お盆休みとセクシー大根

ナガカタサンゴウ

第1話

 皆さんは精霊馬というものを知っているだろうか。

 キュウリを竹串を刺して馬っぽくしたアレである。

 因みにナスの方は牛らしい。

 お盆になると死者は冥界からそれに乗って現世にやって来ると言われている。

 死んでから初めてのお盆。どうやらその言い伝えは本当のようで、俺は家族が飾ってくれた精霊馬に乗るため天使に着いて行っていた。

「これが貴方の家族が用意した精霊馬です」

「…………」

 目の前にあるのはキュウリでもナスでも無い。それどころか竹串すら使われていない。

 真っ白に少し緑がある色合い。本来一つになっている筈の部分が二股に分かれている……

 セクシー大根だった。知らない人は検索して欲しい、すぐにわかる。

「……チェンジで」

 俺が言うと天使はいつものスマイルでかぶりを振る

「ご家族からのご好意を無下にしてはいけませんよ。これはマニュアルです」

 マニュアルを渡してきた優しい笑顔が今は怖い。

 しかも俺に送られた精霊馬はこの大根のみ。行きも帰りもこれなのである。

 妻よ……息子よ……精霊馬は二つ必要だからな! きゅうりとナスだからな!

「さあ皆さんもう出発し始めてますよ」

 どうやらコレで現世に行くしかないらしい。それはいいが……

「どう乗るんだ、コレ」

 呟くとセクシー大根がしゃがんで頭を突き出してきた。結構柔軟になってるのな。

「じゃあ失礼して……こうか」

 大根の上に乗り、股に葉の部分を挟んでソレを持つ。

 結構高い。怖い

「ではいってらっしゃいませ……プフッ」

「今笑っただろ天使!」

 そんなワケで、唐突ながら俺とセクシー大根の盆帰省が始まるのであった。


 *


「現世への道はこちらでーす!」

『三途道』冥界から現世に行くにはとりあえずここを通らないといけないらしい。三途道と言われているが道はない。

 飛び込み台のような……鳥人間コンテストの飛び立つ所と言えばわかりやすいだろうか。

 きゅうりに乗った人たちは次々に飛んでいく。なんだか魔法のほうきみたいだ。いいなぁ……

 俺のセクシー大根だとロボット的な飛び方になるのだろうか。

 てか視線が辛い。早く逃げ出したくて俺はセクシー大根を数回叩く。

「行け! 大根!」

 俺の言葉を受けて、セクシー大根は元気よく跳び上がった。


 *


「ぎぃぃやぁぁぁぁぁぁ」

 落ちる!落ちた!落ちてる!

 飛べるんじゃないのか! ジャンプしただけか! ふざけるな!

「うぉぉぉぉぉぉ……おお」

 セクシー大根、見事な着地。

「結構やるな、お前」

 屈んだ大根から降りて肩……みたいな部分を叩くが反応がない。

「……どうした?」

 足の部分を抑えて……まさかこいつ

「痛いのか!」

 精霊馬って痛み感じるのかよ! 神的な力でどうにかしろよ!

