第一章ー14

「ですが、ドラスティア帝国に準ずる国は当たり前として、帝国に対抗する勢力に属する国々ですら船を売ってはくれませんでした」


 何も既に世界全土がドラスティア帝国に支配されている訳ではない。


 当然、暴虐武人な振る舞いの帝国に同盟を結んで対抗している国々もある。


 そんな国々、それも出来る限り国力に余裕がある国を選んで美乃は交渉を持ちかけたが、殆ど門前払いに近い扱いを受けるばかりであった。


 皆一様に、例え退役間近の旧式でも売れる軍艦が無いと言うのだ。


 それだけドラスティア帝国が恐ろしく、ほんの僅かな戦力を失いたくないらしい。


 そもそもこれまで国交が全く無かった小国よりも自国の行く末を案じて出来る限りの備えをしようとするのは至極当然であり、こちらにその考えを崩せるだけの切り札は無い。


 無益な交渉で時間を浪費できないと判断し、こうなったらと美乃はドラスティア帝国の隷属国や同盟国の政府が腐敗していると噂される国にも多額の金をちらつかせても見たが結果は同じだった。


 だが、美乃は諦めずに世界中を回って交渉を続けた結果、とある国が技師とセットで客船、それも旧式で良ければ船を格安で譲ってもいいと言い出した。


 半ば不用な船を港で維持したり解体したりする費用を浮かせたいという考えが透けて見える話ではあったが、これ以上は時間を掛けていられないと判断した美乃は、仕方なく妥協した。


 諸外国で散々軍艦を求めて動き回ったことで、自分の周囲にドラスティア帝国の影を感じ始めていたからだ。


 このままでは光導王国が反旗を翻そうとしてるのが露呈するのはそう遠くない。


 ならば自国内の技術自体は遅れていても腕は確かな職人たちが技術を学ぶことで、早期に国産の軍艦を建造できるだけの技術体系を構築出来るかもしれない可能性に賭けることにしたのだ。


 それが王国の命運と国民の命を賭けた分の悪い、何千、何万もの奇跡が重ならなければ勝ちの目など無い危険な賭けだとしても。


「正直、国への帰り道は気が重かったです。国を救う為に戦え、手段は用意するからと国を飛び出して一年、結局テラス様という素晴らしい技師はともかくとして肝心の軍艦は一隻も手に入らなかったのですから。おまけに国まで後少しというところで海賊に襲われてしまい、己の浅はかさと不運を恨みました。そんな時です、七海様とガイナ様に出会ったのは」


 私にとって彼らとの出会いは九死に一生以上の奇跡的な出会いであった。


 自分の命を救われたから、だけではない。


 彼らの力を手中に収められれば、いかな帝国の軍艦であろうと鉄くずに変えるなど造作も無い。


 いや、鋼鎧竜が伝承通りの存在であるならば彼女が食らいつくしてくれるだろう。


 それに、だ。


 七海翔琉、彼も又素晴らしい広い物だ。


 魔獣を操る能力を持った異世界からの転生者と聞いた時は耳を疑った。


 そんな話、はいそうですかとは誰だって信じないだろう。


 嘘か心の病からくる妄想か、ドラスティア帝国の何かしらの陰謀か、考え出せばいくらでも彼の言い分の裏に潜む可能性を列挙出来る。


 しかし、私の観察眼がその数多ある可能性全てを否定した。


 ならば利用価値は同じ能力を持つ人間の数倍に膨れ上がる。


 この世界について知識があれば、ドラスティア帝国と光導王国、どちらに与するべきかなど幼子でも分かること。


 だが知識がなければ、丸め込むのは容易で利用しやすい。


 そんな好都合極まりない物が空から降って来たのだ。


 これを素晴らしい広い物と呼ばずしてなんと呼ぼうか。


 私は最後の最後で賭けに勝ち、望む以上の力を手に入れたのだ。


「さて、今更ながらですが七海様、改めて我が国に傭兵として雇われる件、了承していただけるでしょうか」


 既に既定路線で進んでいる話を蒸し返してきた美乃に、僕は頭を悩ませる。


 断るなら今しかない。


 だが、人並みの良心を持ち、少しでも英雄願望がある人間ならここで断ることはしないだろう。


 しかし話を聞く限り、この国をさっさと去ってドラスティア帝国という国に自分を売り込んだ方が余程好待遇で迎えてくれるのは明らかだ。


 いっそのこと、事情を話さず、こちらの意思など無視して勝手に話を進めてくれた方が余計なことを考えずに済むので楽だったのに。


 もしやこれは美乃の策略なのかと疑念が生まれるが今は気にしないことにする。


 頭に火が付きそうな程悩んでると、ふと昔の嫌な思い出が過ぎる。


 体が大きいから、力が強いから、口がよく回るから、家柄が良いから、友人が多いから、エトセトラ、ただ、それだけのことで威張り散らし、自分を蔑み、揶揄い、奪い、おもちゃの様に扱った奴らのことが。


 そこで気付く。


 ドラスティア帝国のやっていることも、きっと規模は違えど同じことなのだと。


 あの頃はそんな相手に抵抗する力も、復讐する力も無くされるがまま、心の中で毒づくくしか出来なかった。


 だけど今は違う。


 今の僕には、モンスターを従える力とガイナという心強い配下がいる。


 自分が恨みつらみを持つ相手と同じ様なことを国家単位でしている奴らと戦えると言うのなら、こんなに愉快痛快なことは無いだろう。


 歪んだ醜く間違った考えだとは自分で分かってはいるが、胸の奥底から湧き出る黒く醜い衝動が抑えきれない。


「傭兵のお話、お受けします。ただし、きちんと報酬は弾んで貰いますからね」


 衝動のままに口をついて出た僕の返答に、美乃はぞくりとする笑みを一瞬だけ浮かべた。


「もちろんです。今は衣食住の保証と少しのお金しか出せませんが、国内の状況が改善されれば、お好きな無人島を所有して豪華な邸宅を建てて酒池肉林の放蕩生活だって夢ではありませんよ」


 男ならば誰しも憧れるワードの羅列に担がれている気もするが、心がときめいてしまう。


「そんな物が貰える頃までに主はもう少し甲斐性を覚えんとな」


 いつのまにかぺろりと綺麗に食事を平らげていたガイナが豪快に笑う。


 絶対に主を主と思っていないであろう配下はさておき、僕は話に夢中になって忘れていた食事にようやく手を付ける。


 すっかり冷えた焼き魚の生臭さが妙に気になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る