第25話 十三日目 戦闘が終わっても、エマージェンシーは止まらない。




 場所は変わらず森の中、オーク共を殲滅し続け進んだ先で――現在、俺は一体の魔物と戦闘中だ。


 集中。

 まずは魔法での攻撃を開始。

 今までよりも分厚く大きな氷の槍を生成、生成……放つ。


「ブモォッ!!」


 ちょっと痛そうではあるが、大きなダメージが入っている様には見えない。

 ならばと、今度は別の属性を試していく。

 続いても氷の次にオークにダメージを与えていた雷撃。ジグザグとした電気の集合体を幾つも生成し……放つ。


「ブモォォ!?」


 ……ダメだな。驚いてはいる様だが、それでもダメージ自体はなさそうだ。もしかして、耐性スキルでも持ってるのか?


【ますたー。ますたーは私を頼ってくださるので忘れている様ですが……『完全鑑定』を使えばいいのでは?】


 …………あっ。

 そういえば持ってたね。そんな便利なスキルを……すっかり忘れてた。


 それじゃあ早速、『完全鑑定』っと……うわぁ。


 流石は――――オークを統べる王って感じだな。


【鑑定結果

 名前:オーク・キング

 性別:男

 レベル:45

 体力:4500

 魔力:700

 攻撃力:1000

 防御力:250

 素早さ:210

 幸運:10

 スキル:『棍棒術』、『威圧』、『統率(オーク)』、『属性魔法耐性』、『嗅覚強化』、『絶倫』、『性欲増強』、『攻撃力上昇』、『状態異常耐性』

 称号:オークの統率者、王を冠する魔物】



 多分、この『属性魔法耐性』って奴が俺の攻撃を弱体化させてたんだろうなぁ。あー、こんな事ならちゃんとオークに関しても鑑定しておくんだった……。

 死んだ魔物は素材としての表記しかされなくなるらしい。これはそこらへんに転がっているオークの死体に『完全鑑定』をかけてみた結果分かった事だ。


「……そういえば、ゲームの中でも良くこまちちゃんに怒られてたっけ?」


『小枝さんは戦闘になると向こう見ずな行動をしがちですよね……ちゃんと事前に敵の情報を調べておかないと、痛い目を見るのは自分自身なんですよ?』


 これはイベントボスを一ミリも知らない状態で倒しに行こうとしてボコボコにされた時に、こまちちゃんから言われた事だ。あれ……ひょっとしなくても俺って成長してないんじゃ……。

 ま、まあ今はその事については触れないでおこう。出来れば今後も触れたいとは思わない。ごめん、こまちちゃん、俺は異世界に来ても変わらず向こう見ずです。


 ただ、属性魔法が効きにくいってなるとちょっと面倒だな。

 出来る事ならあまり時間は掛けたくない。


 と、言うのもオーク・キングと遭遇した時はちょっと ストレスが限界値まで達してて分からなかったんだが……後ろの木の影にですね、本来の目的である二人の遭難者が居たんですよ!


 やばい。俺、かなり荒い口調で怒鳴ってた気がする。ドラマとかに出てくる「あぁん?」が口癖なチンピラ並みの暴言をオーク・キングに向けて叫んじゃった気が……。

 もしも俺の正体がバレよう物なら絶対ドン引きされる。それだけならまだ良いが、桜崎さんに嫌われたり避けられたりする可能性だってあるかもしれない。


 あぁ、逃げたい。

 幸い今ならフードを被ってて顔も分からないだろうから知らない奴が助けてくれたって事で片付く筈だ。うん、きっと異世界にも「あぁん?」とか「ゴルァ!」とかいう奴は居ると思うから、勝手に有名な冒険者とかの功績になる事を祈ろう。俺は今日、森に居なかった。いいね?


 そして今日の所はさっさとオーク・キングを倒して帰る。桜崎さんともう一人が危険な状況なら"リゾート"への転移も考えたけど、幸いにして無事な様子だし周囲一帯のオークは殲滅済みだから問題ないだろう。


 ……今日はちょっと、精神的に疲れちゃってるからまた後日という事で。


 そう決めた俺は、魔力ポーションを飲み干して魔法を発動する。


 氷、雷、土、氷、雷、土。

 とりあえずオークに効いた魔法を大幅に強化してパワーで押し通す…………ゲームでいつも俺がやっていた戦闘スタイルだ。力こそパワー! 脳筋バンザイ!!


