179 累の決意


アリスside


「はむ、はむはむ……おいしっ!はむはむ」

「…………おい、もういいんじゃねぇのか?三時間食いっぱなしだぞ」

「私も心配ですが、真幸さんと妃菜ちゃんはガンガンお料理作ってますよ……白石さん」


「颯人さんも飛鳥もせっせと手伝ってるしな、加減がわかってるって事なのか」

「私も初めて拝見しましたが、ここまで食べないとなんです?鬼一さんはこの状況を、当時ご覧になったんでしょう?」


 


 現時刻 13:30 白石さんと星野さんが心配そうにしているけど……普段そこまで食べない清音さんがあまりにも激しい大食いバトルをしているので、私もソワソワしてしまっている。

 平然としてるのは伏見さんだけだ……いや、キッチンのお手伝いを断られてしょんぼりしていると言った方が正しいかも。

 

 

 真幸さんもその昔、茨城県で広域浄化をした時にこの様になったらしいですけど。

 体は白銀の光に包まれて、清音さんは神域に魂を引っ張られているらしい。


 祝詞を重ねるごとに彼女がピカピカし出したらしいですが、全てを見届けた白石さんはさっきから水を差し出したり、おかずを並べ替えたり、食べ終わった茶碗を重ねたりとお世話に余念がない。

 颯人様みたいになっている気がする。



「懐かしいな……本当に。体が光ってんのも同じだ。自分の魂の代わりだから腹一杯食わなきゃならねぇ。心配せんでも大丈夫だぞ」

「そうですよ。過去の記録なら飛鳥殿が見せてくれますから、アリスも見たいならお願いしてみてください」


「そうします!あの、真幸さんはどんな感じだったんですか?」




 鬼一さんは微笑みを浮かべたままお茶を啜り、ほうっと吐息を溢す。目が空を泳いで、瞼が閉じられた。


「今でもよく、覚えてる。時々夢に見るんだ。

 真幸の本番の強さは知ってるだろ?朝にはダメ出しされてた祝詞を、全部一発で成功させていた。一夜漬けで覚えた六根清浄大祓は熟練の域に達してた。

 あいつの心模様をそのまま言葉にしたみたいな祝詞だからな」


「確かにそうですね。不屈の精神と言いますか、誰も彼もを心の底から信じている人の言葉と言いますか」

 

「あぁ。神職たちの助けもあったが、あいつの言霊は空の雲を割って天に届いて、金色の風と、光と、優しい暖かさに包まれて……心が震えて、俺も鈴村も立っていられなかった」


「鬼一さんも妃菜ちゃんも……ですか」

 

「後で聞いたら神職達も同じ反応だったな。祝詞に重なったあいつの心の声が聞こえてな、穢れを抱えた神々や妖怪たちが一気に浄化されて……神宮に押し寄せたんだぜ。すげー数だった」


 


「禊祓いをしても消えなかったのか?芦屋のことだからそうしたとは思うが」

 

「そうだな、白石の言う通り誰も傷つけてない。惑わされていた超常達の心根に喝を入れた様なもんだから。あいつの言霊を浴びて、ラキもヤトも一晩泣いてたそうだ」


「その後しつこく茨城の超常から勾玉攻撃されてましたしね。あの頃神たらしは発覚したような気がしますねぇ」

「はは、そうかも知れんな。人たらしもだろ?」

 

「鬼一も鈴村も僕の狙い通り以上にたらし込まれていましたから」

「やはりお前さんの計画通りか……伏見は怖い。そう言えば、アリスも居たんだよな」

 


「はい。私、皆さんがいなくなった後に神宮を見に行きました。……悔しかった。私が数年かけて作った蠱毒は跡形もありませんでした」

「そういえばアリスの尻尾を掴んだのは蠱毒からでしたね。昔から後片付けは下手でしたから」

 

「むむぅ……」


 伏見さんに言われてしまった。そう、彼はとても優秀だからそう言うだろう。


 でも……あれを見つけたのは伏見さんだけでしたよ。他の人たちには私の暗躍すら知られることはなかった。

 芦屋さんでさえ、私が雑踏の中から見ていても気づかなかったのに。




「蠱毒って……呪術の……」

 

