第一章ー3

 上空へと舞い上がると、もう一度翼を大きく羽ばたかせたガイナはそこからは殆ど翼を動かさずに滑る様に空を飛ぶ。


 そのお陰か彼の手の中は以外と揺れが少なく下手なガタガタの田舎道を走る車なんかよりも快適であった。


 ただ、鉄板に直に座っているのと変わらない状態なので、クッションか何かは欲しくあるが我慢しよう。


 ガイナ曰く、うたた寝する間もなく目的地に着くとのことだし。


 少しばかりこの非日常的な状況にも慣れてきた——ただ感覚がマヒして来ただけかもしれないが——僕は指と指の隙間に顔を近づけ、眼下に広がる透き通る様な青い海を楽しむ余裕すら生まれていた。


 青い海には大小様々な島が点在しているが人工物の類は見受けられず、豊かな自然には人の手が入っている様子もない。


 海上にはあちらこちらに鳥山が出来ており、海中も大いに自然豊かなのだろう。


 僕の見間違いだと思うが、鳥山を作っているのが海鳥の類ではなく幼い頃に恐竜図鑑で見た翼竜に見えた。


 いや、竜が平然といる世界なのだから翼竜がいたとしても不思議ではないか。


 ともかく、適当な島に降りて岩場から釣り糸でも垂らせば、大物——魚以外の可能性も大いにあり得そうではある——が釣れそうだ。


 あくまで上空を高速で飛びながら観察しただけなので、降りて調べると実際は違うかもしれないが、船の姿も見当たらないのだからやはりこの辺りには有人島は無いのだろう。


「主よ、一応魔法で手を覆っておるが寒くは無いか? もう少し暖かい方が良いかの?」


 言われてみれば、パラシュート無しスカイダイビングをした時と違って全く寒さも風圧も感じない。


 寧ろ、ガイナが放った魔法という一言にテンションが猛烈に上がって体がポカポカしてきたくらいだ。


 脳に直接語りかけるのといい、この気温調節と風遮断といい、この世界には他にもどんな多種多様な魔法があるのかと思うとワクワクしてしまう。


 ゲームやアニメを嗜む者が魔法と聞けば誰だってそうなるに違いない。


 訓練や勉強次第では自分も習得できるのだろか、等と炎や雷を敵に向かって撃ち出す自分の姿を思い浮かべていると、ガイナが脳内に語りかけて来た。


「気色の悪い声でグフグフ笑っているところすまぬが主よ、まだ目的の島では無いが人間を見つけたぞ。どうする?」


 どうやら妄想の世界に浸り過ぎて無意識の内に笑っていたらしい。


 気色悪いと言われて心に鋭利な物がぐっさりと刺さり、ダメージを受けながらも下を見ると、数隻の船が目に入った。


 遥か下なせいで船の形状まではよく分からないが、位置関係を見るに一隻を他の船が囲んでいるように見える。


 この世界の人間とのファーストコンタクト。


 竜との出会いに比べれば大分緊張感は無いが、それでもやはり慎重に物事を進めるべきだ。


 下手を打って敵とでも認識されれば面倒だ。


「ガイナさん、下の様子って詳しく分かりますか」


「なんじゃ、人間はこの距離もよう見えんのか。人間の行動なんぞよく分からんから見たままに言うぞ。あれはそうじゃな、狩りをしているように見えるな。人間が人間を襲っておるのではないか?」


 言われてみれば、微かに見える船の位置関係は肉食動物の群れが獲物を狩る時と同じで、逃げ道を塞いで獲物を追い詰めている様にも見える。


 これは相手には悪いが、ある意味チャンスなのかもしれない。


 ガイナの人知を超えた底知れぬ力を利用すれば襲われている船を救うなど造作も無いこと。


 そうして恩を売れば今日の寝床と食事くらいはありつけるはずだ。


 いや、もっと多くの物を望めるかもしれない。


 だが、安易に襲っている方を悪だと決めつけるのも早計だろう。


 囲まれている船が実は海賊船で、囲っている方がこの世界の治安維持組織か何かの船だった場合は、助けてしまえば自分たちも仲間だと思われて追われる身に成り兼ねない。


 異世界に来て早々に指名手配され一生逃亡の身という最悪の未来へと一歩踏み出すのは御免被りたい。


 さて、どうしたものか。


 究極とまではいかないまでも、中々に難しい二択だ。


 腕を組んで頭から煙が出そうな程悩むが、優柔不断な性格が災いして中々答えが出せない。


「主よ、何をそんなにうだうだと悩んでおるんじゃ。早うせんと決着が着いてしまうぞ」


 呆れた声でガイナが急かしてくる。


 下を見ると、船同士が徐々に近づき囲いが小さくなっていっているようだった。


「どちらかに味方しようと思うんですけど、判断がつかなくて」


「別にそんなもの、どちらでも良かろうが。助けた後で主の意に添わぬというなら全て沈めてしまえば良いだけじゃろ。さっさと決めぬか」


 とんでもないことを言っているガイナにぴくぴくと顔が引きつる。


 確かに当事者以外誰もいない海上ならば目撃者はいないのだから何をしたって証拠隠滅は容易だ。


 一理あるとは思わなくもないが、流石に乱暴過ぎる意見だ。


 いや、人として一理あるなどと思うべきではない。


 やはり竜と人間では価値観が違うのだろう。


 しかしいつまで悩んでいても仕方がないのも事実だ。


 悩んでいる間に下の決着がついてしまえばせっかくのチャンスを逃しかねない。


「……決めた。襲われてる方を助けてあげてください」


「良かろう。我のやり方で構わぬな」


 良いも悪いも全てガイナに任せるしかないのだから、了承するしかない僕は一言、任せる、としか言えなかった。


 後々、もう少し考えて慎重に返事をするべきだったと後悔することになるのであったが、この時の僕はまだ知る由もないのであった。

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