第3話 乾き
頭にいきなり冷たいものを浴びせられて、飛び上がりそうになった。じわっと服を濡らすそれが水だと気付く。大声を出しそうになったが堪えられてよかった。
「雷呀さん、貴方また自傷行為をしてたんですか」
半分くらい呆れたような声を掛けられて、そちらへ視線を向けると水をかけてきた犯人がペットボトルをひと呑みするのが見えた。二m程ありそうな体格に長く太い鞭のような尾。いわゆる竜人である彼は太陽軍のリーダーのジュアだ。
彼には一度首を吊ろうとしている時に止められて以来、自分がそういった行為を行う理由も話している。また、とは言ったが言葉は咎めるようなものではなく、労りのようなものを感じる。
「仕方ないじゃろ。口の中が腐ってきとったけぇ」
「なんとかその性質を治せたらいいんですけどね……。死を超える苦痛なんでしょう?私は自らの体を燃やしながら生きる者を見たことがありますが……彼は苦痛を感じているふうでもなかったですし、後天的な性質……というより病気に近い何かでしょうかね?」
ジュアは首の鱗を触りながらぼんやりと呟く。黒い爪がサリサリと耳さわりのいい音を立てる。
「今何時じゃ? いつ合流した?」
なんとなくこの話を続けるのは、腹の底からなんとも言えぬ不快感が湧き上がってきたので無理やり話を変える。保護した者の中にはすぐに治療が必要な者も多くいた。情報共有の方が大切だろう。
「今は朝の六時で、合流したのは五時半ですよ。医療班も連れて来たので今は動けませんが、遅くても八時までには拠点に移動が完了出来ればと」
同じ場所にずっと留まるのは得策ではない。その事をジュアもよく理解している。それと同時に今無理に移動すると犠牲者が出る可能性も危惧しているようだ。
今の場所は襲撃した収容所から離れているとはいえ、大した距離でもない。捕捉されるのは時間の問題のように思える。なら自分がするべき仕事は決まっている。
息を細く吐いて、伸びを軽くする。首から背中にかけてつっぱりを感じるが痛みはない。
「時間稼ぎに陽動に出る。わし一人で充分じゃ。九時までにゃあ撒いて拠点に退避する」
それを聞いたジュアは何か言いたげにしたが、グッとこらえるように拳を握る。
「わかりました。どうかお気をつけて」
ジュアは賢い奴だ。ここ最近、太陽軍を政府は本気で潰しにかかっている。なりふり構わず、だ。追っ手に使うのは人間ではない。飼い慣らされた優秀で厄介なUHM達だ。
もちろんそれだけが問題というわけではない。ジュア達太陽軍もUHMで構成されているのだから、気が進まなくとも戦えないわけではない。しかし、俺が出るとなると話が別になる。
俺は一人で太陽軍全員より戦力になるが、同時に戦いが長時間になればなるほど誰が敵で味方かわからなくなる。怪我をしてもすぐ自害すればいつまでも戦える俺が一人で出た方が太陽軍の消耗はない。
それに自分が出ると何故かは分からないが最近投入されたUHMで構成されたと思われるグループの攻撃が鈍る。もしかしたら空いている記憶の穴に彼らが存在しているのかもしれない。だが、いざ戦いの場になると全てがどうでも良くなるのが事実だ。
怒りと憎しみがどうしようもなく溢れてくる。
かつての敵なのか、なにかの仇なのか。誰と戦闘しようとしても、ひりついたその空気を感じた瞬間に相手の顔がわからなくなる。全てが憎い存在に見える。
これは誰にも言っていない。UHM達が全員解放されて、UHMが中心の社会になったら次俺が撃つ相手は太陽軍かもしれない。喉が焼かれたように猛烈な乾き。それが一時的にでも潤うのはいつだって暴力を振るう時だった。
銃を背にからう。ホルダーにもピストルを仕込み、軍刀を抜いて刃こぼれがないか確認する。
反射して映る自分の顔は歪な笑顔だった。
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