謝れるということの大切さ

九傷

謝れるということの大切さ

 


 自分の受け持っているクラスの生徒が、暴力事件を起こしてしまった。

 厳密には喧嘩に分類されるのだろうが、手を出したのは一方だけでもう一方は無抵抗だったという。

 この場合、どうしても手を出した方を叱らざるを得なくなる。



「……どうしても謝る気はないのかな?」


「だって、謝ったら負けたことになるし」


「謝罪に勝ち負けは関係ないよ」



 謝罪できない人間の中には、謝罪イコール負けることと認識している者がいる。

 プライドが高かったり負けず嫌いなタイプに見られがちなパターンだが、潜在的にこう考える人間は意外に多い。

 謝罪したと見るや責め立てるような昨今の傾向も、そういった考え方になりやすい一因に思える。



「でも、俺から謝ったら、俺の方が悪かったって認めることになるし」


「そんなことはない。私は、悪意ある言葉は暴力になり得ると思っている。だから、先に言葉で挑発した園崎君も悪いと思っているよ。ただ、それはそれとして手を出した高橋君も悪いと思っている。高橋君にだってその自覚はあるだろう?」


「それは、まあ……。でも、やっぱり、俺から謝るのは……」


「私は、先に謝れる方がカッコイイと思うけどね」


「え……? それは、なんで……?」


「その方が大人……、いや、違うな。一人前の人間に見えるから、かな」



 残念ながら、大人にも自分の非を認めて謝ることのできない人間は多い。

 だから、その方が大人と形容するのは間違っている気がした。



「一人前って、どういう意味?」


「自分一人で物事を判断し、行動できることだよ」



 それはつまり、自立するということだ。

 子どもにそれを求めるのは酷なことかもしれないが、私としては子どものうちから覚えていくのが大切だと思っている。

 特に謝ることに関しては、なるべく早いうちから覚えてもらいたい。

 じゃないと、謝るべきときに謝れない、駄目な大人になってしまうかもしれないから。



「……でも、俺は……」


「まあ、高橋君の気持ちはわかるよ。自分から謝るのは、とても勇気のいることだからね」



 自分が悪かったと認め、謝ることは勇気のいることだ。

 悪いのだから謝るのが当然という考え方はあるけれど、それが簡単にできるのであれば、世の中はもっと平和に違いない。

 怒られるかもしれない、罰せられるかもしれない、世の中から悪者扱いされるかもしれない……

 そんな恐怖から逃げたくなる気持ちは、誰にだってあるのではないだろうか。

 だから、その恐怖から逃げずに自分から謝れるということは、実際に凄いことなのだと思っている。

 大人になってもそれができない人間が多いというのが、その証拠ではないだろうか。


 だからこそ、子どものうちからキチンと謝れるようになることが大切だ。

 幸いのことに私は、それを幼い頃に知ることができた――





 ◇





 自分で言うのもなんだが、私はあまり手のかからないタイプの「良い子」だった。

 大人の言うことはちゃんと聞いたし、礼儀も正しかったので、両親だけでなく幼稚園の先生や他の親御さんからも評判が良かったと聞いている。


 そんな私が小学生に上がった頃、事件は起きた。



 私には近所に同い年の友達がおり、その子とは家族ぐるみの付き合いがあった。

 互いの家に親同伴で遊びに行くことも多く、子どもは子ども同士で遊び、親は親同士で談話していた記憶がある。


 事件の日、私は友達の部屋で遊んでいたのだが、ちょっとした言い争いから取っ組み合いの喧嘩にまで発展してしまった。

 原因は覚えていないが、恐らくはささいなことだったのだと思う。

 よくネットなどで「争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない」というセリフを目にするが(出典は漫画のセリフらしい)、子ども同士の喧嘩というのはまさにそれで、普段大人の言うことを聞く私でも、そのときは子どもらしく感情のまま暴れたような気がする。

