第17話 テーブル上の作戦会議
「うんうん。とっても良いタイミングだったね。流石はボク、そう思うよね?」
もうすぐ一人目の対戦が始まる。
ランド・ラウンダーの不安な顔を、時の止まった世界から眺めている。
「グレイ、今までもこんなことがあったの?」
「うん…。実は何回も。ここまでウキウキなイスルローダは初めて見たけど…」
「そう…、それでそのイスルローダは何をしてくれる悪魔なの?あのオークを斃したのも、この悪魔の力?」
三人でテーブルを囲って、辺りを眺めることが出来る。流石に、ここまで露骨な時止めは初めてだ。
赤毛の少女リリーの悲壮感も吹き飛んでしまう。それくらい奇妙な空間だった。
「違うよ。ボクの力はここまで。アレはボクのご主人様の選択だよ。ご主人の腕を切り飛ばしたアリアの悪魔…じゃなくて天使?ボクはあんな直接的なことは、なーーんにもできない。ボクに出来るのは神の骰子の数字を教えるだけ…だよ?だって、君もあの戦いは見ていたよね?」
「え…。そうだった?俺、全然気づかなかったけど」
「…それは…そうよ。私を性奴隷にしていた男を殺して。そう言った以上、見ないわけないでしょ」
「だよね。グレイは戦いに集中してたし、そんな暇なかったから気付けなくて当然だよ。それでリリーさんには、ボクの存在は見えていたかな?」
「…いいえ。と言っても、私は…。得体の知れない人間に、怯え慄いていたオークしか見ていなかったけど。それならアナタは何の悪魔よ。イスルローダなんて聞いたことないわよ」
そも、彼が悪魔なのか。今更だが何とも言えない。
出会ったグレイ自身が、いつも思っていることだ。悪魔ってもっとおどろおどろしいと勝手に思っていた。
だが、間違いなく悪魔なのだろう。神様や天使様にも見えないのだし。
その白黒悪魔のたおやかな指先がくるりと翻り、指と指の間にサイコロが現れる。
「言ったでしょ。テーブルトークRPGのゲームマスターだよ。お貴族様なら、そんな遊びに心当たりない?」
「…アレかな、くらいにはあるわよ。私の周りでやっている子はいなかったけれど」
「え…。そういう遊びって本当にあるんだ…」
「私も詳しくは知らないわよ。騎士道物語とか、ファンタジー小説とか、それとサイコロがあれば出来るって…、伯爵家の次男坊が自慢してた。それを聞いただけ」
リリーは東の半島のお嬢様で、グレイの生まれた環境とは違う。
だから彼女はイスルローダの所作を知っていた。
それ故の困惑、だが悪魔は構わずに本題へと話を進めていく。
「だったら話は早いね。ご主人、今はとてもタイミングが良い。その理由は分かるよね?ボクが出張った意味、ちゃんと理解してる?」
「アリア様が…いないとか?」
「うんうん。それは大いにあるね。彼女が居たら、何が起きてもねじ伏せられてしまうかも。でも、もっと重要なこと!」
「もっと重要って…」
「アレ…でしょう?この瞬間だけ、この日だけ、このイベントでだけ、…私たちは武器を持つことが出来る」
「そう‼それだよ、それ。そして今、リリーさんは戦う決意をした。ご主人は…、戦う気まんまんだから置いといて」
「置いとくなって‼話からも置いてけぼりなんだけど?」
「それじゃ、今から説明するよ。今、君たちは帝都のコロッセオの剣闘士控室にいる。グレイは切断闘士、リリーは魔法網闘士だよ。このままだとリリーは酷いことをされてしまうかも。だから彼女は戦うのを諦めようとした。そんな中、残念なグレイは彼女の異変に気付けないままだったけどね。でも、彼女はついに戦う決意を固めた」
テーブルの上にコロッセオのジオラマが出現し、オーテムの剣闘士待機室が照らされている。
加えて、入ってきた場所、大きな柱が並ぶ廊下と中央にある闘技場が照らされている。
逆に言えば、行ったことのない場所は黒く塗りつぶされている。
自分たちが居る建物を俯瞰しているという、本当に奇々怪々な現象が起きている。
パチン‼
そして悪魔は指を鳴らして、こう言った。
