第一章ー16

 金烏城に到着すると待ち構えていた源二郎に案内され、王の御前へと通された。


「こんな朝っぱらから呼びつけてすまんな。昨日の今日で疲れも残っているだろうに」


 笑顔で望家は出迎えてくれたが、どこか影がある気がした。


「お、お気遣いいただきありがとうございます。あの、ご用件というのは一体なんでしょうか」


 気が重いのか、望家は渋い顔をしながら口を開こうとした時、ドタドタと大きな足音と揉めているらしい声が聞こえて来た。


「お待ちください! 陛下はただいま今来客中です!」


「お前たちの都合など知ったことでは無いわ!」


 乱雑に襖が開けられると、源二郎の制止をものともせず、黒い軍服らしき物を着た小太り男が外側にくるりと跳ねた髭を弄りながら無遠慮に入って来た。


 よく見れば靴を履いたままで畳を踏んでいる。


「どうも陛下、ごきげんよう。相変わらず頬がこけて威厳というものがありませんな」


「これはモノッコ少佐、如何なされた」


 失礼な物言いをされているのに、望家は一切気にする様子もなく要件を尋ねる。


 少しばかり言い返せば良いのにと思ったが、モノッコの隣に控えている同じ軍服を着た長身の男が望家の言葉を繰り返しているのを聞いて気付く。


 望家とモノッコの間に言葉の壁があることに。


「ガイナ、陛下とあの軍人っぽい人、もしかして違う言葉を使ってるの?」


「なんじゃ、主には同じように聞こえるのか? どう聞いても違うじゃろうに、どんな耳をしとるんじゃ」


 酷い言われようではあるが、恐らく僕の仮説は正しいようだ。


 この世界に転生するとき、言語は脳に自動でインストールされると言われたのだが、どうやら一言語だけではなく、少なくとも複数の言語がインストールされたらしい。


 善意からのことなのか、一々転生先の地域で使われている言語を調べるのが面倒で適当に複数の言語をインストールしたのかは分からないが、これは僕にとってかなりの武器になる。


 きっと長い間鎖国状態であったこの国には複数の言語を操れる人間は少ない筈だ。


 上手くすればガイナ頼りで荒事に首を突っ込まずとも、通訳の仕事だけでも十分に食べていけるかもしれない。


 そんな期待に胸を膨らませる僕を余所に、望家とモノッコの通訳を介した会話が進んでいく。


「いえね、今朝早くに漁に出た数隻の船が海賊に襲われたと聞きましてな。一つ、ご忠告申し上げに参りました」


「ほう、忠告とはどのようなものですかな」


「何故海賊が暴れているのを分かっていながら漁師に禁漁を命じられないのです。海賊に襲われて貴重な労働力が失われるくらいなら、マナライト採掘へ人を回すべきなのでは? 最近採掘量が減っているようですしな」


「これ以上採掘に人手を回してしまえば漁師も農民もいなくなって国民全員飢え死にしてしまう!」


 溜まっていた物が爆発し、青筋を立ててモノッコに掴みかかろうとする源二郎を忍が二人の間に割って入って止める。


 忍の手に一瞬鈍い輝きが見えた気がした。


「おー怖い怖い。隷属民である粗野で野蛮な連中はこれだから困る。ともかく、次の輸送船が到着するまでにノルマ分きっちりマナライトを採掘しておいてください。それと、余計な気は起こさない方がよろしいかと。あんな旧式で武装の一つも積んでいない客船ではそこらの海賊にも勝てんでしょうからな」


 隷属民。


 言葉面だけでも他人を見下しているのが分かる不愉快な呼び方をされても望家は態度を崩さない。


「……心得ておりますとも」


「それならばよろしい。では失礼いたしますよ、また殴り掛かられてはかないませんからな」


 言うだけ言って帰ろうとするモノッコはここでようやく僕たちの存在に気付いた。


「おや、これは見目麗しいマドモアゼルがいるでは無いですか。よければ今晩我が船に来ませんかな、楽しませて差しげますよ。もちろんお土産に食料も持たせてあげますから。しかし、薄っぺらい姫様と違って素晴らしい物をお持ちだ」


 何を見比べてことかは知らないが、モノッコは涎でも垂らさんばかりに下卑た顔で笑いながら通訳をしていた男を連れて帰っていった。


 去り際、通訳の男は謝罪と共に深々と頭を下げた。


 彼はモノッコとは違い、望家を始めとした皆を見下している様には見えず、寧ろ経緯を払っているかの様にすら見えた。


 光導王国の言葉を流暢に操っていたし、どことなく顔つきも日本人に似ていた様な気もする。


「あの、今の人達って誰なんですか」


「あの下種で下品な面白髭親父はドラスティア帝国駐在艦艦長のモノッコ少佐。威張ってはいますが、所詮は出世レースに負けて僻地に飛ばされたド底辺軍人ですよ。僻地で本国からの目が無い分、随分と好き勝手しているようですが」


