4、時計塔の青い空
さて、その後。
ママは死ぬことなく、一家も死霊術に手を染めることなく、平穏に月日が流れた。
私は9歳になった。
前世と同じく、この世界にも「新年」という概念がある。
年が変わったばかりのある日、エイデン王子の探検ごっこ隊は時計塔へと登った。
「本日は時計塔警備ごっこだ! 不審物を見逃すなよ」
腰にはお菓子をいっぱい詰めた小さな袋を下げて、後ろに護衛の騎士たちや保護者たちを連れて。
外の景色を楽しみながら塔を登っていく時間は、楽しい。
高い塔の上から見下ろす王都の街並みは見事で、私たちが「わーーー!」と歓声をあげていると、精霊さんがパタパタと飛んで青空に虹をかけてくれる。
「いいか、お前たち。おれは将来この国を治めるんだ」
12歳のエイデン王子の金髪に日差しが跳ねて、きらきらしている。
幼さをまだ強く感じさせる王子の青い瞳は澄んでいて、無限の可能性を感じさせた。
王族オーラとか主人公オーラみたいなのが出てる。格好いい。
「いっぱいお勉強して、お勉強だけじゃなくて、臣下に慕われる君主としての振る舞いを身につけようと思う……」
キリッ! と言い切る横顔は、原作ゲームの彼を思い出させた。
エイデン王子は外見が王道キラキラ美青年だったので、とても人気があった。「エイデン王子、顔がいい」というのは、女性プレイヤーの合言葉だった。推されまくっていた。
もちろん、彼が率いる宝石騎士団には色々なタイプの美男子たちがそろっていて、さらにライバル王子である第二王子バスティアンも格好良くて、ありとあらゆる性癖に刺さるキャラクター後世だった。中には悪役令嬢ルルミィやその兄アルバートを推してくれる人もいた。
そんな王子の子ども時代を見れるなんて。
子どもの頃は元気いっぱいのワンコだったんだなぁ。
感慨深く横顔を見ていると、エイデン王子がこちらを見た。
ぱちりと目が合った瞬間、王子の眉がへにゃっと下がる。おや?
「できるとおもうか?」
ちょっと小声。
これは……自信がないらしい。
私はアルバートお兄様と一瞬のアイコンタクトを交わした。
兄妹セットでエイデン王子の学友をしている私たちは、王子のことを好ましく思っている。
「できますよ。妹もぼくも、おそばでお支え申し上げます」
12歳のアルバートお兄様は、しっかりとした口調で頭を下げた。
精霊さんがパタパタと飛んで頭の上に座ったので頭は下げられなかったけど、私も声を添えた。
「エイデン王子殿下は、できます! なぜなら」
――主人公だからです! と言いそうになって、あっと口をつぐむ。
「なぜなら?」
「えっとぉ……」
「お前さては何も考えてなかったな」
「いえいえ! ちゃんと考えてます。お顔が綺麗とか」
「顔~~!?」
「殿下、妹をいじめないでください。ちゃんと褒めたじゃないですか。よしよし、殿下を褒めて偉いぞ、ルルミィ」
アルバートお兄様がぐいっと私を抱き寄せて庇ってくれている!
「殿下は褒めにくいよな。頑張って褒めたなルルミィ」
言ってる内容はなかなか無礼だけど、エイデン王子は「まあおれの取り柄と言えばまずは顔だな!」なんて言って笑っている。
いやいや、取り柄いっぱいありますよ!
ただちょっと「主人公だから」と言いそうになっちゃって慌てただけですよ!
「あの、違います。いっぱいありますよ」
「無理しなくていいぞルルミィ」
アルバートお兄様は、また失礼なことを言った。
「ああ、殿下。妹に代わって褒めましょう。あとちょっと馬鹿で『まあ、そうだな!』で許してくれるところも良いところですよ」
「それ、良いところか? ほんとか?」
「ほんとです。怒っておれたちを時計塔から落としたりしないから良いところです」
「まあ、それはそうだな! 怒るのはいかん!」
二人の会話は仲良しって感じで、微笑ましい。
良い友人同士なんだ。
頭から降りてきた精霊さんを抱っこして二人を見ていると、エイデン王子は腰に下げていたお菓子袋から棒付き果実飴を取り出した。
くまさんの形をした、赤い飴だ。可愛い。
エイデン王子は、私の目の前で飴をふりふりと振ってみせた。
「ルルミィ、飴をやろう」
「ありがとうございます、エイデン殿下」
目の前でふりふりされる飴は明るい陽射しの中できらきらしてて、綺麗だった。
味は林檎味。
甘い! 美味しい!
「アルバートは将来、おれの補佐官になるといい。ルルミィはお妃だ!」
あれっ? 飴の甘味に頬をゆるめていると、エイデン王子が私の将来を決めようとしている……?
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