2章

第4話 終わりと始まり

 目を覚ますと見知らぬ部屋のベットに寝かされていた。直前までの記憶を辿り、思わず首を押えた。確か、私は首を……。


 寒気がして体を守るように抱きしめる。ギルドの人達はどこだろう。この白くてよく分からない材質の部屋はなんなのだろう。涙が零れそうになり震える頬を黒くて鋭い爪をした影がそっと撫でる。


「シャドウ……」


 物心ついた時からずっと傍にいる正体不明の彼。私の影に溶けるように入るからそう名付けて呼んでいるが、上手く意思疎通が出来た試しがない。それでも誰もいないよりマシだった。


 不意にキンと高い音が鳴ったと思うと、壁だと思っていた場所が開いて女性が入ってきた。長めの茶髪をサイドに黒いリボンで括って、スーツの胸元を大胆に開けた彼女は硬い表情をしていたがすぐに満面の笑みをうかべる。


「意識はしっかりしているようね。どこか痛いところとかはない?」


 近付いてきた時に思わず体が恐怖で跳ねたのを見て、彼女は扉付近で足を止めて軽やかな声で聞いてきた。優しい……人なのだろうか。わからない。怖い人も優しい顔はするから……。


「ないです……」


「そう!それはよかったわ。あなた、路地に倒れてたのよ?なにか覚えていることはある?」


 路地?その言葉に引っ掛かりを覚える。だって私はギルドの人達を守るため、そして誰も傷つけないように一人で少年兵達が籠る工場に入ったのだ。説得するために丸腰でシャドウも置いていって。結局誰も話を聞いてくれず、私を捕まえた少年達は錆びた斧を使って不慣れな手つきで首を……。何度も叩きつけられている時に聞こえた高揚した言葉。首を晒してやる、と。


「あの、私、首に怪我はしてませんでしたか?」


 そう聞くと彼女はやや困ったような顔をした。


「怪我はないわ。ねぇ、なにか覚えていないの? 蘇りならデータベースに名前があるはずなのに、あなたの名前、無いのよ。もしかして純UHMだったりするのかしら?」


「?」


 聞き慣れない単語。でーたべーす、ゆーえいちえむ、よみがえり。一つの嫌な予感が頭の中に浮かんだ。


 ギルド長が話していた、異世界の話。全く違う文明で発達した世界がこの世には沢山あり、干渉することは基本出来ないが神に近いモノが管理しているというおとぎ話。


「シャドウ、ついて来てくれたの?」


 シャドウには顔がない。というより、顔はあるけどパーツがない。だから表情は全く分からない。言葉を返してくれる訳もなく、孤独感に再び苛まれた。


「あー……一応私があなたの身元を保証するから挨拶に来たのだけれど、情報の整理には向いてないから他の奴を寄越すわ。……一応聞いておくけど苦手な性別とか年齢とかある?」


「今は……あまり小さい男の子は見たく……ないです」


 首を上手く落とせなくて涙と鼻水を垂らしながら笑う少年兵の顔が頭に浮かんで体を抱きしめる。大丈夫、気を使ってくれているということは今すぐ殺されるなんてことはない。でも目的が見えない。ここは一体どこなのかも、ゆーえいちえむが何を指す言葉なのかもわからない。


「色々情報を見れるヤツがいるからそいつに見てもらえば貴女に負担がかからないと思ったけど……あっ、そうだわ、キャッツアイも多少心得があったわね。女の子なら大丈夫?」


「あ……はい」


 情報を見れる? 尋問の必要が無いから優しく接しているのだろうか。


 私の返事を聞くなり扉の外へ駆けて行ってしまった女性の背を見ながら不安な心を抱える。シャドウがそっと寄り添ってくれる。何かあれば暴れるつもりなのかもしれない。


 シャドウは昔から私の意志とは関係なく、私を害する相手を惨たらしく殺す傾向がある。血が流れるようなことを望まない私は、シャドウをコントロール出来ないことを理由に単身で工場に行った。それがあの結果を招いたとしても、少年達が殺されなくてよかったと思う自分もいる。


 お願いだから暴れないでと思いながらシャドウの腕をそっと触るが体温も感じない彼は相変わらず何を考えているのかもどこを向いているのかも分からないままだった。


 しばらく待っていると、クラシカルでフリルをたっぷりあしらった人形のような可愛らしい女の子が部屋に入ってきた。猫の耳としっぽが付いている……亜人だろうか?


「はじめましてぇ。あら、本当に異世界の人なのね」


「異世界……」


「色々苦労したみたいだけど……この世界でもきっと苦労はすると思うわぁ。何もわからないと不安よね?」


 そう言うと少女は微笑みゆったりとした足取りで私のいるベットへ腰掛けると人懐っこい笑顔をうかべる。見た目は幼いのに大人っぽい雰囲気でなんだか不思議だ。長命種なのだろうか。この世界にもエルフとかがいるのかはわからないが。


「まずは自己紹介よねぇ。私はキャッツアイ。よろしくねぇ」


「は、はい。私はセレスティア・レクランセと言います。よろしくお願いします……」

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