 さて、これで倒れてくれればなぁと思いつつオーク・キングの様子を――――って危な!?

 あいつ、手に持ってた棍棒を投げつけてきやがった!

 俺は慌てて水の魔法で水流が蠢く大きな球体を作り、オーク・キングの投げつけてきた棍棒を受け止める。

 真っ直ぐに飛んできた棍棒の勢いは荒れ狂う水流によって瞬く間に止まり、さながら流木のように水流に従って動くだけとかしている。

 そして俺が水の魔法を解くと、そこには濡れた地面と棍棒だけが残り……ついでなのでオーク・キングの方へとシャワーの様な水をばら蒔いてから氷の魔法を発動させてみた。


「グォォォォッ」

「お、初めて聞く声だな……流石に全身をカチンコチンにされたら堪えるか?」


 明らかに今までとは違う反応。

 先程までは興奮したように動かしていた体も、今ではその場に立ち尽くし良く見れば体が震えているようにも見える。

 …………でも、あくまで外側だけの話。

 ステータスを見てみても体力の減少は少しずつしか進んでおらず、これではいつまで掛かるか分かったもんじゃない。


 うーん、でも動きが鈍くなってる今がチャンスではあるよなぁ……。


 あ、そういえばあの魔法試した事ないな?


 目の前には震えるオーク・キング。

 周囲は索敵済みの邪魔者の居ない広い森。

 よし、やるか!


「えーっと、まずは発動を意識して魔力をぉっ!?」


 ちょっ!? 俺の魔力が根こそぎ吸われ……くっ、ポーション!!


 そうしてポーションを飲むこと数秒。念の為にもう一本ポーションを準備して構えていたが、どうやら俺は魔力切れで倒れずに済んだ様だ。あー、頭痛い。鼻血も出てるし……うわ、右目からも出血とかどんだけ負荷かかってるんだよ!?――属性魔法とは勝手が違いすぎる! 完全回復した状態から更に半分って、ヤバいな――『時空間魔法』。


 発動の仕方、その効果、そして効果範囲……全てを把握していくのに脳が焼き切れるんじゃないかと思える程の痛みを覚えた。どうやら俺の脳がこのままでは魔法が不発に終わると勝手に判断したらしく、無意識に『並列思考』を発動させていたらしい。

 とりあえず体力ポーション飲んでおくか……。


【ますたー……帰ったらお説教です!】


 涙声のリディにそう言われて、ようやく危ない状況だったんだと理解する。うん、焦っていたとはいえ判断を誤ったな。またリディを泣かせてしまった……。


 説教だろうが、折檻だろうが、甘んじて受け入れるよ。

 でも、まずは……目の前の敵を倒してからだ。


 ターゲット、捕捉。

 効果範囲内に動くものが居ないのも把握。

 狙うはオーク・キングの首元。


 人の魔力をたらふく喰らったんだ――――さっさと空間を切り裂けッ!!


 そんな思いを込めて、待機状態だった時空間魔法を発動させる。


 刹那、オーク・キングの首元がなんの前触れもなく右から斜め下に切り裂かれた。

 そして、その影響はオーク・キングの周囲にまでおよび、捕捉した数十メートル程の空間をオーク・キングと同じ様に右から斜め下に切り裂かれていく。



 ズンッ……………ズドンッ!!


「「きゃあっ」」



 切り裂かれた木々が、オーク・キングの頭が、地面へと落ちて周囲に大きな音を立てる。そして可愛らしい二人分の悲鳴が……本当にごめん。


 こうして、オークの大繁殖は視認不能な攻撃によってその幕を閉じるのであった…………いや、この魔法凶悪過ぎるだろ!?



