危機一髪

金谷さとる

見知らぬ土地で

 ちびっ子を見かけたのはあてがわれた部屋から出れる中庭でだった。とてちて我が物顔に。時折り虫に視線を奪われて。

 というわけで回収してあてがわれた部屋に連れこんだ。

 小脇に抱えたり、肩に軽く担いでみたらすぐに懐いたあたり警戒心が薄い。

 庭に棘のありそうな植物はわからなかったが、幼児に配慮した庭ではないんだよなぁ。細い水路と池もあるし。

「あ。バナスがどうして?」

 シルヴァが料理のワゴンを押して戻ってきたらちびっ子の名前を教えてくれた。

「庭でとてちて歩いてたぞ。池に落ちたらあぶねぇからな」

 ワゴンの上を見て目を輝かせるバナスをつついておく。

「食いたいなら手ぇ洗うぞ」

「るゔぁ?」

 シルヴァが肯定したらしくバナスは諸手をあげて奇声を発する。

「あ、シルヴァ、ナバスが食えるもんあんの?」

「一応量はありますよ」

「ふぅん。じゃ、手ぇ洗ってくる」

 バナスを小脇に抱えて手洗い場に。

 バナスは揺すってやるとはしゃぐので気に入ったらしい。

 ちょっとはしゃぐぐらいであんまり激しいわけじゃなくて悪い気はしない。

 大人しく手洗いもちゃんとするし、手を拭いてやるにもタオルを持った俺におとなしく手を差し出すのでものすごくいい子ではないだろうか?

「これが、日頃の躾のたまもの?」

 また小脇に抱えて部屋に戻るとシルヴァがテーブルに食事を並べていた。

「シルヴァ」

「なんでしょうか。……アズ」

 敬称を付けない事にものすごく抵抗があるような反応に笑いが込み上げる。

「ん。わりィ。あわせてくれてありがとな。それは置いといて、バナスにはアレルギーつーか食えねぇ物とかまだ食ったことのない物とかは大丈夫なんだな」

 うちの弟どもはマジ雑食だが親族のねえさん達はクッソうるさかったからな。

 小麦がダメだの、甲殻類がダメだの、花粉が殺しにくるだの弟の子守りに雇われた(縁故雇用)ねえさん達はなかなか大変そうだった。

 つまりそこで得た知見は口にしてはならない死を呼ぶ安全なはずの食品が存在するということである。

 そう、俺の部屋(客間)起因で死者を出すの(しかも幼児)は俺的に気分が悪いことだろう。

「え? 食べられないものは食べないのでは?」

 シルヴァさん?

「イヤ、死因になったとしても『美味さ』はあるから食うんじゃないか? チビなんて気を抜けばその辺の草も積み木だって食うだろ?」

「そう、なんですか?」

 ちょっと頭を抱えた俺はシルヴァにわかる奴呼んでこい。ついでにここにこのチビいるの伝えてこいと追い出すことにした。

 箸で肉を突き刺してチビから遠い位置で口に投下する。

 んま!

「シルヴァがバナスの食える物わかってなかったんだから食えねーの。ま、んなもんだわなぁ」

 ぱたぱた不愉快そうに手足を動かしているバナスにすこし心配になる。

 あんまり元気じゃなくね?

 膝にぽんと座らせたらきょとんと俺を見上げてからおとなしくしているし、暴れて脱走とかしようとしてねぇし?

 ちょっともぞもぞはするけど、手遊びで夢中だし?

「ちょっとお利口が過ぎませんかね。バナスクン」

 ……うちの弟が掴みどころのない釣り上げられた魚のようなタイプ過ぎるのか。

「バナス!」

 メイド服のお姉さんがつっこんできてバナスを回収した。

 露出控えめメイド服は体のラインを抑えてしまっているけれど、それなりに胸が大きい。なんつーか、眼福である。

 生メイドいいね。

「そこの庭で見つけたから部屋に招いたんです。ひとりで帰れるかわからなかったので」

 困ったような笑顔をむけるとメイドのお姉さんはテーブルをちらっと見る。

「あー、手を洗っただけでまだなにも食べさせていないんです。よろしければなにを食べさせていいか教えてもらえませんか?」

 ん?

 シルヴァさんなに奇異なモノを見たかのようなご表情なんすか?

 使用人はポーカーフェイスがオススメですよ。

 ほら、俺用の食事だからさ。幼児には味がむかねーモンもあるだろう?

 メイドさんがにっこり笑って「お気遣いありがとうございます。そちらのお食事はお客様の物です。保護ありがとうございました」と宣い、退出していった。

「えー。一緒にごはんって誘ったのに俺チビからしたら嘘つきじゃん。しゃーねぇなぁ」

 にんまりする。

「じゃ、シルヴァが一緒に食ってよ。誰かとごはん気分だったんだよな」

「おなかすいているのでは?」

「まぁ、この量はひとりで完食できるさ。だからさバナスが食ったかもって量だけどな。……それともあの幼児もうこれくらいの量食っちまうとか?」

 シルヴァはすこし考えてから、「無理だと思う」と呟いた。

 うん。そこまでバナスと関わってねぇよな。お前。

 普通そんなもんだよなぁと納得する。

 ぱっと見は似てないから血縁ではなさそうだし、集団生活でも『仕事』を割り振られているシルヴァは必然的に幼児に関わる時間は少ないんだと思う。

 俺も、すぐ下の弟が拗らせてなかったらチビの育児情報なんざ関わりたいとは考えてなかったし。

「ま、食おうぜ? あと、後ででいいからさバナスんとこ遊びに行こうぜ?」

「よくわからない奴だと思う」

「ん? バナスが?」

 幼児なんて理解不能だよな。嬉々として死に突っ込んでいく生き物だし。

「アズが」

「はっあー? 俺はクソ、……母親に振り回されて気がついたら見知らぬ場所に連れ込まれたか弱い少年だぞ?」

 あ。

 シルヴァがまた俺を奇異なものを見る眼差しで見てやがる。

「なに。バナスに会いにいくのマズイの? なんなら先に確認してくりゃいいだろ? 俺はおとなしく部屋にいてやるよ」

 庭に出たのもダメだったのかねぇ?

 一応救命第一に動いたんだけどね。

 食事を終え、ワゴンを持って行く時、シルヴァは「確認してきます」と言って出ていった。

 とりあえず情報を得るには行動範囲を広げる必要があるからなぁ。

 整えられた質の良い客室。

 慣れた味ではないけれど、美味しいと思える食事。

 扱いが悪いと思えない分、情報がないことがこわい。

 ここはどこで。

 ここはなんであるか。

 なぜ、俺はここに連れて来られたのか。

 ここは居心地のいい監視付きの牢だ。

 そもそもクソババァが若く見られたいなら俺より年下の弟でもよかったはずで……。

 ふと下の二人でなく、もし連れ出していたのがすぐ下の弟だったらと思う。

「よし! 危機一髪! ワンオペがんばっててくれ」

 いやぁ、あぶなかった。

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危機一髪 金谷さとる @Tomcat

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