第32話 さすがレイチェル様

翌朝、アルフレッド様と一緒に馬車に乗り込み、学院を目指す。昨日はアルフレッド様に抱きしめられながら眠るという、夢の時間を過ごした。アルフレッド様も私と一緒に眠ったせいか、ご機嫌だ。


朝から絶好調の私たち。でも馬車から降りると…


「おはよう、クリスティーヌ嬢、アルフレッド殿」


「おはようございます、お2人とも、昨日はものすごい勢いで帰られた様ですが、何かありましたか?あの…クリスティーヌ様、アルフレッド様、先日は私のせいで嫌な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。どうかまた、私とも仲良くしてくださいませ」


私達の前に現れたのは、カロイド殿下とカリーナ殿下だ。さらにカリーナ殿下が大きな声で、目に涙を浮かべながらそんな事を言うものだから、周りも注目している。


「カリーナ殿下、こちらこそ申し訳ございませんでした。昨日は大切な用事がありまして、急いで帰ったのですわ。こちらこそ、どうか仲良くしてくださいませ」


周りから注目されている以上、貴族としてこう答えるしかない。すると


「まあ、本当ですか?それでしたら今日、ぜひ王宮に遊びに来てください!いいでしょう?お兄様」


「もちろんだよ、2人が遊びに来てくれるなら、大歓迎だ!」


この猿芝居にカロイド殿下まで乗っかって来た。こんなに大きな声で言われたら、周りからの視線の手前、断れないじゃない。どうしよう、もう王宮になんて行きたくないのに。


その時だった。


「おはようございます、皆様。申し訳ございません、カリーナ殿下、カロイド殿下。クリスティーヌ様は今日、私と会う予定をしておりましたの。私達、すっかり仲良くなったでしょう。あっ…でも、王族の方たちとの約束の方を優先すべきですよね…カリーナ殿下は王女様、私は、しがない一貴族…これが貴族社会というものですわよね。クリスティーヌ様、どうか王族の方を優先してくださいませ。とても楽しみにしておりましたが、王族の方が相手では致し方ありませんわ!本当に楽しみにしておりましたが…」


さすが前世で演劇部だったことはある。レイチェル様が目をウルウルさせ、切なそうに私を見つめたかと思うと、悲しそうにカリーナ殿下たちを見つめているわ。さすがに王族の権限を利用して、既に先約済みの私たちの約束をすっぽかせだなんて、言えないだろう。


さて、どうするのかしら?


「先約があったのなら仕方がないね。カリーナ、今日は諦めよう」


「…分かりましたわ。では明日は…」


「申し訳ございません。しばらくはクリスティーヌ様と一緒に、新作のお菓子の開発をする予定でおりますの。昨日私の作った苺大福をすっかり気に入って下さったでしょう。それで、2人で他のお菓子を開発しようという事になって。ですので、1年くらいは申し訳ないのですが…」


再びウルウル目で、殿下たちを見つめている。


「さすがに1年だなんて。それじゃあ私はずっとアルフレッド様と一緒にいられないじゃない!あっ、いえ…何でもありませんわ…」


急いでカリーナ様が口を押えた。ただ、それを見逃すレイチェル様ではない。


「まあ、カリーナ殿下はアルフレッド様にご好意を持っていらしたのですか?それは知りませんでしたわ。でも、アルフレッド様はクリスティーヌ様と既に婚約する事が決まっていると聞いております。いくら王族だからって、既に婚約が決まっている相手に近づこうとするのは、どうかと思いますわ。そう思いませんか?カロイド殿下」


さすがレイチェル様、言いにくい事をズバッと言ってくる。これは下手をすると、王族から文句を言われるかもしれないギリギリのラインね。大丈夫かしら?


「確かに君の言いたい事は分かるが、それでも2人は婚約を結んだわけではないよね?」


「そうですわ、お兄様の言う通りです。ですから私にもチャンスがあるという事ですわ」


「確かにお2人はまだ、婚約を結んではいませんが、それでもこれほどまでに仲睦まじいのですよ。誰が見ても、婚約を結ぶことは一目瞭然。それなのに、あろう事か王族の方たちがお2人の仲を引き裂くような事をなさるのは、いかがなものでしょう?皆様、私の言っている事、間違っていますか?」


コテンと首を傾げ、周りにいる貴族たちに問いかけるレイチェル様。


いつの間にか集まって来ていた貴族たちの視線に気が付いたカロイド殿下が


「確かに君の言う通りだね。仲睦まじい2人の仲に割って入ろうと考えた僕が間違っていたよ。アルフレッド殿、クリスティーヌ嬢、本当にすまなかった。僕は君の事を諦めるよ。カリーナにも諦めさせるから、どうか許して欲しい」


「お兄様!何をおっしゃっているのですか?私は…」


「それじゃあ僕たちはもう行くよ。行こう、カリーナ」


カロイド殿下が私達に頭を下げると、珍しく不満そうな顔を露わにしているカリーナ殿下を連れて去って行った。一応彼は、王太子で貴族たちの気持ちに寄り添った人として評判だ。きっと自分の評判を落としたくはなかったのだろう。


それにしてもレイチェル様、さすがね。


「レイチェル様、助けていただきありがとうございました」


レイチェル様に頭を下げた。ただ


“さすがいっちゃん、やるわね”


と、目で送ると


“当然よ。私を誰だと思っているの?あの腹黒王太子と性悪王女は私に任せて”


と、目で送って来た。私たち、前世からずっと親友だったのだ。相手の考えている事は、手に取る様にわかる。


ここにきてレイチェル様(いっちゃん)という強力な味方の存在が、心強くてたまらない。このまま、何もかもうまくいくといいのだが…

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