「清音さんは知らなかったですよね。そうです、私は当時真幸さんの敵でした。道満の手下をしてましたので」


「そ、そうなんですか!?あっ、だから芦屋さんがごめんって……」

 

「はい。でも、もう遥か昔の話ですよ。私は真幸さんに救われて、すごく幸せになりました。

 トラウマと向き合うのも、実はもう真さんの山寺で済ませています。カラスに化けられたのもそのお陰ですから」


  


「伏見が浄真殿に頼んだんだろ?」

 

「あれ?鬼一さんご存知でしたカー。そうです。真さんは真面目で優しい方です。鬼軍曹だと感じるのは、相手次第ではないでしょーか」


「…………ぬぅ」

 

「私も指導していただきましたが、お茶目で素敵な方ですよね。誰が鬼軍曹だなんて言ってたんですか?」

 

「……むむ……」

 

「星野さんもそう思われるでしょう?鬼軍曹と呼んでいたのは、私たちの代の前の話らしいですよ。昔の裏公務員は教育機関もありませんでしたしー、陰陽師崩れっぽい人とか、経験の浅い人が多かったんですから仕方ないのでは?」


 


 私たちの会話を聞いて唸っていた伏見さんは、ついに沈黙してしまった。浄真殿は厳しい方だとは思うけれど……真剣に戦い、自身に打ち勝とうとする者には手を差し伸べてくださる方だ。


 特に生地蔵さんに勧誘されたくらいですからね、無垢な子供にはとても優しいんですよ。変なプライドやこだわりがなく、素直な人にはそうなんでしょう。

 昔はもう少し厳しかったかもしれないですけど。伏見さんが唸ってるくらいですから。




「はいー、お待たせ!妃菜ちゃん特製のおうどんやでぇ」

「真幸のお蕎麦ももうすぐ来るわよ」

 

「ありがとうございます!わぁ……おつゆが黄金ですねっ!?」


 妃菜ちゃんの京うどんを受け取り、目をキラキラ輝かせた清音さん。大きな丼から一口汁を啜って……ものすごい勢いで食べ出した。

 わかります、すごく美味しいですよね。関東のうどんも私は好きですけど……あのお出汁が効きまくった綺麗なおうどんは、本当に他の人には作れない味だと思う。


 随分前に京都で妃菜ちゃん、飛鳥さんと食い倒れツアーをしたのは楽しかった。何を食べても美味しかったのは、楽しかったからだけじゃなかったと思う。西の食べ物って、東とは少し違う美味しさですよね。……また、行きたいな。




「待たせたな、真幸の山菜蕎麦だぞ」

『わー、まだ腹八分目くらいだね。清音さん、何か食べたいものある?』


「ありがとうございます!すみません、こんなに作らせて……」


 颯人様と真幸さんがお蕎麦を持ってきて、幾つものお椀を並べた。

 私の前にも小さなお椀と山菜そばが置かれて、香ばしい香りが鼻をくすぐる。




 このお蕎麦は銀座の老舗で作られているらしいと聞いた。お仕事先で食べて、お二人が気に入ってからずうっとそこから買っているとか。

もう何代目かのご主人とも仲良しだそうです。


 おつゆも、お蕎麦も丁寧に作られていて香り高く、啜って食べると本当に美味しいの。

山菜は浄真さんの山で採られたもので、定期的に新鮮な物を届けてくれるから歯ごたえシャキシャキでたまらないんですよね。


 この家で出てくる食べ物は、何もかもが真幸さんに所以があるものばかり。食べるたびにみんなが笑顔になる。

食事が苦手だった私も、いつの間にかご飯の時間が待ち遠しくなっていた。

 お腹と心が満たされる幸せな食卓が大好きなんです。



 

「真幸さん……私まで、いいんですか?」

『アリスはまだ足りなさそうな顔してただろ?遠慮しないで食べて』

「えへ、いただきまああぁーす!」



 暖かなお椀を持ち上げて、ゆっくりつゆを啜る。カツオと昆布の濃いお出汁と、質の良い醤油の味がほんわり口の中に広がった。

 甘さとしょっぱさと、お出汁のハーモニー……あー、日本に生まれてよかったーなんて気持ちになる。

 