 と言うかやばい。

 『並列思考』を使っても範囲を狭める事が出来なかった時空間魔法。その影響は凄まじく、耳を劈く様な轟音は……きっと遠く離れた場所でも聞こえていただろう。


 索敵マップによればここは森の中とはいっても浅い場所。

 少し進めば森を抜けて草原と馬車道がある場所へと出れる。そして草原の方に向かっていたオークの反応が消えたと言うことは……そこにオークを倒せる存在、おそらく桜崎さんの仲間達がいる筈だ。


 ……こういう時、敵しか分からないって不便だよな。


【『範囲索敵』は戦闘専用の探知スキルですからね。ちなみに上位スキルで範囲内の全ての対象を調べる事が出来る『範囲探査』と言うスキルがあります。】


 ほ、欲しい……今度ミムルにお願いしてみようかな?


 って、それどころじゃなかった。

 今の音で凡その位置は把握されたと思う。となると、此処へ救助が来るのも時間の問題……俺が魔物を殲滅しちゃったから無駄な戦闘も起こらないだろうしな。


 そうして助けに来た奴がこの惨状を見た時、あっさりと帰してくれる……なんて都合のいい展開にはならないだろう。

 数多のオークだけではなくオーク・キングすらも倒してしまう正体不明の魔法使い。おまけに鑑定をしようにも今の俺は姿隠しの外套のフードを深く被っているので、強固な認識阻害と鑑定阻害の効果が常時発動している状態だ。はたから見れば怪しさ満点の人物だろう。


 警戒、だけで済めばいいが敵対なんかされたら対処が面倒だ。そもそも、相手の強さも分からないし……よし、これ以上事が大きくなる前に撤退だな。


【……それは難しいと思いますよ?】


 はい? いや、なんで――――うぉっ!?


 リディの言葉に疑問を持つのと同じタイミングで、俺の外套が後ろから誰かに引っ張られて体が少し傾く。

 慌てて足に力を入れつつ後ろを見てみると……そこには二人の少女の姿があった。


 一人は桜崎さん。

 西洋風な甲冑を装備してはいるものの、最後にバスで会った時の記憶と変わりない大人しそうな女の子だ。

 俺の外套を掴み、前髪で目の隠れた顔で俺の方を真っ直ぐに見つめている。


 だ、大丈夫。

 認識阻害が発動しているから俺の正体はバレて居ないはずだ……。


「…………」


 や、やめて……! 無言でガン見してくるのやめてっ!? バレてなくても疑われてそうで怖いから!


 そしてもう一人、恐らく桜崎さんの友人であろう…………忍者娘?

 明るめの茶髪はそのままだと動きにくいからか右側で一括りにされている。モデルの様な細くスラッとした体型で、化粧はせずとも可愛らしい顔。地球ではモテたんだろうなぁと推察出来る見た目だ。桜崎さんとは対照的な陽な気配を感じる。


 でも、こいつの事何処かで見た事あるような…………げぇっ!?


「……? なんで急に前を向いたの? てか、さっき覗いて見ても全然顔が見えなかったし、どうなってる訳?」


 この声、そして初対面の相手だろうと変わらないフレンドリーな態度。間違いない…………こいつ、あの時の"不良娘"だ!!


 確かあれは中学三年生の頃、遅くに習い事が終わって中々に遠い帰り道をバスも使わず歩いて帰っていた時の事だ。

 通りかかった公園から、女のすすり泣く声が聞こえてきて……幽霊が見ると思って近づいてみたら、薄暗いベンチに俺の中学とは違う制服を着た女の子が泣きながら座ってるだけだった。


 最初は両親と喧嘩して家を出てきた不良娘かと思って一応女子だし、後ろから軽く危ないぞって注意して帰るつもりだったんだが……なんか、急にキレ始めて結構重めな話をぶちまけて来たんだよなぁ。

 でまあ、そのままいじけたみたいに体育座りして塞ぎ込んじゃって、その姿が幼い子供みたいに見えて放って置けなくて……結局、捕まるのを覚悟で不良娘の頭を撫でながら慰める事にした。慰めるどころが逆に大泣きして慌てたけどね。


 その後、なんか公園の入口から大きな声が聞こえて、その声に対して不良娘が『あ、おじいちゃんとおばあちゃんだ』って言ったからもう大丈夫だろうと思い、俺は入口とは反対……元々歩いていた通りの方へとダッシュで逃げた。絶対親御さんを呼んでとか、そういう流れになると思ったから。


 後方から不良娘の『次会ったら、名前とか教えてねー!』って声が聞こえたけど、無視して全力疾走。うん、学校は違うだろうし二度と会うことはないと思ってたんだよ…………今日まではな!!


