おとなし男子の悪役転生!ヒロインとか興味ないので筋トレしてたのに、危機一髪が訪れたみたいです。

弥生ちえ

筋トレだけして過ごしたい俺に訪れた危機一髪!

 俺には前世の記憶がある。


 とんでもないコミュ障で、女子どころか同性でも陽キャは無理なモブDKだ。


 弟が「他人と話しをする参考になるかもしれないぜ~」などと、ギャルゲーをふざけて貸してくるほどの舐められようでも、怒ることはない。そんなバイタリティを持ち合わせていたら、コミュ障などと自分を評したりはしない。


 そして毎日のほとんどをソロ活動で過ごす俺には、時間は有り余るほどあったから取り敢えず……と、全ストーリーをカンストしたのは我ながら凄い集中力だった。俺だって、やれば出来るのさなんて感じたのが最期の楽しい記憶かもしれない。


 だからか、今後の俺の運命が良く分かる。


 泣く子も黙る、どっかのマフィア顔負けの黒い噂のたえないブラックマン伯爵家。その当主の一人息子として妾の一人から生まれ、悪役の道を爆走しまくり、学園高等部を卒業する18歳でヒーローに断罪されるヤラレ役「ヒロイキ・アークドール」。その後の人生は、おぞましい一枚絵と共に流れるナレーションで語られ、俺は姿無き絶叫のみを響かせて表の世界から消え失せるのだ。


 ギャルゲー『ラブ☆きゅんメモリアル~ファンタジック学園編~』の「悪役」兼「当て馬」。そんな俺の二つ名を、ゲームをプレイした奴らは爽快感を持ってこう呼んだ――メスイキ・アークドール。


 プレイヤーである主人公がゲームをクリアし、女の子を手に入れる背景で、俺には各種の堕ちルートが展開されるのだ。その中で最も多いざまぁ展開「男娼堕ち」を揶揄した名前だ。


 処刑でもなく、殺害でもなく、重労働でもなく、生かさず殺さず最も精神的にヤラレ続けるざまぁエンドだ。そんな過酷な運命ばかりが先に待ち構えているなんて……最悪な気分の転生だ。


 けど、俺は生きている! 前世の人格と、ゲームの記憶がある!!


 ただストーリーに流されて、ハッピーエンドを際立たせるためだけに、ゲームの背景で無残な生殺しエンドを迎えるキャラクターではなく、心を持った人間だ!! 絶対にこの運命を回避してやるぜ!


「何度も私は忠告したはずだぞ! ヒロイキっ」


 え!? 決意した途端、俺、男に壁ドンされてる!? しかも至近距離で唾を飛ばすのは、悪役転生した俺の天敵・モテルートを爆走し続ける主人公『あああ』じゃねぇか!!


 背後は体育館裏の薄汚れた壁、正面には俺を逃すまいと鋭い視線で射貫く様に睨み付けつつ、両手を俺の顔の左右に突く天敵……!! 詰んだのか!? もう詰んじまったのか、俺!?


「我が婚約者ソルドレイドと、我が国の宝、聖女ユリーナに無闇に近付くなと、あれほど言ったにも関わらず、お前は未だ彼女らに手を触れ、怪しげな振る舞いを繰り返しているようだな!」


 至近距離にも拘らず、大声で怒鳴る奴は、それでも荒ぶる気持ちが収まらないんだろう。両腕を大きく振り上げて、ドンと音を立てながら握り締めた双方の拳を壁に叩き付ける。


「っくはっ……」


 真正面で、妙な息を吐いたのは『あああ』だ。俺の顔の両脇が定位置なのは変わりないのだが、両拳を壁に叩き付けるのに腕を折り曲げたせいで、奴の身体までもが俺に勢い良くぶつかって来た。


 痛くはない。俺の大胸筋がいい仕事をしてくれた。


 ついさっきまで、こっぱずかしい保健体育の授業をさぼり、一人静かに体育館の用具庫に籠って黙々とパンプアップしていたのだ。普段以上に豊かに膨らんだ、俺の鎧であり素晴らしい相棒でもある『筋肉』が俺を守ってくれている。実に心強い。


