コールドスリープ殺人事件

大沢敦彦

第1話 目覚めの時

 杉田謙治は、コールドスリープ終了とともに目を覚まし、ベッドから起き上がった。ガウンを羽織り、そのまま裸足で”寝室”から自動扉を抜けて外に出る。短い通路を移動すると、明るい円形のミーティングルームにつながっている。


『おはようございます。杉田謙治リーダー』


 ミーティングルームに入ると、機械音声が流れた。


「おはよう、アイリス」


 コーヒーメーカーが音を立てて呼んでいる。マイカップにコーヒーを注ぎ、杉田は一口飲んだ。


「美味い。きみが淹れるコーヒーは最高だ」


『ありがとうございます』


 アイリスは、宇宙船の管理AIで、船内外の状態を常に把握し、船員の活動を補助する。


「やっぱり、杉田くんが一番か」


 自動扉が開いて、ガウンの紐を結びながら帆苅裕子が入ってきた。


 杉田は、裕子のカップを取ると、コーヒーを注いで手渡した。


「ありがと」


 裕子は両手で温かいコーヒーを飲んだ。杉田は傍に寄り添い話しかけた。


「落ち着いていられるのはこの時だけだな」


「まったく。ここも地球とたいして変わらないものね」


 カップをテーブルに置くと、杉田は裕子を後ろから抱き締めた。うなじに口づけし、手をガウンの胸元に差し入れる。


「熱いコーヒー、ぶっかけられたい?」


「好きなくせに」


 やわらかい乳房を揉み、ガウンの紐をほどこうとした時、人の気配を察して二人はあわてて離れた。


「ふああ……もう仕事の時間だぜ……」


 黒山徹が大あくびしながら入ってくる。宇宙船内で最年長の大男だ。


『おはようございます。黒山徹サブリーダー』


「おはようさん、アイリス」


「黒山さん、おはよう」


「おはようございます」


「二人ともおはようさん」


 裕子が黒山のカップを取ってコーヒーを注いだ。


「おっ、サンキュー」


 黒山は一口飲み、ほうと息を吐く。


「ほっと一息つけるのは、今この瞬間だけだな」


「黒山さん、杉田くんとおんなじこといってる」


「アハハ。で、まだ起きとらんのは……志保と智一か」


「起こしましょうか? 『もしもし朝ですよ』って」


「ガキじゃあるまいし。それに、一番の寝坊助は船内掃除をやらせると決めてあるからな。志保と智一のどっちがやるはめになるか……」


「志保は相当嫌がるでしょうね。以前、”トイレ事件”の時に……」


「あれは傑作だったな! あの時の志保の顔といったら!」


 三人は思い出して大笑いした。


 それから三人で、これからの船内、船外活動について話していたが、もはや話すことがなくなり、コーヒーのおかわりもいらなくなった。


「遅いな」


 黒山が、空のカップを手に自動扉を見やった。何の物音もしないし、人が起きてくる気配もない。


「ちょっと遅すぎますね。見てきます」


「待て、俺もいく」


 三人はミーティングルームから通路を移動し、”寝室”に入った。


「志保」


 裕子が手前のベッドに近づいていった。ベッドは、強化プラスティックでできた透明のカバーで覆われており、中の人間が生体反応を示すと自動で開く仕組みになっている。コールドスリープ中は仮死状態で開かないが、目を覚ますと開く。志保はまだ眠っている。


「手動で開けようか」


 杉田が提案した。あらゆる事態を想定し、手動でカバーを開けることもできた。もっとも、かなり限られたケースであるため、自動開閉から手動開閉に切り替える際は、チームのリーダーとサブリーダー両方の認証が必要である。


「よし」


 黒山が頷き、杉田とともにカバーに手をかけた。


「志保……志保!」


 裕子が眠っている志保の体を揺すった。志保は一瞬、ビクッと体を震わせると、ぱっと目を開いて裕子を見返した。


「……裕子」


「んもう、心配するじゃない。いくらなんでも寝すぎよ」


「ごめんなさい」


「はいはい、殿方はあっちにいっててくださいな」


 裕子は杉田と黒山を追い払った。コールドスリープは全裸で行われるためだ。殿方は肩をすくめると、残る一人のメンバー、関谷智一が眠るベッドに移動した。


「……おい、起きろ」


 先ほどと同様、二人でカバーを開くと、黒山がまず声をかけた。


「お前が一番の寝坊助だ。船内掃除、頑張れよ。ハッハッハ」


 黒山が関谷の頬を軽く叩いた。


「智一?」


 妙な違和感があり、杉田は関谷の肩を揺すった。


 関谷は揺さぶられるまま、何の反応も示さない。


「お、おい、アイリス。関谷はどうなってる」


『現在、処置を試みています。関谷さんから離れてください』


 関谷のベッドを挟み、杉田と黒山は顔を見合わせた。


「どうしたの」


 裕子と、ガウンを着た志保がやってきた。


「今、処置をしているところだ」


「処置……」


 みるみるうちに、裕子の表情が青ざめていく。


 何度か心臓マッサージが行われるのがわかった。


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