 いや、マジでどうなってるんだ!?

 近所だし高校が偶然一緒になるのはまあ分かるけど……普通異世界に来てまでも一緒とか有り得るか? ちょっと運命って奴が怖くなって来たぞ……。


 そして忍者娘……もとい不良娘は桜崎さんと一緒になって俺の外套を掴んでいて未だに放す気配はなさそうだ。寧ろ、さっきからクイクイっと引っ張られていてこっちを向けと催促されているようにも思える。


 こ、このままだとまずい!

 バレてないうちに『リゾート』スキルで転移して「だ、大樹くん……だよね?」――へっ!?


「は!? ちょ、まこ、マジで言ってんの!?」

「……多分。ううん、間違いなく大樹くんだと思う」


 驚く不良娘に対して、何か根拠があるのか確信した様に断言する桜崎さん。


 ……なんか、バレてそうなんですけど!?

【……はぁ。(ますたーは戦闘に夢中で忘れていそうですが、自分で墓穴を掘っているんですよね)】


 あの、リディさん? 露骨に呆れた雰囲気を醸し出すのやめてくれませんかね?


「大樹くん、なんだよね……?」


 そして、再度問うてくる桜崎さんに視線を向けると、今にも泣いてしまいそうな顔をしていた。

 外套を握る手に力を込めて、そうであって欲しいと願う様なその態度に……俺は正体を隠す事を諦める。


 とりあえず『リゾート』に関しては後日改めて招待する事にして、今日は挨拶するだけに済ませる。正直、俺は異世界の住人達と関わりがないので、不用意に『リゾート』を使う事は避けたい。特に今日は桜崎さんと不良娘をこんな目にあわせた騎士が居るみたい出し、少なくとも、スキルを使うのは桜崎さん達が信用出来る人物にだけだ。


 リディ。

 そういう訳だから、後日桜崎さん達を"リゾート"に招待するぞ?


【それならば、最初は北にある異世界エリアにご招待しては如何でしょうか? この世界の住人にとっても、地球から転移して来た方々にとっても、グランドホテルは少々刺激が強過ぎて落ち着いて話が出来ないと思いますので。】


 あー……確かに、問い詰められる未来が透けて見えるな。まあ、その辺の細かい打ち合わせは戻ってからにするよ。


【承知しました。】


 さて、軽く今後の流れを決めたところで……そろそろこれを外すか。

 桜崎さんと不良娘が見守る中、俺はゆっくりと被っていたフードを頭から外す。それと同時にフードを被ることで発動していた外套の認識阻害が解除され、桜崎さんと不良娘に俺の素顔が認識出来るようになる。


「っ!!」

「うわっ、マジだ……大枝じゃん!!」

「えーっと、なんで俺の正体がバレたのかとか、話し方や呼び方が変わってたりとか、分からない事がいっぱいだけど……とりあえず、久しぶり?」

「大樹くん…………だいきくんっ!!」

「ぐはぁっ!?」


 ちょっ、待って桜崎さん!!

 感動して抱きつくのは全然いいし寧ろウェルカムなんだけど、自分が今どんな恰好をしてるか確認してくれるとありがたいな!?

 痛い! 甲冑が背中に当たっててギチギチって……!! ちょ、桜崎さん離れて!? てか、不良娘ぇ! お前は笑ってないで桜崎さんをなんとかしろぉ!!


 異世界に来て十三日目。

 あのバスでの出来事から離れ離れになってしまった俺と桜崎さんはこうして感動的な…………いや、感動してる余裕もないけども!! こうして無事な状態で再会を果たすことが出来た。


 頑張れぇ……俺のからだぁぁぁ!!





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