 だが、そんなささやかな筋肉の抵抗を「悪役のくせに生意気な」とか感じたのだろうか? 『あああ』が、真っ赤な顔で俺を睨み付けて来る。


「ヒロイキ! 貴様、なんだこのケシカラン身体は! 何を企んでいる!? 私だけでは飽き足らず、誰に取り入ろうとしているっ」


「……??」


「以前はお前のことを、モテなくて僻んでるだけの嫌な奴かとも思っていた! ……だが、戦った私たちは互いに分かり合い、親友の誓いを立てたではないか!!」


「……(間に合ってますって言った気がするが)?」


 しかもこの主人公、事あるごとに大臀筋に触れてこようとする。格闘術の授業ならまだ分かるが、講義室や食堂、はてはトイレへの移動でもやたら距離を詰めて、あちこちの筋肉を触りに来る。


 人気者主人公が、悪役の俺なんかにやたらとくっ付くせいで、学園中の令息令嬢にその都度恨めしげに睨み付けられる俺の心労を少しは理解してほしい。いや、わざとか!? 悪役の俺を学園から追い出して、平和を守るために、学園中のヘイトを俺に集めようとしているのか!?


 そうだ、だとしたらこいつの行動に理由がつく。


 こいつは周りに他の奴等がいるときにばかり、やたらと俺の筋肉を触りに来るのだ。「仕方ないなー、どうしてもなんて言われちゃ断れないからな。私はお前に頼まれたら嫌とは言えないからなー」などと、やたらと主張するような大声で言いながら。


 ちなみに俺はそんなことミジンコの欠片だって言ったことないぞ。人気者も陽キャもリア充も、俺のライフを削りに来る天敵でしかないからな! 出来れば視界にも入れたくない存在だ。……話がそれた。


 としたら、この主人公『あああ』が、衆目のあるところで俺に無理強いをされたような事を吹聴し、不可侵であるべき俺のパーソナルスペースに強引に入り込んでくる理由など、ただの一つしかない。


 ――俺の悪行を大勢に分からしめ、味方につけた彼らと共に悪役を断罪追放するための地固めだ!!!


「(何て恐ろしいことを考えてやがる……! 他人を利用するなど、悪役の専売特許なんじゃないのか!? それを、ただでさえ味方の多いヒーローがやったなら、どれだけの戦力がこいつのバックに付くって言うんだ! 味方のいない嫌われ悪役の俺なんて一瞬で消される)……」


 恐ろしさに内心ガクブルな俺は、当然言葉なんて出せるわけがない。恐ろしさのあまり、視線を外す事さえ出来ない……。肉食獣に牙を剥き出された草食動物の気持ちが痛いほどわかる。


 視線を逸らせない俺に、身の程の違いをわからせて満足げな笑みを浮かべる主人公様――うぅっ、恐ろしい。俺、知らないうちに何かやらかしてたんだな? ほんと身に覚えがないケド、悪役補正がきっと働いてたんだな?


「お前が無節操に数多の令息令嬢の気を惹く行動を取るのを、私がどんな思いで見逃してやっていたか分かるか? お前の唯一、絶対は、私だ! 私の目の黒いうちは勝手なことはさせん!!」


 俺の悪行を追求するうちに、『あああ』の怒りがどんどん高まっている。真っ赤に染まった顔をぐっと近付けて来て、はぁはぁと吐く息も荒く断罪の台詞を捲し立てる。俺の鍛え上げたもっちりと膨らんだ大胸筋、腹直筋はもちろん大腿四頭筋までもが奴のゴリゴリした細い身体に押さえつけられる。必死の思いで纏ったごつい筋肉鎧は、主人公の僅かの質量で驚愕のポテンシャルを発揮する筋肉の前では赤子も同然だったようだ。


 ああ……終わった。


 この場で断罪された俺は、なんやかやで男娼に堕とされるんだ……。




 俺はただ、ひっそり穏やかな筋トレライフの破滅フラグ回避生活をしたいだけだったのに。




「ヒロイキ様、発見っ……きゃわわっ!」


 頭上から、俺の大胸筋目掛けて、ふわふわの綿菓子みたいに柔らかな塊が降って来た――と思ったら、銀色の髪をぼさぼさにした、平民聖女ユリーナだった。俺と『あああ』の大胸筋の上に上手く挟まって安心したらしい。


「危機一髪ですぅ~」


 ぺろりと舌を出すのは、悪役の俺に対する威嚇なのか!?