 あったかいおつゆを頂いてから、こしのあるお蕎麦を啜ると香ばしさが増して、たまらない美味しさだ。




「…………芦屋さん、山菜そばってまだありますか?美味しすぎておかわりしたいです」

『すぐ作れるよ。でも、飽きないか?』

「なぁなぁ、私のおうどんはー???」


「妃菜さんのおうどんも美味しいんですけど!!あの、できましたら油揚げの卵とじ丼が食べたいです」

 

「食べ物の好みまで真幸に似てるんやな。しゃーないから作ったるわ♪」

「では、蕎麦も追加を作るとしよう」


「すみません、お願いします!」




 キッチンに戻っていく真幸さんと颯人様、妃菜ちゃんと飛鳥さん。

鬼一さんと伏見さん、星野さんは目が垂れるほどにニコニコしてる。


「どいつもこいつも気持ち悪ぃ顔しやがって……」

「しょうがねぇだろ?懐かしくて仕方ねぇんだ。俺だってあの時真幸にようやく認めてもらえてな……本当に、嬉しかった」





 鬼一さんが頬杖をつき、言葉が途絶えた。たつ、と涙がテーブルを叩く音が聞こえて……私は唇を噛み締める。


 敵の計画通り、真幸さんまで声を奪われてしまった今……鬼一さんの心臓を奪われる可能性が高くなってしまっている。それを防ぐ術も見つからず、真幸さんを現世に留められる方法は見つかっていない。

 私たちは何も得られないまま時間だけが終わっていく状況なんですよ。




「鬼一さん、大丈夫ですか?あの、ハンカチどうぞ」

 

「すまん。年取ると涙腺が弱くてな」

 

「いえいえ。でも……素敵ですね、鬼一さんの心の中には、当時の記憶が色鮮やかに記憶されているのでしょう。

 芦屋さんとの大切な思い出は、魂に刻まれて……色褪せないんですね」

 

「……っ、う……」


「清音……トドメを刺すなよ。男泣きになっちまったじゃねーか」

「はわ……ごめんなさい……」



 清音さんから渡されたハンカチを手にして、鬼一さんは本気で泣き出してしまった。

 そうですね……きっと、刻まれた思い出は彼が命を落としたとしても受け継がれるでしょう。鬼一さんが生まれ変わるようなことがあっても……忘れないと思う。




 静かに泣く鬼一さんに釣られて、星野さんまで泣き出して……伏見さんが席を立つ。私も泣いてしまいそうだ。


 慌てて伏見さんを追いかけて、着物の袂からタバコを取り出した。

伏見さんは思った通り、中庭の窓を開いている。




「アリス……一人にしてくださいよ」

「いやですよ。伏見さんだって、私が泣く時一緒に居てくれました。私もそうしてあげたいんです。一人で泣くのは、寂しいものですから」

 

「……そう、ですね」


 お互いタバコに火をつけて、悲しい気持ちを吸い込んで……煙と共に吐き出した。



 ━━━━━━


「お話中ごめんね、おじゃまします」

「あれ?累ちゃん……どうしたんですか?」


 

 現時刻15:00 のべ五時間の食事を終え、清音さんは落ち着いたようだった。ご飯の後片付けを終えて……みんなでほっと一息のお茶を飲んでいる。

 

 累ちゃんと件が一緒に階段から降りてきた……。さっき泣いていた鬼一さんを気遣って、颯人様と真幸さんを伴って海で釣りをしているはずですが。いつも彼女のお傍から離れない累ちゃんが居るなんて、びっくりです。


 


 彼女は小さな体で椅子によじ登り、件を上から引っ張り上げて二人で一つの椅子に座って……卓についているみなさんを見渡した。



「伏見に聞きたいことがあるの」

「な、何でしょう?僕が答えられると良いのですが」


「伏見ならわかる。声を移植するのは、どうすれば良い?」

「累さん……」



 件は少年姿で累ちゃんと手を繋ぎ、ニコニコしているが……本人は仄暗い表情だ。こんな顔、初めて見ました。


 伏見さんは顎を摘んで考え込み、星野さんと妃菜ちゃんは顔を見合わせている。……これは、もしや。


 


「術による移植になるでしょうね。暉人殿のように物理的なやり方は無理です。芦屋さんのお力に阻まれるでしょう」

 

