1章

第1話 太陽

 私の両親は世間ではUHMと呼ばれる存在で、かくいう私もそうだ。人間達と違うのは鷹のような足を持つこと、背中の翼で空を飛べることくらい。解剖したらコアという人間に無い器官があるらしい。コアは急所だけど空を飛んだり人間に出来ないような力を使う時に役立つ器官だ。


 収容所で首輪をつけられ労働力を搾取される生活では、コアの力を封じられていて息が詰まるような生活だった。ずっと昔は首輪なんてつけなくてよかったらしい。両親は時々申し訳なさそうに泣きながら私を抱きしめてくれた。


 そんな両親は収容所から脱走しようとした他の人と連帯責任だとか言われて広場で公開処刑された。人間達は大きくて恐ろしい声で一匹でも逃げようとしたら周りの奴も同じ目に遭わせる、と言って両親の腹を捌いてコアを取り出してどこかに持っていった。


 私は両親の亡骸を指示された通りに焼いて穴に埋めた。両親の所持品は父から一つと母から一つだけ貰えて他は没収された。これが収容所の普通だった。


 他の人達は寝る時、私に可哀想だと何度も言って励ましの言葉をくれたけど私は収容所の暮らししか知らないからあまりよく分からなかった。私は不幸なのだろうか。本当はもっと自由に生きれる道がどこかにあったのだろうか。


 変わらない毎日。苦しい労働と飢えと渇きの日々。コンクリの床が体温を奪う夜の寝床。薄い布をぐるぐるに体へ巻き付けていつものように眠っていると、ずんと体に衝撃が走った。地面が揺れた。地震だろうか。それにしては人間達が騒いでいる。


 南東の方、人間達の詰所がある場所辺りから爆発音が聞こえてきた。


 太陽軍が攻めてきやがったぞと人間が叫んでいる。


 太陽軍が来たぞと誰かが喜びに満ちた声で叫んだ。


 発砲音が沢山響いている。雄叫びと人間の悲鳴が聞こえる。太陽軍ってなんだろう。私も殺されるのかな。


 そう思いながら扉を他の子供達と身を寄せ合って見つめていると、大きな音と同時に蹴破られた。黒いブーツに軍服のような妙な服。長い黒髪を赤い紐で高く括った誰かはこちらを見ると銃をおろした。逆光で顔が見えない。恐ろしい顔をしているのだろうか。それとも……。


 ツンと鼻につく腐臭が漂ってきたと思ったら、首輪がバチバチとショートし始めた。爆発でもするんじゃないかと驚いて首輪に手をかけると、ずっと私の首を絞めていたそれはいとも簡単に外れて床に落ちた。


 他の子供達の首輪も全て外れて床に落ちる。顔を上げると出入口に立っている誰かが左手をぐっと握りしめ、その手からバチバチと電気が走るのが見えた。


 一瞬照らされた顔はとても綺麗な男の人だった。


 彼はこちらを向いてゆっくりと近付くと、私達の一メートルくらい手前でしゃがみこんで左手を伸ばしてきた。同時に暖かな光に包まれる。体にずっと染み付いていた疲れや痛みが引いていく感覚。


 この人は……敵じゃない。寧ろ、まるでこの人は。


「太陽みたい」


 ぽろりと口から自然と言葉が出ていた。それに対して彼は少し驚いた顔をした後に、優しく微笑んだ。


「俺の名前は雷呀蕾だ。ここにいる人達を助けに来た。……体は辛くないか?敵が援軍を呼ぶより前に早くここから離れなさい」


 そう一言告げると彼は立ち上がり、さっさと建物の外へ行ってしまった。慌てて他の子と手を繋ぎ、外へ出ると大人達が「こっちへ!」と声をかけてきた。


 あの人はどこに行ったのか視線をさ迷わせていたが、私の手を握った子が走り出したので諦めて逃げることに専念した。



「平等であれば争いは生まれない。共に豊かであれば戦争は起きない。不平等は戦争の火種だ。残さず刈り取らなければならんのだ」


 雷呀蕾は歌を歌うように、ダンスを踊るようなステップを踏んでアンドロイド共を殴り壊す。収容所の襲撃は楽な仕事だ。UHMの管理は殆ど人間そっくりに模したアンドロイドが管理している。手を血に染めることも厭わないが、やはり誰の血も流れないのに越したことはない。


 一応ここの管理者であろう人間が慌てふためきながら逃げていくのを見送る。ある程度の恐怖は必要だ。恐怖は脅威に、脅威に人は屈服するものだと知っている。


「ニハッ」


 歪に吊り上げるようにゆがめられた口角。足元から白い影が伸びて地面に広がる。やがてその白い影が保管庫に大量に貯められていたコアを飲み込んでいく。


 体が少しだけ痛みから解放される。胸の苦しみが少し軽くなる。薬物より苦痛を麻痺させてくれる。もっと前から知っていればよかった。


「撤収するぞ!!!」


 目的は果たせた。もうここに残る理由はない。


 蕾はいつの間にか垂れていた鼻血を拭うと声を張り上げた。

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