 テレビやSNSなんかでオーラが見えるなんて言う人がいたが、所詮は眉唾物だと思っていた。


 しかし、どうやら僕にもオーラが見えるようになったらしい。


 美乃の背後に真っ赤な怒りのオーラが見えるのだ。


 オーラの中には恐ろしい形相の鬼の顔と狡猾そうな狐の顔も見える気がする。


「美乃、落ち着きなさい。お前は本気で怒ると母親に似て何をしでかすか分からんのだからな」


 望家に窘められ、美乃は大きく息を吸うと鬼の浮かぶオーラを引っ込めた。


 顔がずっと笑顔のままなのがなんとも言えない恐ろしさがある。


「失礼しました。通訳をしていたのは副艦長のコモエンティス中尉。彼は帝国人にしては人間が出来ていて有能な方ですよ」


 きちんと聞き取れなかったが、美乃が彼は欲しいとポツリと最後に言った気がした。


 逸れに逸れた話を元に戻したいのか、望家はわざとらしい咳払いをしてざわついた雰囲気を収める。


「お二人共すまんな、話の腰が折れてしまった。改めてだが、今日はお二人に仕事を頼みたい。先程モノッコ殿との話にも出た海賊についてなのだ」


「また船を沈めれば良いのじゃな。どれ、場所だけ教えろ、ひとっ飛びして片づけてきてやる」


 早合点して袖を捲りやる気十分なガイナを望家が止める。


「少しをお待ちを、ガイナ殿。今回は海賊を生け捕りにしていただきたい。どうもただの海賊とは思えんので、尋問したいのだ」


「海賊なんて珍しくもないでしょうに、何かおかしな点でもあるのですか?」


 娘の投げかけた疑問に、望家は益々苦々しい顔をしながら語り始めた。


 望家の疑念の原因は海賊たちの武装だ。


 島国である関係上、光導王国にて海賊という存在自体は昔から頻繁に現れるものであり、左程珍しくもない。


 しかし、今朝現れた海賊たちは襲撃から生き残った漁師たちの証言や、船の傷跡からして、ただの海賊ではないと望家は睨んでる。


 理由は単純明快、海賊たちが銃を使ったらしいからだ。


 それも複数人が湯水のごとく銃弾を撃ち込んできたと漁師は証言しており、船に残された弾痕も筆を横に動かして線でも引いたような一本線が複数あると報告が上がってきている。


 技術が他国に比べると遅れているとはいえ銃くらいは光導王国にもある。


 ただ、単発式で一発撃つごとに弾込めする物が主流であり、どう考えても証言や物証と合わない。


 しかし、海賊たちが海外製の銃を使えば話は別だ。


 以前モノッコがただ自慢したかったのか、それとも武力を誇示して威圧したかったのかは分からないが、駐在軍の訓練に招かれた時に望家を始めとした光導王国上層部が見た銃は、銃弾を連射していた。


 だから帝国を始めとした海外製の銃を海賊たちが使ったとすれば辻褄は会う。


 辻褄は合うが、今度はそんな物をどこから得たのとかという疑問が湧いて来る。


 海外製の銃は輸入する手間もあって一丁辺りかなりの高額で、王国ですらおいそれとは入手できない物だ。


 そんな高級品を海賊が何丁も保有しているのはおかしいとしか言えない。


 望家には、裏で何かが動いている気がしてならないのだ。


「全員とは言わんが、首魁だけは必ず生け捕りにして貰いたい」


「分かりました。ガイナ、出来るよね」


「手心は加えてみるが、確約は出来んぞ」


 少し苦笑いしながらも望家は了承し、僕たちの初仕事が決まったのであった。


「ではこの一件、私にお預けいただけますね、父上。お二人は便宜上、私が雇っている訳ですし」


「それはそうだが、本来は武官の仕事。ここは源一郎が取り仕切るべきだと思うのだが」


「いえ、それだと軍事行動だなんだと言ってまたモノッコ少佐が口煩くしゃしゃり出てくるかもしれません。今回の件はあくまで義憤に駆られた小娘が勝手に動いただけであって王国は一切関知していないことにした方がよろしいかと。ガイナ様がいればいくら海外製の銃を持った海賊と言えど武官がおらずとも容易く制圧できるでしょう。ただでさえ武官たちは忙しいのですから、余計な仕事は増やさない方が良いかとも思いますしね」


 つらつらと最もなことを言う娘に望家は諦めた風な顔で溜息を吐く。


「やはり口ではお前に勝てんな。源一郎にはわしから話しておこう。あ奴、ガイナ殿の話を聞いて腕試ししたいだなんだと騒がなければ良いのだが」


 苦笑する望家に、源二郎が頭を下げる。


「陛下、我が兄が毎度毎度ご無礼仕り申し訳ございません」


「気にするな源二郎。魔狩士たるもの、それくらいでなければいかんからな。多少は時と場を弁えて欲しくはあるが」


「……本当に申し訳ございません」


 源一郎なる人物がどんな性格なのか二人のやり取りでなんとなくつかめた僕は、ちらりとガイナを見る。


 彼女が人間相手に負けることはないとしても、源一郎とガイナが顔を合わせてしまうと、とても面倒なことに成りそうな予感がしたからだ。

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