まぶい移しのやり方では?」

「……可能だと思います」

 

「わかった。魂ごとでなければ外法にはならないよね?神様の掟にも触れないから、真幸も累も罰されない。そうでしょ?」

 

「はい……しかし、仮に芦屋さんの眷属である方が声を受け渡したとしても、あの方の力を引き出すまでには至らないでしょう。

 熟練したお声の発生源は神の体所以でしたから」

「でも、今のまま国護結界を維持するだけではパンクしちゃうでしょう?」


「仰るとおりです。霊力も呪力もそのまま受け継がれ、神力もそうですが。消費しなければ芦屋さんの場合あまりよくありません……」



 

「ん。そうだね。たとえば、累の声を上げたとして一時凌ぎにはなる?」

「なるとは思いますが、声帯の移植となれば御本神が抵抗されますよ」


「うん、それはどうにかする。あと、聞いておきたいのは……件は真幸の声を模している。私が聞いている限りだとほとんど同じだと思うの」

 

「累さん……」

 

「件の命は声だから、真幸にあげたら死んでしまうと思うけど……どう思う?これは罰の対象なの?術者じゃなくて、受け取った方がどうかだけ聞かせて」



「…………」




 重たい沈黙が場を支配しはじめた。累ちゃんは、件の声を真幸さんにあげたら良いのではないかと提案をしているんです。


 件は預言を与える霊獣で、命の根源は解明されていない。本来であれば役割を果たしたら声が出なくなり、死んでしまう。

 だから、声自体が命だと累ちゃんは結論を出しているようだった。


  

 本来ならば預言をもたらした時点で死んでしまうけれど、真幸さんの神力を吸って今の件は生きながらえている。

 

 牛の姿ではなく、人としての姿まで模しているが……見た目は、真幸さんの幼い姿と本当によく似ていた。

道満に閉じ込められ、地下室で穢され続けた彼が一時子供に戻った時、こんな風に可愛い子だったんです。




「件とも話したけど、本来は預言を成したあと、死んじゃうはずだった。生き残っている現状、これはあまり良くない事象なの。

 真幸が可愛がってるから、こんな事言いたくないけど……解消しなければならないと思う」

「……理をなすならば罰の対象では、ありません」


「そうだよね、やはりそれが最善かな」


 

 累ちゃんの発言の後、ニコニコしたままの件はこくりと頷いた。

……あまりにも残酷なお話だけれど……でも、累ちゃんは昔からこうだった。


 

 いつも無邪気で可愛い少女を装っているけど、真幸さんの害になる物は情け容赦なく消してきたんです。

 私と一緒に居た時もそうでした。手厳しく怒られることも多かったし、私が中務の人たちに殴られるまま我慢していたら……相手の存在を魂ごと消滅させたこともあった。


 理由は『アリスが傷付いたら、真幸が悲しむから』だった。

伏見さんの何百倍もの厳しい判断を、躊躇なくされるんです。




「件の声を移植したとして、そのお声を発せられるかどうかはわかりません。確かに親和性はあるでしょうし、私が聞いた限りではほとんど同じ音でした」

 

「やっぱり聞いてたんだ?」

「はい。僕は芦屋さんを失うわけにいきませんからね」


「うん、だから伏見は信用できる。

 私は真幸なら件の声を使いこなせると思うの。滅多に発言はできなくなるけど、事実と歴史は口にできる。颯人に好きって言えるでしょ」

 

「…………はい」


  

「累ちゃん。件は……その、お話しできるんですか?普段は預言にならないよう牛の鳴き声を発していますよね」

 

「うん、できる。累は人間の命を持っているけど十二天将を宿している。逆に、それがなければ死んでたの」


「そ、そうなんですか!?」


  

「今更ですが、累さんは道満の子です。平安の時代、晴明の娶った腐女子である妖怪との間に生まれた方で……まぁ、その……誓によって生まれ、母親が妖狐ですから人間かどうかは微妙なところですが」


「もしかして、道満がやけになって晴明の奥様をNTRしたと言っていた時のアレですか?」


「そうだね。累は晴明と妖狐、道満の子と言える。

 晴明との誓は二度目の途中で完遂しないまま道満との誓を成した。だからすぐ死にそうになったの」

 

「誓は本来重ねられませんからね。だから『累』と言うお名前なのでしょう」


「そうだよ。生きずに死んだどこにも属さない命だから、本来言葉を必要としない。頭の中が読めるから件とも意思疎通できるし、もう声を上げることに同意してもらってる」

 

「むーう♪」





 な、なんという事でしょう。呆然としてしまうのですがー!累ちゃんの秘密が今更明らかになってますけどー!?ハイブリッドすぎる生まれですし、私にも真幸さんにも繋がってるんですか!?