「……歩けるか?」

 しばらく蹲っていた大根だが、どうやら致命傷ではないらしい。

「さて、家はどっちのほうこ……」

 デカイ、街がデカイ。いや、俺が小さくなっているのか。

 天国では大根が俺のサイズに合わせていたが、こんどは俺が大根のサイズに合わせたような感じだ。

 小さくなったぶん家までは遠くなったのだが……まあ歩くのは大根だからどうでもいい。

 マニュアルを見る限り精霊馬が目的地まで運んでくれるようだし。

「乗せてくれ」

 大根は乗りやすいように屈んでくれる。葉の部分を渡って乗ると少しだけ辺りが見渡しやすくなった。

「じゃあ、俺の家まで出発だ!」


 *


「逃げろ! 逃げろ大根!」

 大根の全速力は中々早い。しかし相手が悪かった。

「へんなのー!」

 敵は数人の幼稚園児である。公園のそばを通ったらいきなり追いかけてきたのだ。

 小さい子は幽霊が見えると聞いた事はあったが、まさか本当だったとは……

「ようかいー」

「違う! 帰れ!」

「ころぽっくるー」

「よく知ってるな、よし帰れ!」

 このままでは追いつかれる……

「そうだ! ジャンプだジャンプ!」

 三途道でやったあの大ジャンプなら塀の上くらいには届きそうだ。

「大根、ジャーンプ!」

 大根は勢いよくジャンプした。

「にげたー!」

「こっちこーい!」

 悔しそうにしている幼稚園児に舌を出して大根を叩く。

「よくやった。このまま塀の上に着地だ!」

 そういった瞬間大根は後ろへ飛んだ。まさかの平行移動である。

「どうした、そういう機能があるのは分かったから着地を……」

 そこで俺は言葉を止める。違う、大根が平行移動という新機能を出したんじゃない。これは……

「猫に……捕まった!?」


 *


 大根咥えたドラ猫、追いかけて。

 裸足で、駆けてく、落とされた俺。


「歌ってる場合じゃねぇ! 大根返せ!」

 どうやら俺たちが見える者は俺たちを触れるらしい。ホント勘弁してくれ。

 猫を追いかけているが全く歯が立たない。むしろ距離が開いている。

 精霊馬がないと天国に帰れない。地縛霊なんかになったら除霊まったなしである。

 どうにかならないかとマニュアルを開く。

「お、精霊馬が襲われた時って項目がある!」


『動物に襲われた場合

  主に襲ってくるのは犬です。支給したバッグにあるドッグフードを投げましょう。必ず食いつきます。

  虫に襲われたなら同じくバッグにあるゼリーを開けましょう。周りの虫が食いつきます(気持ち悪いので注意)』

 天使が気持ち悪いとかいうなよ……

「で、猫は……」

『猫は動くきゅうりを見ると蛇だと思いびっくりするので基本襲ってきません』

「大根だよ! 俺の精霊馬は大根だよ!」

『稀に猫が襲ってくる事もあります。その場合は精霊牛をお送り致します。精霊牛はステルス機能がありますので多少遅くはなりますが目的地には確実にお送り致します』

 馬にステルス機能が無いのは予算の関係上、らしい。

 天国もまた国なのだなぁ……

「じゃあこのまま待っていれば牛の方が……」


 少しの沈黙。


「牛もねぇ! 精霊牛も同じ大根だよ!」

 どうにかして助けなければ!

 空き地で立ち止まっている猫に虫用ゼリーを投げつける。

 ゼリーに塗れた猫は俺の方を見て威嚇……した後に情けない声を上げて逃げ去って行く。

「そんなに臭いゼリーでもないんだけど……うお!」

 後ろを向くと大量の虫が猫の方に向かって飛んで来ていた。気持ち悪! これは天使も汚い言葉を使うわけだ。

「南無三……」

 手を合わせて猫の無事を祈る。

 よし、家に向かうとしよう。

「行くぞー!」

 ……反応がない。なんだか見たくないけど大根の方を見る。

 ゼリーが少し付いてしまったのだろう。中々の数の虫が大根に群がっていた。

「も、もうやめてあげて!」


 *



「……お互い大変だなぁ」

 虫がついてる大根。虫を払う俺。

 ゼリーを取ったら大半はいなくなったが残った匂いに寄せられてまだ数匹ついて来ている。

 もう少しで家だ。家族に会える、のだが。

「心なしか速度が遅く、そして低くなっている気がする……」

 いや、心なしとかじゃあないな。

「どうした、だいこ……!?」

 胴体の一部がない!?

「ちょ、虫に食われたにしては大きすぎるぞ」

 戸惑っていると大根がマニュアルの一ページを指した。

『地上界にある本体に何かしらの異常が起きた場合、精霊馬の方にも影響が及びます』

 つまり家に置いてある大根の一部が無くなった、と。

 この歯形、大きな一口……

「ポチだ!」

 愛犬のポチだ! あの食いしん坊野郎!

「少し走れば家に着く、頑張れ大根!」

 よろめく大根を支えながら家の前に立つ。

「確か玄関はすり抜けれたはず」

 それにしても一口で終わって居たのが不幸中の幸いか。あのポチなら全て食べられると思ったが……

 家に入ると身体が元の大きさに戻った。これならポチに負ける事もない。

「ポチ! その大根を食べてはいけません!」

 叫んでリビングに入る。目に入ったのは一部食われた大根、そして倒れているポチ。

「ちょ、ポチどうした!?」

 どうやら大根を喉に詰まらせたらしい。よく噛んで食べないからだ!

「おいポチ! お前が死んだら……俺は……俺は……」

 帰りはポチで危険も無く悠々と帰れるな……


 *


「…………」

 ……いや! 駄目だろ!


 *


「ただいまー!」

 ポチを助けてしばらくすると妻たちが帰ってきた。

 懐かしくもどこか新鮮な家族風景に少し涙が出そうになる。

 少ししたらいい匂いがした。これは俺の大好物の匂いだ。

 供えられた物は食べられるらしい。久々の妻の手料理、しかも大好物だ。

 ……ん? 大好物? 俺の大好物は……

 妻が三つの皿を器用に持ってリビングに入ってくる。

「今日のご飯はなにー?」

 聞かれた妻は冗談を言う時の茶目っ気のある笑顔を浮かべて口を開く。


「今日はセクシーぶり大根よ!」

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お盆休みとセクシー大根 ナガカタサンゴウ @nagakata

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