 ……まあ、取っ組み合いと言っても所詮は子ども同士であるため、せいぜい叩いたり押したりといった内容だった。

 ただ、運が悪かったことに、友達に押されて転倒した際、その友達が大切にしていた玩具が壊れてしまったのである。



「うわぁーーーーーん! たっくんがロボット壊したーーーーっ!」



 それまで一緒になって暴れていた友達は、壊れた玩具を見た瞬間大声で泣き始めた。

 そしてそれを聞きつけた母が慌てて駆け付け、その惨状を見るや否や、私は大声で叱られた。


 大人になった今でも、あれはショックだったことを覚えている。

 何せ、物心がついてから初めてまともに叱られるという経験をしたので、最初は涙すら出なかった。

 何を言ったかまでは覚えていないが、私は子どもなりに言い訳をしたのだと思う。

 しかし母は聞く耳を持たず、私はそこでやっと泣きわめき、次の瞬間家を飛び出していた。


 今思えば、あのとき母は私を叱るしかなかったのだと思う。

 たとえ私だけのせいじゃなくとも、結果的に人様の子の玩具を壊してしまったのだから、親として叱るのは当然だ。

 そして私も、そこで素直に謝るべきだったのだろう。


 しかし、幼い私にはそんなことが理解できるはずもなく、謝る気なんて全くおきなかった。

 頭にあったのは、母や友達に対する怒りだけである。


 そのとき初めて、親に対する反抗心というものが芽生えたのだと思う。

 そんなに私を悪者にしたいのであれば、いっそ本当に悪い子になってやろうと――



「君、どうしたの?」



 そんなことを考えながら公園の遊具の中で泣いていると、見覚えのないお姉さんが顔を覗かせ声をかけてきた。

 私は最初そのお姉さんのことを無視していたが、しつこく話しかけてくるので何があったのかを話した。



「それは、辛かったね……」


「……うん。だから、どうせ悪い子だって決めつけられるなら、本当に悪い子になってやろうと思ってるんだ」



 私がそう伝えると、お姉さんは少し不思議な顔をしてから腕を組んだ。



「ん~、君、悪い子になりたいの?」


「うん」


「そっかぁ……、それじゃさ、お姉さんと一緒に悪いことしよっか?」


「え?」



 お姉さんはそう言うと私の手を引き、公園の外へ連れ出した。

 一体どこに連れていかれるのかと思ったら、すぐ近くの民家の前で立ち止まる。



「ここでいっか。よし、ピンポン押して」


「ええ?」


「ホラ、早く!」



 私は何がしたいのかさっぱりわからなかったが、言われるままに呼び鈴を鳴らしてしまう。

 そして――



「よし! ダッシュで逃げるよ!」



 お姉さんはそのまま私の手を引いて走り出した。



「え? え? えぇ~~~~~っ!?」



 私はワケもわからないまま、引きずられないよう必死に走った。

 なんだか、とても胸がドキドキしたのを覚えている。


 民家が見えなくなるくらいまで走ってから、お姉さんが立ち止まって振り返る。



「はぁ……、はぁ……、どうだった?」


「ど、どうだったって、何が?」


「ピンポンダッシュだよ! 悪いこと!」



 そのときの私はピンポンダッシュという行為を知らなかったが、言われて確かに悪いことをしたということは理解できた。



「えっと……、なんか、ドキドキしました」


「フフッ、私も! それじゃあ、次は何しようかなぁ~」



 その後もお姉さんは私のことを連れまわし、色んな悪いことを教えてくれた。

 私はそれが段々と楽しくなり、最後の方はすっかり笑顔になっていたと思う。

 悪いことは楽しいことだ、これなら悪い子になれそうだ……と。

 しかし、そんな私をあざ笑うかのように……、いや、それどころか満面の笑みを浮かべ、お姉さんは言った。



「それじゃあ、最後に謝りに行こうか!」


「……え?」


「え? じゃないよ。悪いことをしたら、ちゃんと謝るんだよ?」


「で、でも、悪い子になるって……」


「悪い子でも良い子でも、悪いことをしたり人に迷惑をかけたらちゃんと謝るの! ほら行くよ!」



 私は再び、お姉さんに手を引かれて歩き出す。

