木之本くんのフリーダム弁当

イヨ君

第1週目 しゃぶしゃぶ

木之本きのもと 幸太こうたは「優等生」だと認識していた。

おとなしい性格ではあるが、

授業ではよく発言する子だし、

体育や音楽も頑張ってる、

テストの点数だっていい、

少なくとも木曜日まではそうだった、いや、金曜日の給食の時間までは──


俺の名前は速水はやみ ひさし、月曜からこの北湖ほっこ小学校の4年生クラスに担任として赴任してきた新人ホヤホヤ教師だ。


子供の時世話になった母校に勤めることになり、

水曜日には生徒たちの名前も覚えた、

みんないい子で、接している感じではみんなからの

好感度も悪くなさそうだ。

教師人生としてなかなか上々な滑り出しと

言えるだろう。


しかし今日は金曜日、週に一度の

「お弁当を持ってくる日」らしい、料理が苦手な

俺にとっては唯一憂鬱な日となるかもしれない。


4時間目の算数を終え、みんな待ち望んだ給食の時間になってしまった。

今日は朝から1時間早く起き、それなりによさそうに見える弁当を作ってきたつもりだが……


さわ「おい見ろよ!オレ様の弁当!!メシレンジャーのウインナーが入ってるぜ!!」

青名あおな「あたしベリキュアのキャラ弁だ!!」


子供の心をがっちり掴む方法をよく知ってる

母親たちの弁当にはさすがに見劣りしてしまう。


そうしてクラスの弁当を眺めていると、

俺から向かって右端奥の席、マンガで言うところの「主人公席」に座っている男子生徒がランドセルを

ゴソゴソしている、確か名前は木之本きのもと幸太こうただ。

どうしたのだろうか?弁当を忘れたのか?それならばつたないながらに味は美味しいはずの俺の弁当を

分けてあげるのだって可愛い生徒のためなら

ヤブサカでは無い。


俺「どうした木之m─」


俺は名前を呼び終わらないうちに言葉を発するのを

一瞬止めてしまった、目の前の光景が

信じられなかったからだ。

いや信じたくなかった、小学生がランドセルから

スーパーの肉のパックを取り出した光景など

誰が信じられるのか。


俺「木之本きのもと?」


今度は切った白菜・しいたけ・えのき、

そしてつくねと、ラップに包まれてどんどん出てくる


俺「木之本きのもと!?」


俺は嫌な予感がした、

程なくしてその予感は当たってしまった、

ランドセルからカセットコンロと鍋をガチャンと

取り出しカセットガスをセットしおもむろに

火を付け始めた。


俺「木之本きのもとーーッッ!?!?」


小学校の教室の中で行われていると思うと恐ろしく

パンチの効いた衝撃映像を前にしてただ叫ぶことしかできない俺をよそに、テキパキと準備を進める木之本


俺「待て待て木之本きのもと手際よく進めんな!!なんだそれは!?」


ペットボトルに入っているダシと思われる液体を鍋にドボドボ入れているところで木之本はようやくこちらを向き口を開いた


木之本「しゃぶしゃぶです。」

俺「しゃぶしゃぶです。じゃないよ!!なんで学校で

やろうと思った!?」

木之本「楽しいかなと思って…あっ、安心して

くださいちゃんと先生の分もありますよ」

俺「あぁ違う違う欲しいから騒いでるわけじゃない!!ダメだから火ぃ使ったら!片付けなさい!どうやって持ってきたんだコレ!?」

木之本「ランドセルに全部入れてきました、

今日のためにあらかじめ時間割を確認して教科書は

置き勉しました」

俺「計画的犯行だった上に余罪まで!?」

木之本「僕これしかお弁当ないし、みんなにもらうのも申し訳ないので今日の所はこれ食べますね」


俺と会話をしている間に鍋はふつふつと言い始め、徐々に野菜を入れている木之本、みんなも興味津々になって弁当を食いながら寄ってきている。


さわ「おー木之本きのもと!!

今週はしゃぶしゃぶだって!?

オレ様にも食わせろよ!メシレンジャーのウインナーも入れたらウマイかな!?」


俺「やめなさいもう焼いてあるだろそれ、

そのままの方がウマいよたぶん、あとさわの言い方からして『今日の所は』とか言っときながら俺が担任になる前から常習犯だったな木之本きのもと


そんなやり取りを繰り広げている間に木之本きのもとはパックの豚肉をしゃぶしゃぶしてゴマだれで

美味しくいただいていた。


木之本「みんな食べる?一人1枚ね」


そう言うなり生徒たちは歓喜の声を上げて肉用の

割り箸で順番にしゃぶしゃぶしている。


木之本「先生もどうぞ」


俺「あ、あぁ、ありがとう。」


そう言って俺も1枚の肉を受け取り、みんなで肉の味を噛み締めた、学校で食べるしゃぶしゃぶはなにか背徳的でいて、温度だけでは無い確かな温かさを

感じた。

みんなが進んでしゃぶしゃぶしている所を見て、子供たちにはこういう自主的に何かをするという体験をさせてやるのも、悪くは無いのかもしれないと思った自分がいた。


木之本「先生!これで共犯ですね!」


やられた、優しさとかじゃなかった、罠だった。

まんまとハメられたと思ったその瞬間、チャイムと共に給食の時間が終わった。


俺「結局自分の弁当食い忘れた…昼休みに職員室で食うか…」


木之本「えのきしか残ってませんけど、

あげましょうか?」


俺「いらないよ!!!」

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