 ぼくはあわてて、座っていた石から立ち上がる。


 こ、こっちに来る!


 急いでその場から逃げようとする。

 だけどぼくは、あまりにも突然な出来事に、思わず石につまづいてしまった。

 なんとか体を起こし振り向いた瞬間、そいつはすでにぼくのすぐそばにいた。

 あまりの恐怖に、ぼくの顔がピクピクと引きつる。


「やめなさい、メカ鳥! その人は怯えている!」


 刹那、鋭い声が響くと、そいつがその場でピタリと停止した。

 大きな鳥のシルエットが、静かにぼくを見下ろす。

 草原に、サラサラと風に揺れる草の音だけが響いていた。


       V


「そっか。陸くんは、毎日ここで絵を描いてるんだね」


 ぼくの隣に座った葵が、小さな声で言った。

 彼女はいつもこんな感じ。

 いつだって、今にも消えてしまいそうな声で話す。


「いや、そんなことはどうだっていいんだけどさ……」


「うん」


「な、何、この鳥? って言うか、こいつ、鳥?」


 ぼくは目の前に立つ、さっきのヤツを指さす。

 そいつは――どう見たってフツーの鳥ではなかった。


 鉄製の体に、たくさんのビスが打ち込まれている。

 錆色に輝くそいつは、間違いなくロボットだった。

 しかも顔にまったくやる気がない、めちゃくちゃダメな感じの……。


「この子は私が作ったロボットなんだ。名前はメカどり。メカ鳥P1。プロトタイプの1号機」


「メカ鳥……」


 とりあえず、ぼくは――名前がダサいと思った。


「今日は、この子の重心とZMPのパフォーマンスを確認しに来たんだ。ここなら人がいないと思って。そしたら、陸くんがいた」


「なんだかよくわかんないけど、さっきは食べられるかと思ったよ……」


「食べないよ、ロボットだし」


「で、この鳥は何? 一体、何のために作ったの?」


 ぼくが聞くと、メカ鳥が一歩踏み出してくる。

 顔が、ぼくの前に伸びてきた。

 く、首が、めちゃくちゃ長い……。


『こんにちは。はじめまして。ぼくは葵ちゃんが開発したロボット・メカ鳥です。よろしくね、陸くん』


「しゃ、喋った!」


 目の前の喋るロボットに、ぼくは心の底から驚く。

 って言うか、メカ鳥――声、高くない?


「彼にはAIが搭載されてるんだ。だから喋れる」


 こともなげに、葵が言う。

 メカ鳥と顔を見合わせながら、ぼくはなんとか続けた。


「あ、葵……」


「ん?」


「今『彼』って言ったけど……メカ鳥は、その、オス?」


「え? そこ?」


「いや、だって、それってわりと重要――」


『陸くんが驚くのも無理ないです。今の時代では、ぼくみたいなロボットは最先端ですものね』


 メカ鳥が話に入ってくる。

 これは、つまり……会話ができるってこと?

 試しに、ぼくは彼に続けた。


「そ、そうだね。メカ鳥、きみはめちゃくちゃ最先端だよ」


『陸くんの疑問に答えます。ぼくはオスという設定です』


「設定……」


『何か、おかしいですか?』


「いや、べつに……」


 ぼくがメカ鳥を見つめていると、葵が小さく続ける。


「メカ鳥の開発理由は、現時点ではまだ極秘なんだ。だから『何のために作った』とか、そういうのは言えない」


「そ、そうなんだ……でもすごいね、こんな喋るロボットを作っちゃうとか。やっぱ葵って、頭良いんだなぁ」


「私はただ、誰もやってないことをやりたいだけだよ。頭が良いとか、そういうのは関係ない」


 石から立ち上がり、ぼくはメカ鳥と向かい合う。

 恐る恐る、頭を撫でてみた。

 メカ鳥が、気持ち良さそうに目を閉じる。

 まるで子犬とか子猫みたいに。


 えっと……ちょ、ちょっと待って……。

 こいつ、意外と……可愛い?


 手を離し、ぼくは一歩、右足を踏み出す。

 それを見て、メカ鳥も一歩、右足を出した。

 続いてぼくが左足を出すと、メカ鳥も同じようにそうする。

 すかさずぼくが歩き出すと、彼もそれについてきた。


「葵! メカ鳥がついてくるよ!」


「伴走はインプットしてある。視覚障害を持った人に寄り添うためのデータ。悪いけど、陸くん。メカ鳥といっしょに、そこらへんを散歩してみてくれない? さっき言った重心とZMPを確認したいの」


「なんだかよくわかんないけど、了解だ。じゃあ行こっか、メカ鳥!」


『行きましょう!』


 メカ鳥の声は、やっぱり高かった。

 だけどぼくは、少しこいつに慣れてきた気がする。

 なにより鳥型ロボットと草原を歩くなんて、滅多に出来ることじゃない!