 しかし、それまでとは違い私の足は重く、半ば引きずられるような状態になってしまった。

 怖かったのだ。また叱られるのが。



「お姉さん! 僕いやだよ! 謝りに行きたくない!」


「駄目! ちゃんと謝らなきゃ、きっと君は後悔することになるよ!」



 お姉さんの言葉の意味を、幼い私は理解できなかった。

 だから、ただただ嫌でしょうがなかった記憶がある。


 そして、私たちは一番最初にピンポンダッシュをした民家の前に戻ってきた。

 お姉さんは迷わず呼び鈴を鳴らす。



『は~い』


「すいません、先ほど呼び鈴を鳴らした者です」


『はい? ちょっと待っててくださいね』



 出てきたのは、母よりも少し年配の女性だった。

 怖そうな雰囲気はなかったので、私は少し安心したように思う。



「先程は呼び鈴を鳴らして逃げてしまい、すみませんでした」


「ああ! さっきの! でも、なんでそんなことを……? あ、もしかしてその子が――」


「いえ、私がやらせました。悪いのは私です」


「っ!?」



 それは違うと思った。

 何故なら、悪い子になりたいと言ったのは自分で、お姉さんはその手伝いをしてくれただけなのだから。



「ち、違う! 悪いのは、ぼ、ぼ、ぼ、僕、で……」



 自分が悪いとはっきり言いたかったのに、怖くて声が途中で途切れてしまった。

 でも、そんな私を見てお姉さんは優しく笑顔を浮かべ、頭を撫でるようにして下げさせる。



「本当に、すみませんでした」


「す、すみません、でした」



 気付けば私は、謝りたくなんかなかったハズなのに、お姉さんにつられるように謝罪の言葉を口にしていた。



「……成程。わかりました。そういうことであれば、許しますよ。ちゃんと謝れて偉いわね、坊や」


「っ!」



 女性はお姉さんと同じように、私の頭を優しく撫でてくれた。

 私はそのとき、何かから解放されたような得も言われぬ感覚に襲われたのを覚えている。


 恐らくあの女性は、私たちのやり取りから何かを察したのだと思う。

 あの女性は怒ってなどいなかったのに、あえて許すという言葉を口にした。

 あれはきっと、そういうことなのだろう。



 その後、私たちは全ての場所で謝罪を終え、元いた公園に戻ってきた。

 ほとんどの人は私たちのことを笑って許してくれたが、中にはこっぴどく叱られることもあった。

 それも、怒られるのは決まって私ではなく、お姉さんの方だった。

 お姉さんが叱られるたび、私の胸は自分が叱られるよりも痛んだ。



「ごめんなさい」



 私は、自分でも驚くほど自然に謝罪の言葉を口にしていた。

 あれほど謝るのが嫌だったというのに、そのときは心から謝りたいと思ったのだ。



「君は悪くないよ」


「でも、僕が言い出したことだし……」


「そうだね。でも、それも含めて、子どものやったことは、その面倒を見ている人が責任を負うことになるんだよ」



 今でこそ理解できることだが、当時はその意味もよくわからなかった。

 ただ、自分が人に迷惑をかければ、一緒にいる大人も叱られるのだということは身をもって理解できた。



「それで、謝ってみてどうだった?」


「……やっぱり、怖かった。でも、今は凄い、スッキリしてる」


「うん。そうだよね。ちゃんと謝れるっていうのは、自分にとっても相手にとっても、素敵なことなんだよ」



 そう言ってお姉さんは、私のことを優しく抱きしめ、また頭を撫でてくれた。



「でも、やっぱり、悪いことしないのが一番いいんでしょ?」


「う~ん、まあ悪いことというか、人に迷惑をかけないにこしたことはないけどね~。でも、そんなのは絶対に無理なんだよ」


「……無理なの?」


「うん。無理。だって人って、必ず誰かに迷惑をかけて生きていくものなんだよ。それに悪いことだって、全くしない人なんてほぼいないよ?」


「そうなの?」


「そうなの。ちっちゃな頃なんてイタズラするのは当たり前だし、大人になってからだって悪いことをする人は沢山いる。自分の意思とは関係なく悪いことしちゃうことだって、いっくらでもあるよ」