「さて、ここからだよ」
「ここからって…。俺が聞きたいよ。突然、こんなことを始めて」
「何を言っているんだい。ボクが出来るのはここまで。でも、ゲームマスターとしては頑張るよ。」
「何を頑張ってくれるの?私たちを脱出させてくれる…とか?」
「そうだねぇ。先ずは何をするか、何をしたらいいかを考えようか」
そこで少年は天を仰いだ。一番苦手とするジャンル。
なんでもやってみようと思っているけれど、今のところうまく行った試しはない。
それどころか、大切な利き腕を失ってしまっている。
とは言え、ここで考えるのを止めてしまっては大切な機会も見失ってしまう。
「だったら、みんなで逃げ出す…とか?」
リーリア【洞察力チェック】
「え…。どういうこと?これってサイコロ?」
灰色少年が発言したのに、何故かリリーの手に出現した。
そして、それが回る。
【指揮官レベル2】【政治レベル2】【帝国情報レベル2】発動。
更に【20】。クリティカル大成功‼
リリーはここまでの道中の兵隊たちの動きを把握していた。
「グレイの案は無謀すぎるわ。そもそも、どうやって逃げるのよ。ここまで来た時に見たでしょう?恐らく公爵家以外の軍隊も来ているわよ」
「うんうん。それをやったら大失敗だね。そもそも、何がしたいのか、から考えようか」
少年はお株を奪われて、少々傷心気味。
ただ、これが仲間と共に考えるメリットだと理解もしている。
ただの農民しかやってこなかったグレイでは、そもそもダイスを回すことだって不可能だっただろう。
そして…、僅かに時が流れる。
「待って。今、少しだけ周りのみんなが動いた気がするんだけど。これ、完全に時が止まる訳じゃないの?」
「それはそうだよ。今、リリーはここまでの道中の軍隊の配置を思い出していた。それはそのまま時の流れとして加算される。だからこそ、早く目的を決めないと」
「じゃあ、これは?少なくともオーテム剣闘士は協力してくれるでしょ?みんなでこの祭りを台無しにさせる、とか?」
「…オーテムの剣闘士と協力するのは分かるけど、台無しにさせない為に私たちを叩き潰すと思う。そもそも、グレイはこの祭りの意味を知っているの?」
赤毛の少女の言葉に応えたのは、可哀そうなものを見るイスルローダの表情。
「お祭りだから…、収穫祭…とか」
そして、やはり残念な答えの少年にリリーは肩を竦める。
とは言え、話が進まないので、祭りの本当の意味を知らない少年に丁寧に説明をする。
「まず、テルミルス帝国は大陸北部に位置して日照時間が短いし、平均気温がとても低いの。しかも土地は広いけれど、内陸地を多く持つ地域でもあるの。だから、帝国が築かれるまで、土地の奪い合いの日々が続いたの。祖はデナン神族だけど、北に追いやられた豪族たちの中で、新たな信仰が生まれるのは想像に難くないでしょ。それがマリス信仰だったの」
「新たな信仰って…、マリス様はデナ様の長子で…」
「そう。遥か昔にデナン神国が行った方法をそのまま使ったの。恐らく誰でも良かったのよ。デナ信仰国を取り込む理屈さえあれば、ね」
グレイ【歴史学レベル1】取得。
「そっか。確かに軍神だけど、こんな苛烈なことをする神様ってイメージはないし…。でも、今の状況とそれとどう繋がるんだろう」
「大切なのは、彼らには悪魔との契約を行う習慣があることよ。その為に軍神マリスの名を使っているのだし」
「うん。確かにその話はアリア様から聞いていたし、魔物を使役してやせた土地を耕していた光景も目の当たりにしたけど…、その話が今…」
「そこまで来たなら見えてくるでしょう。国が大きくなる分には問題なかったけど、デナ信仰国と衝突して状況が変わってきたの。耕す土地が増えないのに、戦争により、魔物使役技術は高まっていく。戦いの中心にいるのは皇帝を中心とする貴族だからね。するとたちまち、農民を必要としない大領主が生まれてしまうの」
グレイ【ハバド地区育ち】
