164 肉味噌おにぎり

星野side


「芦屋さんは、石橋を叩いて壊すと常々言っていましたが……おっしゃる通りのようですね。ここまで保険をかけられているとは思いもしませんでした」


「俺も知らなかったんだが」

 

「すまん、俺は知ってた。偵察に来たら天照と陽向が既に待ってたんだ。そのうち浄真殿がやって来て、さっきまで真幸の分霊がいたから話を聞いた」

「鬼一……俺、要るのか?」

 

「わからん、真幸の事だから何かしらの意味があるんだとは思うが。白石まで来るとは思っていなかった」



 

 現時刻2:30 私の実家の悲田院ひでんいんに到着し、鬼一さんと合流して……そうしたら次々と仲間が集まり、いつのまにか大人数になっていた。


 鬼一さん、天照殿、陽向くん、栃木で山神になった浄真殿、白石さんまで。暉人殿もいるのにこんなに必要ですか???と聞きたくなる頭数が揃っている。


「あのー、登場しにくいんですけどー。私もいまーす」

「アリスさん!?あなたまでですか!!」



 

 苦笑いを浮かべたアリスさんまで姿を現した……一体全体どうなっているんですか。


「あ、どうもお久しぶりです真さん」

 

「陽向くん……ですよね?私が知ってる姿の面影がありませんが!?久しぶりすぎませんか?私が会ったのは、おくるみの頃ですよ!?」


「すみません、一年で成人したのであっという間に結婚して、妻を見送りすでにヤモメです」

 

「はいはい、お聞きしています。子孫繁栄は神の常ですが……いやはや、清音さんと言う末代の子が彼……いや、もう女神なんですから彼女ですね。とにかく顔がそっくりだそうじゃないですか」

 

「えぇ、清音さんは母上に見た目が似ていますよ。

 僕は性格や口調が伏見、見た目は父上、髪や声は母上似です」


「は?なぜ伏見が混じったんですか!?ズルくないですか??私は?なぜ私は混ぜて頂けなかったんですか!?」


「母上曰く、伏見の調子は浄真殿が大元では?と仰っていましたから、混じっていると言っても過言ではないと思いますが」

「なるほど?ふむ……それならまぁ……」



 

「アリス、お前まで真っ黒なのか?マガツヒノカミの黒装束じゃなくて隠密の方にしろよ、それか烏でいいだろ」

 

「鬼一さん、ほっといてくださーい。こう……白石さんの黒パーカーがかっこいいなと思いまして」


「は?勝手に巻き込むな。マガツヒノカミと仲良しだからだろ。お前は自分の意思で厨二病ルックだが、俺は好きでこの格好してるわけじゃねぇ」


  

「べ、べべ別に違いますよ!!そんな事言っていいんですかー?わたしのお陰で清音さんの姿を見ていられたのにー?感謝くらいしてほしいですねー?」


「くっ、確かにそうだな。……助かったし、お前さんのおかげだ。だがもう蘆屋が蓋して鍵かけたからな!パーカーは卒業してぇ」

 

「えー?いいのかなぁー?違和感感じちゃったりしたら危ないんじゃないですカー?

 だーいすきな清音ちゃんの事なんですから、それこそ石橋を叩くべきではー?」


「くっ!?…………わかった。もう少しこれを着る」


 


「はいはい、ちょっとお待ちを。白石?あなた芦屋さんの子孫とねんごろの仲なんですか?」

「おい、やめろ、その懇ろって表現はよくねぇ」


「親しいと言う意味ですけど?邪推が朴念仁ですね。アレ?まさかまだ……」

「うるっせぇな!いかがわしい話すんじゃねぇ!」


「真さん!白石さんはまだ清い体ですよ!!」

「ほう……アリス、いい情報じゃありませんか」


「くそッ!バカ言ってねぇでさっさと準備しろ!!三時間で戻るって芦屋には伝えてあるんだからな!」


 


「星野、大丈夫か?」

「え、ええと……はい、あの……暉人殿、お気遣いありがとうございます」

「おう、大丈夫じゃなさそうだな」

 

「無理すんな、俺は若干頭の中がパニクってる」

「鬼一のそれは若干なのか?吾は口を挟めぬ」


「天照殿が喋ると頭がバグりそうですね。口調が颯人様にそっくりですし」

 

「なんとなく不名誉に感じる」

「……くそッ、キャラ被りが多すぎて訳がわかんねぇぞ。結局八人揃っちまってるし」



 

 皆さんのお顔を眺めつつ、なんとなくホッとしてしまう。私を気遣い、芦屋さんが手を尽くしてくださってこの賑やかさなのだと思うと、不安な気持ちや焦りが消えていく。

 

 そうだ、隠れずともこのままでいいじゃないか。ここは私の実家、そして何百年と続いた悲田院だ。

 養護施設、と言わないのは寺だからですが……その卒業生なんですから、どっしり構えていきましょう。


 

「それにしたって数が多すぎる。見張りに数人残して潜伏するか」

 