「それは、お母さんとかお父さんも?」


「うん。絶対してる。今度じっくり観察してみなよ」



 私の親はとても優しく、凄く良い人だと思っていたので、そのときは少し信じられなかった。

 しかし、後々お姉さんの言う通り観察してみると、確かに母さんも父さんもちょっとした悪いことはいくらでもしていた。



「だからね、ちゃんと謝るっていうのは本当に大切なことなの。多分、人と生活していくうえで大切なことトップ5に入ると思う」



 あの頃は半信半疑だったが、大人になった今となってまさにその通りと思うようになった。

 だからこそ、もしあのとき私がお姉さんに会っていなければと思うと、少し怖くなる。



「……僕、お母さんとヨシ君に、ちゃんと謝る」


「うん! 偉い偉い! 今の君、とってもカッコイイよ!」



 お姉さんはそのまま私を抱き上げるように立たせてから、手を握って一緒に歩き始める。



「お姉さん?」


「私も一緒に行ってあげる。一人で怒られるのは、やっぱり怖いでしょ?」


「……うん!」





 ◇





 私は、友達と、心配させてしまった母にしっかりと謝罪をすることができた。

 そのときもお姉さんは私の手をしっかりと握っていてくれて、物凄く心強かったことを覚えている。


 そしてその後日、友達からも謝罪され、私たちは無事仲直りすることができた。

 その友達とは、今も時折連絡を取り合うくらいには良好な関係を築けている。


 母からもあとで、あのときはごめんなさいと謝罪された。

 私は謝罪されたことよりも、母がしっかりと謝罪できるカッコイイ人間だと知って嬉しかった。


 あれからお姉さんと会うことは二度となかったが、もし会うことが叶うのであれば改めて感謝の気持ちを伝えたい。

 そして、私もあのお姉さんのように、謝ることの大切さを生徒に伝えていこうと思っている。

 ……あのお姉さんと同じようなやり方は私には無理だが、私なりのやり方で。





「……わかったよ。俺、謝ってくる」



 私は自分の過去を交えながら、謝ることの大切さを高橋君に伝えた。

 高橋君は気が強いが根は素直な子なので、私の言葉にしっかりと耳を傾けてくれた。

 みんながみんな素直に聞いてくれるワケではないので、少なくとも高橋君は冷静に人の話を聞ける素直な良い子と言えるだろう。



「園崎君はまだ保健室だ。親御さんも来ている。もちろん、私も一緒に行くよ」


「せ、先生は関係ないだろ」


「そういうワケにはいかない。先生にも責任はあるからね」










 保健室に着くと、園崎君のお母さんが心配そうに園崎君の面倒を見ていた。

 それに罪悪感を覚えたのか、高橋君は小走りでベッドまで駆け寄り深々と頭を下げる。



「園崎悪かった! 暴力を振るって、本当にごめん!」



 私もそれに続いて横に並び、頭を下げる。



「この度は私の監督不行き届き、誠に申し訳ございませんでした」



 高橋君が謝った際、園崎君が何かを言いかけたが、私の姿を確認して言葉を飲み込んだようであった。



「先生……、何があったかは存じませんが、これはあまりにも酷いのではないでしょうか?」



 園崎君の顔には、痛々しいアザが目立っている。

 それを見れば、過剰な暴力が振るわれたのは明らかだ。



「本当に、申し訳ございません」


「い、いや、悪いのは俺だよ! 先生は悪くないって!」



 子どもがなんと言おうと、その責任は親や教師が負うことになる。

 本人の意思とは関係なしに、だ。



「……あの、経緯を説明してくれませんか?」



 私は他の生徒から聞いた話と、高橋君から聞いた話を整理し、経緯を説明した。

 園崎君のお母さんは一瞬園崎君を睨みつけるも、最終的には険しい顔で高橋君のことを見据える。



「てっきり息子も手を出したと思いましたが、一方的だったという話ですよね? これは非常に問題なのでは?」


「ええ、高橋君が手を出したのはとても良くないことです。私の教育不足です」


「先生も先生かもしれませんが、一番は親の問題じゃないですか? その子の親御さんは?」


「お二人とも仕事に出ているようで、すぐには戻れないそうです」


「そういうことですか!」



 そんな親だから、こんな子に育ったのだろうとでもいう態度だ。

 あながち間違っていないだけに私からは否定できないが、高橋君は自分の親を侮辱されたように感じたのか少し顔つきが険しくなる。



「園崎君のお母さん、確かに高橋君が暴力を振るったことは問題ですが、それを仕向けた園崎君にも問題があると私は思っています」



 私がそう言うと、園崎君のお母さんと高橋君はキョトンとした顔をする。

 そして園崎君のお母さんは、次の瞬間怒りをあらわにした。



「ウチの子が悪いとでも!? その子が狂暴な性格をしているだけでしょう!?」


