第2話 プランF

 アイリスによって関谷の死を告げられた後、杉田、黒山、裕子、志保の四人はミーティングルームに移動した。船員の死は、アイリスを通じて速やかに地球の本部長に伝達されている。


「……此度の事態を、重く受け止めている。まずは皆で、関谷君の冥福を祈ろう」


 モニターに本部長の角江が映っている。


「さて、関谷君の死が、コールドスリープ装置の不具合によるものであれば、プランEに移行するのだが……」


 角江はいったん言葉を切った。


「アイリスの報告によると、装置そのものに異常はなかったが、外部からの操作により、温度調整された形跡があるという」


「温度調整?」


 杉田が声を上げた。


「低温に保たれていたベッドの温度が一時的に上昇したことで、関谷君のコールドスリープが失敗し、死に至ったのだ」


「外部からの操作というのは、不正なアクセスが宇宙船の外からあったということですか」


「現時点でそれはわからない。あるいは……こんなことはいいたくないのだが……」


「…………」


「……いや、はっきりいうのはよそう。ただ、これだけいえば十分だろう」


 角江はいった。


「只今より、プランFに移行する。皆の健闘を祈る」


 プランF――予定されていた船内、船外活動を中止し、犯罪者を探し出すこと――この内容はチームのリーダー、すなわち、杉田しか知らない。


「プランFって何」


 裕子が腕組みして訊ねた。杉田が口を開く。


「みんな、聴いてくれ。只今より予定されていた船内、船外活動をすべて中止する」


「何ですって」


「我々が今優先して行うべきことは、関谷を殺した犯人探しってことだ」


「この中に犯人がいるっていうの」


「犯人の居場所は三つ。おれたち四人の中か、船内に潜む第三者か、宇宙船の外だ」


 全員一瞬黙った。


「……まさかとは思うけど、杉田くんはわたしたちのこと疑ってないよね」


「本部長はそうではないらしい。おれもみんなを疑いたくはない」


「本部長の話では、智一のベッドの温度が外部から操作されたようだが、それができるのは技術者しかいないぞ」


 志保に視線が注がれた。


「えっ……あたしじゃない」


「そうよ。だって志保はずっと眠っていたじゃない」


「自分のベッドを操作して、ずっと眠っていたように装うこともできるだろう」


「ひどい」


 裕子が志保をかばった。


「確かに志保は高度な技術者だが、ベッドを操作すればアイリスに記録が残るはずだ」


 杉田はアイリスに呼びかけた。


「ベッドを操作した人間の履歴を、操作内容と合わせて直近から遡って教えてくれ」


『はい。杉田謙治と黒山徹が関谷智一のベッドを手動に切り替えました。杉田謙治と黒山徹が笹沢志保のベッドを手動に切り替えました。黒山徹がベッドから起床しました。帆苅裕子がベッドから起床しました。杉田謙治がベッドから起床しました。以上です』


「ほら、志保は操作してない」


「アイリスに記録が残っている中では、な」


「どういう意味」


「宇宙船が出発する前に、関谷のベッドに不正なプログラムを仕込んで、指定した時間になると温度が上昇するようにしたとか」


「……どうして、志保を犯人にしたいの……?」


 裕子が涙声になる。志保はすでに泣いていた。


「黒山さん、早急に結論を出すのはよそうよ」


「それもそうだ。結論を出すのは今でなくてもいい。一時間後でも構わないしな」


「ひどい……ひどい!!」


 裕子は泣き崩れる志保を抱くと、ミーティングルームからパーソナルスペースの方へ移動していった。


「黒山さん、あんないい方しなくてもいいでしょう」


「俺はな、杉田。余計なことで時間を潰したくないだけなんだ」


 黒山は苦い顔をした。


「智一の死は確かに悲劇だ。だが、俺たちは常に死と隣り合わせに生きている。仲間が死ぬたびに泣いたり立ち止まったりしていられるか」


「うん……」


「今回のケースは、ベッドに不正な操作ができるという一点で、志保以外に犯人は考えられない。お前はずいぶん遠慮した物言いをしていたが、この船の中に第三者が潜んでいるなんて馬鹿馬鹿しいし、ましてや船外など論外だ」


「黒山さんのいう通り、おれも第三者が船内にいるとは思わない。船外から智一のベッドだけを狙って不正なアクセスがあった、なんて考えもナンセンスだと思ってるよ」


「それじゃあ話は――」


「いや、違うんだ。おれが疑問に思っているのは動機の点なんだ」


「動機? おいおい、そんなことどうでもいいだろう、お巡りさんじゃあるまいし」


「でも、志保が智一を殺す理由がわからない。あいつらの関係は……いやおれたちメンバーの関係は全員良好だったはずなのに」


「若いな、杉田。物事の表面しか見てないだろ。あるいは見れない、か。人間関係なんてのは基本的に複雑なものなんだよ」


「……悪い、黒山さん。一時間だけ時間がほしい。できれば志保にも話を訊きたい」


「構わんよ。だが……ほだされるなよ?」


 黒山がパーソナルスペースへと移動し、ミーティングルームには杉田一人になった。


「アイリス。パーソナルスペースの利用状況を教えてくれ」


『現在、帆苅裕子と笹沢志保がともに笹沢志保のパーソナルスペースにいます。つい今しがた黒山徹が自身のパーソナルスペースに入室しました』


「角江本部長」


 モニターに角江の顔が映る。


「話は聞かせてもらった。黒山君によって笹沢君が犯人という流れが作られたな」


「はい」


「黒山君はメンバーの中では最年長で落ち着いているが、任務を優先するあまり配慮のある言動に欠ける面がある。たとえ間違った方向でも自分が『正しい』と思ったら突き進むタイプだ」


「その通りだと思います」


「先ほどこちらの方で調べが終わった。きみたちの宇宙船に対する不正なアクセスは認められなかった。つまりこれで外部犯の線は完全に消えた」


「まあそうでしょうね……。できればそうであってほしかったですが」


「内部犯ということになれば、プランFの捜査責任者であるきみも容疑者の数に含まれる」


「心得ています」


「プランFの進行次第では、私は非情な決断を下すこともある」


 非情な決断とは、宇宙船の破壊措置のことだ。すべてを無かったことにして、希望に満ち溢れた明るい宇宙計画に一点の翳りも生じさせない。


「杉田君。私を失望させないでくれたまえ。良い報告を待っているよ」


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