 

「累より清音の方が凄いんだよ?みんなの血を持ってるんだから。私がいなくても清音が居れば大丈夫」

 

「そんな事言わんでや。あんたがいなくなったら真幸が泣くやろ?」


「颯人がいる。眷属達も居る、あなた達もいる。心の傷はいつか癒えるし、真幸は絶対に挫けない」

「むーう、むーう」

 

「何も知らない件にこれを伝えたのは累だから。みんなは何も知らない状態にする。今の会話も記憶を消すよ。

 しばらく潔斎しないといけないからもう行くね」



 

「か、累ちゃん?戻ってくるんでしょう?どこかに行っちゃうような言い方じゃないですか」

 

「…………累は、酷い子なの。件だって、ちゃんとした命なのにそれを考慮できない。

 累みたいな汚い考え方をするモノがそばに居るなんて良くない。真幸は……綺麗で、可愛くて、優しいの。累も一緒にいられて……とっても、とっても幸せだったからわかる。件からそれを奪うのは、累なの。

 離れていても真幸は守るから、心配しないで」

 

「そ、そうじゃありません!累ちゃんは……累ちゃんは私を支えてくれました!一人にしなかったじゃないですか!私だって、累ちゃんがいたから……」

 

「アリス……それも真幸のためだよ。アリスのためじゃなかった」




 小さな手を握り、引き留める。このままじゃ、累ちゃんがいなくなってしまう。


 銀色の髪が煌めき、彼女は振り向いた。綺麗な瞳からたくさんの涙をこぼして、目の周りが真っ赤になっている。


 

「アリスは真幸と、颯人の次に好き。累はダメだけど、アリスはそばにいてあげてね」

「累ちゃん……」



「累は……真幸が常世に行くの、悪くないと思ってるよ。いつまで経っても辛いことばっかりなんだもん。

 この世に安らぎがないのなら、幸せだけがある場所に行った方がいい」



 掴んだ手のひらは小さな輝きを残して、すうっと消えてしまう。件も笑顔のままで姿を消して、私達は呆然としたまま空になった椅子を見つめるしかなくなってしまった。



 ━━━━━━



「記憶がどんどん薄れますね」

「ものすごい強制力だ……全然防げねぇし、追える物が何もない」


「累ちゃん、この話はいつから考えていたのでしょうか。わたし、何も気づかなかった……」



 累ちゃんの暖かな体温が手のひらから消えていく。それと同時に、さっき話した内容も薄ぼんやりと消えていく。

 

 どうして、こんな事を……。


 

「累の気持ちは分からんでもない。あいつが力を使えない状態ってより、真幸自身が居なくなるってのがどれだけの命に危険を及ぼすかわからん。

 ……どうせ逆らえないなら、俺は累の無事を祈るしかねぇと思う」

 

「鬼一の言うとおりですね。僕たちにはそれしかできませんから」


 


 そう言った瞬間、伏見さんがパタリと机の上に倒れる。鬼一さんも、妃菜ちゃん、飛鳥さん……白石さんも。

 眠い……私も逆らえない眠気に負けて、机の上に倒れ込む。


 小さな、声が聞こえる。清音ちゃん……の声?



「私には効かないようですね。……皆さんの分も私が覚えておきますからご安心ください。

 あんな悲しい顔、累ちゃんにさせたくありませんから」

 


 あぁ、そうか……清音さんは、芦屋さんの子孫ですもんね。本当に……稀代の陰陽師で、鬼才なのかもしれない。


 きっと、現状を打破する方法は清音さんによって齎されるだろう。私は、そう思います。



 瞼が閉じ切った暗闇の中で、累ちゃんの声が聞こえた気がした。


 ――失敗した。清音は真幸の血を継いでるんだった。あーあ……。


 



 



 

 

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