 いつもながら突然降って来る、この柔らかな物体の扱いが分からない俺は、フリーズするしかない。『あああ』から「ちっ」と、音が聞こえてきた気がするが……降りるユリーナが身体を預けた弾みで、地面に飛ばされてしまった様だ。そんなだから、何かの拍子に偶然そんな音が出たんだろう。


「ユリーナ様、今回ばかりはお手柄ですわ! 危機一髪でしたものね、褒めて差し上げますわ」


 息を切らしながら駆け寄ってきたのは、主人公『あああ』の婚約者であり、魔術師団長の娘ソルドレイドだ。


「さぁさ、ユリーナ様。あとは私に任せてお帰りあそばせ? そこに転がる『あああ』の婚約者である私が、責任をもってヒロイキ様の面倒も見ておきますからっ」


「駄目ですよぉ! 今回一番頑張ったのはあたしですよ? ソルドレイド様はあたしに風魔法を掛けただけで、実際にヒロイキ様を魔の手から救ったのはあたしなんですからぁ」


 俺はこんな平民聖女ユリーナと魔術師団長の娘ソルドレイドとのキャットファイトに顔を突っ込むつもりなんてミジンコの欠片ほども無い。ダメだ、思考回路が追い付かない。どうして今回もまた、何もしていない俺に攻略対象の美少女が2人も絡んで来るんだ!? これもゲーム補正か!? 俺に悪役らしく振舞えと云う、世界からの圧なのか!?


「これはなんの騒ぎだ!! ……と、またお前か、ヒロイキ・ブラックマン」


 そこに学友を引き連れて堂々と歩を進めて来たのは、言わずもがな、この学園内では学園長に次いで高い地位を持ち、学園生ながら風紀と規律の番人の役割も担うクリスティアナ姫だ。


 王族らしい風格を持つ心優しい人格者でありながらも、ボンキュッボンのけしからん風貌も相俟って、学園中の人気を集めるスーパーアイドルだ。


 いや、なんで攻略対象で、ミラーボールも地面を転がって逃げ出す、眩しすぎる美少女軍団が体育館裏に集結してるんだ!?


「ほう、騒ぎの原因は……そう云うことか」


 地面に突っ伏した『あああ』に虫けらを見る目を向けたクリスティアナ姫だ。何故だ? と思えば、奴の頭の傍に生えた草の上に赤いテントウムシが悠長に散歩していた。あぁ、驚いた……。いや、納得した、それを見たんだな。


「お前は少し目を離しただけで、要らぬ騒ぎに巻き込まれてくれる。まったくもって目を離せん、困った奴だ」


 クスリと笑いながら近付いたクリスティアナ姫が手を伸ばし、俺の僧帽筋から大胸筋にかけてサラリと指先で触れて行く! なんだこれ、なんのご褒美だ!? 主人公が恨みがましい目を向けて来るけど、そんなことよりこの手――!幸せすぎる、俺、死ぬんじゃね!?


「あまり心配させてくれるなよ?」


 ボソリと、そう耳元で囁いてお姫様は離れて行った。


「ああ~っ! クリスティアナ姫ばっかり、ずるいですぅぅ~!!」


「なっ……! ユリーナ様っ、何度言ったら分かるんですの!? 聖女の立場にありながら、そのように婚約者でもない殿方に馴れ馴れしくなさるなんてはしたないですわ!」


「クリスティアナ姫だってしてたですぅー!」


 平民聖女ユリーナと魔術師団長の娘ソルドレイドが、次々に手を伸ばして俺の上腕二頭筋を掴もうと迫って来る。目の前……いや、足元には恨めし気な視線を向ける主人公。


 まずい、このまま彼女たちに触られたら、俺はきっと動けなくなってしまう! そんなことになったら、この地面の主人公に拘束されて、今度こそ断罪されてしまう!! 取り敢えず、まだ何か言って上腕二頭筋に触れてこようとするヒロイン達と主人公からは、猛ダッシュで逃げた。


 ヒロイン達の声が更に俺を追い掛けてくる。


 俺の『ラブ☆きゅんメモリアル~ファンタジック学園編~』悪役生活はまだまだ続く。気を抜けば、今地面から憎々し気な視線を送って来る主人公に断罪されて僻地の強制収容所送りになるか、男娼に堕とされるか……とにかくゲーム通りならロクでもない未来が待ち受けている!!


 事あるごとにゲーム補正が働く学園生活を無事に過ごす事が出来るのか!?






 俺の穏やかな筋トレライフの破滅フラグ回避生活は、終わらない。






《完》

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おとなし男子の悪役転生!ヒロインとか興味ないので筋トレしてたのに、危機一髪が訪れたみたいです。 弥生ちえ @YayoiChie

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