饅頭ルーレット
伊南
一回戦
「…………」
「あら、サルガス皇太子に当たりましたか」
サロンの床に跪き、咳き込んで呻いているサルガスをアリアは小さく笑いながら見下ろしていた。
「だ、大丈夫か⁉」
慌ててリゲルが駆け寄りサルガスの背中をさすりながら、こちらを見下ろす女性を睨みつける。
「……アリアお前、何を入れた……⁉」
「…………」
リゲルの問いかけに対し、アリアは小さな笑みを浮かべたまま口を開いた──。
─ ☆ ─ ☆ ─ ☆ ─
……時間は少し遡る。
「皆さん、お待ちしてました!」
サロンの中。にこにこ笑顔でアリアが、その後ろに控えていたエルナトが頭を下げて皆を出迎えた。
呼び出された面々──リゲル、シリウス、サルガスは二人がいる所まで進み──そこで、テーブルに乗せられた物を見て「?」と首を傾げる。
テーブルには皿が三つあり、それぞれうす茶色の小さな丸い物が五個ずつ乗せられていた。表面はつやつやしていて光沢があり、初めて見る物に三人は顔を見合わせた。。
「……これは何だ?」
真っ先に疑問を口にしたリゲルに対し、アリアは少し胸を張って得意気に笑った。
「これはですね、私の国にあった饅頭っていうお菓子です! 試行錯誤してやっと開発に成功しました」
「マンジュウ?」
「はい、饅頭です。折角ですから皆さんにも食べて頂こうかと思ってお呼びしました」
「……どういう食べ物ですか?」
饅頭をじっと見ていたシリウスがアリアの方に視線を移して質問をすれば、それに対しアリアは「ええと」と言いながら少し考え込んだ後で口を開く。
「小麦粉を練って作った生地で餡……だと通じないかな……固いクリームみたいな物を包んで蒸し上げたお菓子になります。クリームはチョコレートとかマロンとか色んな種類がありますよ」
「へえ……」
その説明にシリウスが再び饅頭へ視線を落とす中、アリアはイタズラを企む子どものようにニンマリとした笑顔を見せた。
「でもただ食べて頂くのもつまらないので今回は趣向を凝らしました。名付けて『饅頭ルーレット』です!」
「は?」
眉を潜めたリゲルをスルーしてアリアの言葉は続く。
「ここに三つのお皿があります。一皿につき饅頭は人数分の五個ですが、この中に”当たり”がひとつ入っています」
「”当たり”……?」
含みのある言い方にサルガスも怪訝な表情を浮かべるけれど、アリアの説明はさくさく進んでいく。
「このうち四個は普通の饅頭です。が、当たりの饅頭はそれぞれ激辛と激渋と激酸っぱい中身になっています」
「おい待て何だその嫌がらせは」
「初めて食べさせる物でする事ではないと思うが……?」
間髪入れずにツッコミを入れたサルガスとリゲルに対し、アリアはにっこりと微笑みを返した。
「大丈夫です。当たりを引いた方にもちゃんと普通の饅頭を後で差し上げますのでご心配なく」
「大丈夫の意味が判らん」
「別に普通のマンジュウが食べられない心配をしてる訳じゃない」
「…………」
それを聞いたアリアは頬に右手を当て、大きくため息をついた。
「そうですか……残念です。ベテル様が腕によりをかけて作った饅頭でもあるのに……」
「…………お前、卑怯な言い方を…………」
「事実しか言ってませんよ?」
……尊敬している、兄のベテルの名を出されてはリゲルは断れない。顔を引きつらせたリゲルへアリアは聖女らしい笑みを浮かべ、今度はサルガスへ顔を向ける。
「サルガス皇太子はどうされます?」
「……流石にベテル王が作ったと聞かされて断る訳にはいかないだろう」
返事を聞いてアリアは満足そうに笑い、残りの二人へ顔を向けた。
「シリウス様とエルナトさんも食べて頂けますか?」
「はい、頂きます。マンジュウがどんな物か気になりますし」
「……ボクも頂きます」
「良かったです」
にこにこと笑いながらアリアはポン、と手を叩く。
「──それじゃ、早速始めましょうか!」
そう言ってアリアは一皿を手に取り、皆にひとつずつ饅頭を取らせて──……その後行き着いたのが冒頭の状況である。
─ ☆ ─ ☆ ─ ☆ ─
「……めちゃくちゃエグみと渋みが強くて後味が悪い! 何をしたらこんな味になる⁉」
咳き込み過ぎて若干涙目になりながらサルガスがアリアを見上げれば、視線の先にいた女性はふふっと笑った。
「調理過程で省いた渋皮をひたすら煮詰めて凝縮した液を餡……クリームに混ぜてます」
「アリア嬢もベテル王も馬鹿じゃないのか⁉」
「これでも控えめなんですけど……あ、エルナトさん。飲ませるなら紅茶じゃなくて白湯を。紅茶だと渋みが更に強くなります」
「え……あ、はい」
サルガスへ紅茶を渡そうとしたエルナトへアリアが言葉を飛ばし、シリウスがそれに反応して首を傾げる。
「……控えめとか白湯が良いとか、随分具体的な事を仰ってますが……もしかしてアリア様、ご自分で食べられてます?」
「はい、そうですよ」
あっさりした回答にサルガスは唖然とした顔で、他の三人は顔を見合わせてからアリアを見た。皆の様子を見ながらアリアは不思議そうな顔で口を開く。
「流石に味見もしてない物をお出しはしません。完全に食べられない代物を出す訳にもいきませんし……元々作ってる途中の失敗作をベテル様と食べて話しながら思いついた事ですから」
その言葉を聞いたサルガスは信じられない物を見るようにアリアへ顔を向けた。
「……その口ぶりだと……これ以上の物をアリア嬢とベテル王は食べたと……?」
「はい。……あ、激辛饅頭は完全にこのためだけに作ったので私だけですけど」
「……………………」
サルガスは絶句して。
それからエルナトに渡された白湯を一気に飲み干してから立ち上がる。
「……なるほど、判った。次にいこう」
……変なスイッチが入ったな……。
アリアとサルガス以外の三人の頭に同じ言葉が浮かんだが、止められる気もしなかったので誰も何も言わなかった。
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