「いえ、白石さんの案は却下です。正々堂々正面突破と参りましょう。荒事が起きたのなら対処すれば良いのです」


「おい、星野が白石みてぇなこと言い出したぞ」

「鬼一?俺はちゃんと潜伏って言っただろ??」

「……まぁ、いいんじゃねえか。真幸はいつもそうして来ただろ」


 


 暉人殿がぽん、と肩を叩き微笑みを下さる。そうですね、ここは芦屋さんを見習って行きましょう。

 白石さんの無茶は真似しませんけど。


 

「じゃーわたしは空から偵察しますねー」

「結局カラスになるんですか?では私は潜入班になります」

 

「……俺は隠密を連れてるからな、周辺を探って来るぜ」


 

「あーあー、もうバラバラに言ってんじゃねぇ。

 星野、俺、暉人、浄真が潜入。鬼一は隠密どもと周囲の状況把握、アリスは空から偵察。天照と陽向は……」

 

「僕たちは姿を隠して、潜入班に混じりましょう」

「そうしよう。吾が姿を現しては目立つだろう。ここは星降る谷、星の加護が強い場所なのだ。陽の神は隠れよう」

 

「えぇ、そうですね。……あぁ、雪が止みましたよ」


 


 陽向くんの声に、全員で空を見上げて見事な星空を眺めた。

都会の光は遠く届かず、闇が深い山中で見える星々は……キラキラと輝きながら優しくゆらめいている。


 雲間から月明かりが降り積もった雪に白く光を与え、ふわりと冷たい空気が優しいあかりに染められていく。



「芦屋さんが天照殿をお迎えしたのも、こんな雪の日でしたね……」

 

「天照大神殿はだいぶ予想と違ったがな」

 

「鬼一にまで言われてますよ、天照」

「陽向は最近意地悪ではないか?」



 ほの白い光の中でアリスさんがカラスに化けて飛んでいく。鬼一さんは木陰に姿を消し、苦い顔になった天照殿、意地悪な笑顔の陽向くんもすうっと姿を溶かした。


 

 

「さて、喋りやすくなったところで行くぞ!気ぃ引き締めろ!」

「暉人、お前が主役じゃねぇんだから静かにしてろ」

 

「むぅ……白石も意地悪だな」

「はいはい、私も静かにしていましょうね」

 

「ふふ……ではご案内します、私の実家へ」


 降り積もった雪を踏み締め、白い息を吐きながら山門をくぐった。


 

 ━━━━━━


「真夜中の行でもしてんのか?やけに灯が多いな。山道の石灯篭にも火を入れてたし」

 

「いえ、ここは悲田院ですから……。私のように、親から逃げてくる子もいます。大人も稀に来ますが、その方達のために目印として夜は必ず火を灯しているんですよ」


「星野もそうだったんだよな。仲間内でまともな親だったのは鈴村と俺、伏見か」

 

「そうなりますね。芦屋さんは言わずもがな、鬼一さん、アリスさん、私の親は良い人ではありませんでした。

 だからこそ子育てには慎重にしましたが、結局のところ子は子で勝手に育つものです」



  

「ほぉん……そんなもんか。環境を用意してやるのが親だ、って言うもんな」

「えぇ、経済・環境を整えてあげれば本人の命次第という訳です」

 

「難しい話だ。子供を持ったことのない俺にゃまだわからん」


 寒さで赤くなった鼻を擦りつつ、白石さんは呟く。もうすぐわかるでしょう、あなたは清音さんとの未来が約束されている。

 芦屋さんは陽向くんがいるからもう子育てされていますが……未経験なのはこれで鬼一さんと白石さんだけですね。




 

「……っ!星野さん!!」

「おや、わざわざお出迎えくださったんですか?」


「星野さ……いえ、星明神ホシアケノカミ。お帰りなさいまし」

 

「ただいま戻りました」



 雪の中慌ててやって来たのは、修行僧の一星いっせいさん。私と同じく星野姓を受け継ぐ家族です。ここに来たらみんな星野になりますからね。


「無理して神名で呼ばずとも良いのですよ?」

「いえっ!これは呼びたくて呼んでます。ホシアケノカミが私たちのご先祖さまだと思えるのが嬉しいんです!」

「……そう、言ってくださる事こそ嬉しいですね」


 にこりと笑った彼は徐々に笑顔を曇らせていく。薄い眉が顰められて、ついにため息を落とした。



「ご相談があります」

「はい、私たちはそのために参りましたから。お聞きしましょう」


 肩を落とした彼はゆっくり歩き出し、私たちを伴って本堂へと足を向けた。


 ━━━━━━


「この通りです。子供達はもう、眠らなくなって三日目になりました」

「三日ですか……二十四時間一睡もせずですか?」


「はい。大人の方が参ってしまいまして、坊主で交代しながら見守っているのですが……何も喋らず、目が合わずに意思疎通が不可能です」


  

