タイムリミット

森野湧水

タイムリミット 

 背中に触れるコンクリートが冷たくて、俺は目を覚ました。

 ここはどこだろう?

 体を起こすと、頭が痛い。手を当てると瘤が出来ている。誰かに殴られたんだ。


 隣には愛奈が倒れていた。

「大丈夫?」愛奈を揺り起こす。

 自然にカールした明るい色の髪、小花をあしらったワンピース、リボンの付いた底の低いサンダル。怪我をしている様子はなくてほっとする。


 倉庫のような場所だった。天井にぽつりと明かりが灯っている。

 部屋の真ん中に事務机が一つあり、デジタル式の時計が乗っていた。出口は……と見回すと、正面の壁に、ノブの付いたドアがある。

「ねえ、私たち一体どうしたの?」

 体を起こした愛奈がふらついたので支えると、ジャラリジャラリと鎖の音がした。

「何これ?」

 愛奈が悲鳴を上げた。足首に鎖が繋がっていた。鎖のもう一方は机の上のでデジタル時計へと繋がっている。部屋の中に秒針の音が響いていた。

「じ、じげん、爆弾かな?……」

 ぎゅっと血管が縮み、心拍数が上がる。それに比べて愛奈は冷静に事態を把握した。

「時計の後ろに火薬の入っている筒があるわ。時間が0になると爆発するのね。

 ……あと10分しかない」

 どうしてこんなことになったのか、俺は必死で思い出そうとした。


 愛奈は会社の同僚で、元彼からのストーカー被害に遭っていた。相談に乗っているうちにつき合うようになり、今日は一緒に食事をした。送って帰ったときプロポーズをして、イエスの返事をもらった。天にも昇る気持ちというやつと感じた瞬間、頭に強い衝撃を受けた。

 覚えているのはそこまでだ。


「もしかしてこれって……」

 愛奈はすぐに思い当たったようだ。元彼だ。

 元彼は独占欲の強い男だった。愛奈が自分以外の男と結婚をるなんて許すはずがない。元彼は工学部出身と聞いたから、時限爆弾の知識があるのだろう。

「……元彼は、愛奈の家の前で待ち伏せしていたのかもしれない」

「それで私たちを殴りつけて、ここまで運んだのね」

 愛奈は納得したように頷いている。元彼は俺たちの愛を確かめるつもりなのか、鎖を恋人の足にしか結んでいない。片方は逃げられるわけだ。

 愛奈が前かがみになり、鎖を外そうと引っ張ったりひねったりするも、鎖は耳障りな音を立てるだけだった。愛奈の白い頬はみるみる赤くなり、額に汗が滲む。

「だめよ、外れない。どうしよう、あと8分よ!」

 愛奈が絶望するように、頭を抱えた。

 俺も協力して鎖を引っ張ってみたが、力を入れ過ぎると時限爆弾が反応しそうで恐い。

「でも、まだ5分ある。何か方法があるはずだよ」

 ついさっき、愛を確かめ合ったばかりだ。愛奈をこの手で幸せすると誓った。このまま愛奈と離れるなんて絶対、いやだ。

「でもこのままじゃ、二人共死んでしまうわ」

 愛奈は何かを懇願するように俺を見上げた。

「待ってくれ、まだ時間はあるよ」

 デジタル時計を見ると、3分と表示されていた。

 俺は愛奈の体を抱きしめた。愛奈の心臓は、秒針よりはるかに早く鳴っている。

 どうか時間が止まってくださいと、俺は心の中で祈った。


 愛奈の荒い息遣いが、冷静さを取り戻していく。

 「一緒に死のう」そんな言葉が俺の口から漏れようとしたとき、愛奈は首を振ると、ゆっくりと俺の両手を自分の肩から外した。向こうへ行くように胸を押しどけた。

「あなたが私をどれだけ愛してくれてるか分かってる。でもここは助かる可能性がある方だけでも、助かるべきよ」

 愛奈の瞳には強い決意が浮かんでいる。

 時間は1分を切っていた。

「……待ってくれ、……俺は愛奈と別れたくない……」

 奥歯がガチガチと鳴り、俺は全身が震えていることを知った。

「お願い、聞き分けのないこと言わないで」

 きっぱりと愛奈は言って立ち上がった。

 そのままドアに近づき、振り返らずに開ける。

 外の闇が愛奈の体を包んだ。

 ドアが閉まるガチャリという音とともに、愛奈の背中は消えた。

 「あいな!」

  一人残された俺は、自分の足に繋がっている鎖を見つめた。

 あと、5秒、4,3,2……

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タイムリミット 森野湧水 @kotetu1

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