「そんなことはありません。高橋君は活発な子ですが、決して乱暴な性格ではありません。素直でとても良い子だと、私は思っています」


「っ! 先生……」



 私の言葉に高橋君はとても驚いている様子だった。

 自分がそう思われてた、あるいは庇われるようなかたちになったことが意外だったのかもしれない。

 しかし園崎君のお母さんは納得がいかない様子で、荒々しく口を開く。



「それでも、暴力を振るう方が悪いに決まってるでしょう!」


「はい。暴力はいけません。しかし、言葉が暴力にならないとも限りません。……いえ、私は言葉も十分に暴力になりえると思っています」



 昨今、ネット社会になったことで言葉の暴力という考え方がより世の中に浸透しつつある。

 ネットには音声や文字がずっと記録されることになるため、その影響が大きいのだろう。

 言葉の暴力により傷つけられた心は、癒えずにずっと刻まれ続けるという点で、物理的な暴力より性質タチが悪いという見方すら出てきているようだ。



「ですが――っ!」



 園崎君のお母さんが何かを言う前に、私は自分のとは異なるスマホを取り出し、動画を再生する。



『~~~~~~!!%?$$#』


「「っ!?」」



 そこから聴こえてきたのは、聞くに堪えない罵詈雑言の数々。

 それを聞いた瞬間、園崎君は頭を抱え、園崎君のお母さんは驚愕に目を見開いた。



「この動画は、他の生徒が撮影したものです。他にも撮影していた生徒はいますが、全て私の方で差し押さえました。さて、園崎君のお母さん、アナタはこれを聞いてどう思いましたか? そして、もしこの動画がネットに拡散されていたらどうなっていたか、想像できますか?」



 私が尋ねると、園崎君のお母さんは顔を青くして震え出してしまった。

 少々罪悪感がこみ上げてきたが、一方的に高橋君だけを悪者にしたくはなかったので仕方ない処置だったと思う。



「……わ、悪かったよ、高橋ぃ、 ゆ、許してくれぇ……」



 しばしの沈黙ののち、すすり泣きながら園崎君が謝罪を口にした。

 園崎君は狡猾な面があるので演技じゃないとは言い切れないが、私にはそれが心からの謝罪に思えた。



「う、うちの息子が、本当に酷いことを……、申し訳ありませんでした!」



 それに続くように、園崎君のお母さんも頭を下げてくる。

 園崎君のお母さんはただ息子思いなだけで、決して悪い人間ではない。

 私がそう思いたいだけかもしれないが、非常識な人間はそもそも会話にすらならないことが多いので、その点だけ見ても園崎君のお母さんはまともな人間だと思う。



「高橋君、園崎君の謝罪を受け入れるかい?」


「え? あ、はい」


「うん。なら、とりあえず当人同士の問題はこれで解決ということで。それはそれとして、後程高橋君のご両親も謝罪に来ると思いますので、その際に園崎君のお家に伺わせていただきます」



 私はそう言ってから、改めて頭を下げる。



「改めて、この度は本当に申し訳ありませんでいた。今後は私の方で、このようなことが起きないよう細心の注意をいたします。……それでは、私と高橋君は一旦これで――」


「あ、あの……!」



 背を向け立ち去ろうとする私たちに、園崎君のお母さんから声がかかる。

 その視線が私の持っているスマホに向けられていたので、何を言いたいのか悟った。



「……安心してください。この動画も含め、撮影されたものは全て私の方で処理しておきます」



 それを聞いて安心したのか、園崎君のお母さんは心底ホッとした顔をした。



「園崎君のお母さん、今回はこんな真似をしてしまいましたが、私は何も園崎君を責めたかったワケではありません。ただ、一方的に高橋君を責めて欲しくなかっただけです。……それでは、失礼します」










 しばらく無言で廊下を歩いていると、Yシャツの背中を引っ張られる。



「ん、どうした?」


「……いや、先生はさ、なんで俺なんかを庇ったんだ?」


「別に、庇ったつもりはないけど」


「庇っただろ! 俺、口も悪いし、実際は本当に乱暴じゃんか!」


「私は本当にそう思っていないよ。高橋君は口は悪いけど、根は素直じゃないか」


「なっ!?」



 素直と言われたのが余程ショックだったのか、高橋君は顔を真っ赤にして言葉を失っている。

 それが少しおかしくて、私はつい調子に乗ってしまった。



「それで高橋君、謝ってみてどうだった?」



 あのお姉さんと同じように、イタズラっ子のような笑顔を浮かべて私は尋ねた――





 自分の非を認め謝れるということは、人生においてとても大切なことだと思う。

 私はそれを、子どもの頃お姉さんから教えてもらった。


 私はそれを、少しでも多くの子ども達に伝えていきたい。




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