落日

月桂樹

プロローグ

 戦争や紛争、後に忘れてはならないと伝えられていく負の歴史というものの始まりは些細なものが多い。サッカー試合、豚、野良犬、レース、お菓子……キリがないくらいありえないと思える理由でそれは起きる。


 もちろんそれだけが原因という訳では無い。それに至るまでに溜まった鬱憤や軋轢等が本当の原因だ。ただきっかけを待っていたそれらが、どんな些細なものでも理由というものを見つけた途端人々は武器を取ってきた。それで何万という命が失われるのだから恐ろしい話だ。


 他国との争いならまだ心を守る術はある。人種が違うから、国が違うから、別の考えを持っている、間違った考えを持っている相手だから仕方がないのだと。言葉が違えば命乞いも届かない。


 国同士の争いなら上の命令で、逆らったらどうなるかわからないからと逃げ道が生まれる。情報も上手いこと隠されて一般市民を虐殺したとしても、それが一番早く犠牲を少なくこの無意味な争いを終わらせるために必要な事だったのだと伝えられる。


「その点で言えばお前らは言葉が通じる相手にリーダー格がしっかりといない状態でやっているんだから苦労するよな」


 どの国ともわからない軍服、高く赤い紐で括った黒檀のような黒髪。右腕が肘あたりからない男は頬の傷を歪ませるように笑みを浮かべた。


「俺が形式だけお前らの上官になってやるよ。全部の責任は俺に擦り付けて溜まりに溜まった鬱憤を全て晴らしてしまえ」

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