「食事は?」

「食事はしています。いつもの倍程は。箸を使うのを覚えた子もみんな、獣のように顔を突っ込んで食べるのです」


「ふむ……狐憑き、もしくは妖怪の仕業かな?」

「これだけ山深い場所ならば他の獣の場合もある。近くに神社がねぇから、産土神の線も捨てきれねぇな」


「そうですね」




 現時刻2:45 暖房の焚かれた本堂の中は、入り口に灯された灯以外は全て消されて真っ暗だ。暗がりの中、部屋の隅に固まってギョロリと目線を遣す子供たち。なんとなく目が光っているように見える。


 箸を使わずものを食べ、会話を成せず眠らない……この様子では光を怖がっているのかもしれない。何かの憑き物、もしくは超常に触れて影響を及ぼしている可能性が高い。

暉人殿がおっしゃるように産土神が絡んでいる可能性もある。

 

 食事の量が増えたなら何某かの獣や妖怪の線が高いだろう。


 


「とりあえず子供たちの様子を間近で見てみないことにはなんとも言えませんね。遠くから見ていたのでは何も感じません」

「浄真の言う通りだな、俺もなんも感じねぇが、星野もだろ?暉人は?」


「……匂いがする。嗅いだことのある匂いだ。生乾きの布見てぇな、獣の匂い見てぇな。あぁ、ラキとヤトに出会った時に嗅いだな」




 暉人殿がおっしゃるならそうでしょうね。とりあえず子供達の様子を見ましょう。

足音を立てないように部屋の奥に進み、様子を伺いながら近づいていく。


 一塊になった子供達は私たちの姿を見て竦みあがり、お互い抱きしめ合って顔を伏せた。

触れるほどに近くへ座ると、木の床のたわむ『ギシッ』と言う音にびくりと跳ねる。……だいぶ敏感になってますね。



 

「暉人が言う通りこりゃ匂うぜ」

「はいはい、獣の匂いでしょうなこれは」


 確かにこれは間違いなく獣の匂いだ。野生の四つ足が放つニオイに似ている。たった三日間で脂線の発達してない子供達がこんなに匂うはずもない。


 じいっ、と見つめていると一人の少年が子供たちを庇うようにして前に出て立ち上がる。

 口からは唸り声が発され、ギロリと睨んでくる目は青い光をわずかに灯していた。


 


「こんばんは、君は悟くんでしたね」

「…………グルル……」

 

「皆さんに害は与えませんよ。私たちはお話をしに来たんです。

 お腹は空いていませんか?喉は乾いていませんか?」


「…………」

 

「私のお手製おにぎりを、実は持って来たんですよ。中に入ってるのは味噌肉そぼろです。甘辛く味付けて、海苔も巻いてますよ」

 

「…………おに、ぎり」

「お……しゃべれましたね。ほら、これです」



 

 胸元から取りいだしたるは、風呂敷がパンパンになる程いっぱいのおにぎりです。実は、釜二つ分炊いてしまったので子供達に持って来たんですよ。

 作りたてで暖かく、海苔のいい匂いが漂う。

 

 目前に立った少年だけでなく、後ろで怯えていた子たちも立ち上がって風呂敷を見ている。


 


「星野……モノで釣るのかよ」

 

「はい。獣憑きでしたら食べ物で落ち着きます。そしてこの味噌そぼろは芦屋さんが作ってくださったものです」

 

「……おい、待て。それ間違いなく美味いやつだろ」

「摘み食いしたら美味かったな」

「暉人殿だけずるいです。私にもください」


「子供たちよりギラつかないでください……一つずつですよ?」


 


 白石さんと浄真さんにおにぎりを手渡すと、さっさとラップを開いておにぎりにかぶりつく。

 アー、視線を感じますね。虚空に二つ差し出すと、間髪入れずにおにぎりが消える。天照殿も陽向くんも芦屋さんの肉そぼろは大好物でしたしね。


 

「……俺もくれ」

「暉人殿は食べましたよね!?」

「みんな食ってるのに寂しいだろ」


「さび……ええい。もう仕方ありませんね!」


 暉人殿まで食べ出した。入り口に立ってる一星さんまで涎垂らしてるじゃないですか!!


 

 

「あの、食べたい」

 

「おお、どうぞどうぞ。山ほどありますから」


 悟くんにラップをはいで手渡すと、一つおにぎりを齧ってこくりと頷いた。

その瞬間、わぁっと子供達がおにぎりの山に群がる。


 

「わーわー、落ち着いて。沢山ありますから!」

 

「もぐもぐ……あ、お前ラップをむいて食えよ、そりゃ食いもんじゃねぇぞ」

 

「むしゃむしゃ。はいはい、手分けしてむいてあげましょう」

 

「んめぇなこりゃ。あーあー、取り合うなって。まだあるんだから」



 なんとも緊張感のない食事が始まり、ラップごと食べ出した子たちのおにぎりを手分けして剥いて行く。

 

 ……よし、これで多少は正気に戻るでしょう、何しろ芦屋さんの作ったご飯やタバコは祓いの力がありますからね。


 


「本当にうめぇな、もう一個」

「白石さんは遠慮してくださいっ!」


 私の叫びに微笑んだ子供たち。その様子にホッと安堵のため息が自分の口からこぼれた。

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