異世界の剣客

矢魂

プロローグ

 拝啓、親父殿。あなたがこの世を去ってから、はや二十年が経ちました。そちらの世ではいかがお過ごしでしょうか?きっと親父殿のような立派な人間は天国に行かれたのでしょう。

 さて、いきなりにはなりますがこちらの近況を報告したいと思うのですが……恥ずかしながら、申し上げ難いことばかりです。

 まず、親父殿から受け継いだ我が家の流派・鞍馬心眼流くらましんがんりゅうとその道場ですが……その長い歴史に幕を下ろしそうです。大前提として、俺は鞍馬心眼流の鍛錬を欠かしたことはありません。しかし、何分なにぶんこんな時代です。古流の剣術道場の門を叩こうなどという酔狂な人間はなかなか現れないようで、常に道場には閑古鳥が鳴いています。週に一度、地元の小学生が三人ほど稽古に顔を出しますが彼らはあまり熱心な訳ではなく、技の継承にも興味を示しません。元々、やる気も無かったようです。

 サッカークラブもリトルリーグも無いクソ田舎で、子供達に何とか運動をさせようという親御さん達の苦肉の策が鞍馬心眼流の道場だったというわけです。いやはや、嘆かわしい。

 では、親父殿のように我が子に剣を継がせればいいとお思いでしょう?しかし、俺にはそんな選択肢はありません。子を持つことは大分前に諦めました。正確には二年前のクリスマスに諦めました。早い話が童貞なんです、俺は。37歳現在も。つまり、鞍馬家はここが末代です。孫の顔を墓前まで見せに行くことのできない俺をどうかお許しください。

 さて、そんな俺ですが只今崖から滑落しています。いつもの鍛錬の為、裏山を登っていたら足を滑らせてしまったようです。人間、死の間際になると世界がスローモーションになるといいますが、本当のようですね。

 最後になりますが、この高さから落ちれば俺はまず助からないと思います。ですから、もしも天国で会うことができたら酒でも飲みましょう。それでは。


 追伸 親不孝な俺は地獄に落ちるかもしれませんが、その時は悪しからず(笑)


 貴方の一番弟子 鞍馬厳くらまげんより

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