       V


 その日から――ぼくは、なぜかメカ鳥の散歩係になっていた。

 放課後、ぼくと葵が草原に行くと、白衣を着たおじさんたちがメカ鳥といっしょに待っている。

 聞いてみると、あの人たちは葵のラボの職員らしい。

 って言うか、ラボって何だ?


 ぼくがやるべきことは、ただメカ鳥と遊ぶだけだった。

 歩いたり、走ったり、どうでもいいことを喋ったりする。

 その間、葵は石に座り、白衣のおじさんたちから受け取った書類をチェックしていた。


 日が暮れると、白衣のおじさんたちが再びやってくる。

 ぼくたち三人を車に乗せ、家までちゃんと送ってくれた。


 ぼくは、まぁ、ケッコー楽しかった。

 メカ鳥とは仲良くなったし、葵はあまり喋らないけど、やっぱり美人だ。

 三人だけの、なんだかよくわからない日々が続いていく。


 そんなある日――雨が降った。

 それはとても厄介な雨で、何日か続いた。

 雨が降ると、メカ鳥を外に出すことはできない。

 メカ鳥と会うことができず、ぼくはなんだかとてもさみしかった。


 授業の合間の休憩時間、ぼくはノートにメカ鳥の絵を描く。

 葵は隣の席で、相変わらず分厚い書類をチェックしていた。


 ぼくは地味キャラなので、クラスの誰にも話しかけられない。

 葵もなんだか大人すぎて、同じようにクラスで孤立していた。

 ぼくが絵を描いていると、葵がふいに話しかけてくる。

 

「ねぇ、陸くん」


「ん?」


「陸くんはどうして、いつも絵を描いてるの?」


「うーん。どうしてだろう?」


 ペンを置き、ぼくは葵に顔を向けた。


「絵を描くのが好きだからかな?」


「好きだから……でも描くようになったきっかけってあるでしょう?」


「きっかけかぁ……」


 ぼくは色々と考える。


「たぶんだけど……みんな消えちゃうからかな?」


「消えちゃう?」


「消えちゃうだろ? 昔、近所に素敵な洋館があったんだ。それがある日、突然取り壊された。その時、ぼくはとても悲しくなったんだ。それからだね。自分が『いいな』って思うものを絵にするようになったのは」


「……」


「ぼくは移動させるんだ。自分の好きなものを。スケッチブックの中にね。いつかこの世界から消えちゃうから、絵にして大切に保管する。ねぇ、これって、すごくない?」


「何だろ? めちゃくちゃフィロソフィカルな話だね……」


「フィロ……え? 何?」


「見せて」


 葵が、ぼくの机の上のノートを取る。

 そこに描かれた絵を、ジッと見つめた。


 今、このノートに描かれているのは、ほとんどがメカ鳥の絵だ。

 雨で彼に会えないのがさみしくて、自然に描いてしまった。


 ハシビロコウに似た、思いっきりやる気のない顔。

 彼の絵を描くと、なんだかミョーに心が落ち着いてくる。


「上手いね、陸くん。メカ鳥そっくりだ」


「ありがとう。あーあ。早く雨が終わんないかな。ぼく、メカ鳥に会いたいよ」


 葵がページをめくり続ける。

 すると突然――なんだか深刻な表情で手を止めた。


「ねぇ、陸くん……」


「ん?」


「これは、何?」


 葵が開いたページを見る。

 それは、メカ鳥が町の上を気持ち良さそうに飛んでいる絵だった。


「あぁ。メカ鳥がこの町の空を飛んでる絵だよ。メカ鳥は鳥だから、いつか飛べるのかなって」


「そう……」


「何? その絵、イマイチ?」


「私ね、ずっと考えてたの。メカ鳥を、これからどう進化させようかって」


「シンカ?」


「これ。これだったんだ。私に欠けていたのは、陸くんみたいな素直な発想」


 そうつぶやき、葵が席を立つ。

 いつもの静かな瞳で、イスに座ったぼくに続けた。


「メカ鳥を空に飛ばそう。そして彼は――色んな何かを越えていく」

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