「俺たちの代わりを魔物がやるって…。それじゃ、俺たちは生活が出来なくなる。そんなの…」
「ついでに言うと、奴隷の扱いが雑なのも同じ理由ね。奴隷は財産だけれど、彼らに土地を耕させたら、国民の仕事がさらに失われる。だから、奴隷の命がないがしろにされているの」
「…考えてもいなかった。だから奴隷に酷いことをするのか…」
「考えるも何も、教えてもらっていなかったんでしょう。それに奴隷に対してひどい扱いをするのは政治的な意味も含まれてる」
「政治…的?それって…」
「見せしめ。クシャラン大公国の要人が…。私の親戚、それこそサイコロを自慢してた伯爵家のポンポンが来賓席に座っていたのよ。知らない誰かの前なら…、心を殺して我慢できるけど…。アレはダメ…。知っている人に…私が凌辱される姿は見られたくない…。だから、死のうと思ったの」
場内で聞こえなかった、少女の嘆きの正体。
ただ、話を聞くごとに頭の中の疑問が次々に湧いてくる。
「…男の俺には分からない。でも、そういうことがあったのか。だけど、それってどういうこと?」
「分からない…。でも、デナ信仰国の作戦、肥沃な大地を敢えて不毛なものに変える作戦に対応した何かだとはなんとなく思っている」
「それで今、リリーが考えていることって何…?」
「分からない。この祭りをどうにかして終わらせたいとは思うけど、時間が進めば私は…。その時は諦めて、戦いの中で自死をするしか。そうすることで、クシャランの人たちも戦う意志を持ってくれたら…」
グレイ【直観力チェック】…【20】クリティカル‼
今までの話から、祭りの意味をある程度理解した。
つまり大衆にとっての祭りは、あくまでガス抜き。自分よりも可哀そうな人間が戦っている姿を見て、ひとまずは溜飲が下がる。
だったら…
「観客から不満が出るから、祭りを成功させたい。なら、観客が満足してしまったら、祭りの意味がなくなる。どうあっても観客の目を引かないといけないのか。そして、その間に剣闘士を集めて同志を募る。でも、そんなことをしてアリア様が黙っているかな…」
「へぇ…。さっきのリリーのクリティカルはそこまで意味のある情報ではなかったけど、ここでクリティカルとは…、そういうことかな。ご主人、それは多分大丈夫。クリティカルのご褒美に教えてあげる。リリーは気付いていると思うけど、神官アリアは大会をめちゃくちゃにしたいと思っているんだよ?」
ご褒美と言えばご褒美、でもリリーの表情を見れば、今までの状況から推測できたのだと知れた。
色んなことを試したのに、そもそも分からないから、明後日の方向を試してしまっているのだろう、そう思うと情けなくなるが…
「それは…そうだと思うけれど。グレイ、何か考えがあるの?」
グレイにしか出来ないことだって、ちゃんとあるのだ。
「うん。観衆を喜ばせ、祭りを中途半端に終わらせる方法なら何となく。リリーも辛いことをさせない方法でもあるし。…ただ、そこから先のことはまだあんまりだけど」
「過去にも剣闘士が反乱を起こしたことはあるわ。相手の剣闘士だって不満を抱えている筈。私が動けるならどうにかしてみる。…教えて。グレイは何をするつもりなの?」
その閃きを悪魔と赤毛の女に伝える。
すると。
「そか。そういうことならクリティカル以外でもいけそうだね。っていうか、思ったより難易度が下がる。15以上ってとこかな。流石、ご主人様だね。…でも、一応やっておこうか。それが果たしてうまく行くかどうか‼」
【
そして、イスルローダ曰く、世界の分岐を決めるため、神がサイコロを振る。
その結果、映し出された神の意志は…
【12】+グレイの知性補正2、+グレイの精神力補正2、+リリーの政治力2
──18。それが神の考え。
「じゃ、それで行ってみよう。ボクはご主人の中から見守らせてもらうよ」
⚀⚁⚂⚃⚄⚅
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