158 勝鬨

真幸side


 虚空に広がった白い吐息が夜空に溶けていく。伏見さんはやれやれ、と呟いた。


  

「ハァー……呪い付きの切り傷というのは、結構痛いものですね。

 さて、怨霊の明子さん、目を見て話しましょうか。

僕は大人になりました。あの時のあなたの涙は哀れむべきものではなく、軽蔑すべきでした。あなたに求められるまま慰めたのは間違いだったと思っています」

 

「な、何で……今更何を言うの?」


 腕に、腹に、顔に、足に……伏見さんに刻まれた傷から次々と血が零れる。

足元の雪に散らばる血液はあまりにも鮮やかで、まるで花弁のように見えた。


 


「丑の刻参りに少女たちを連れて来たと聞きましたが、どこにいるんですか」

 

「……い、言わないわよ」

 

「またお得意の安い芝居で同情を買いましたか?やり口が変わりませんね」

 

「失恋した子を丑の刻参りに連れて来ただけよ!!

 呪いを生むにはその、多少は痛い目を見てもらうけど。殺してないし、恨みをほんの少し増やしてあげただけ!!」



「純朴な少女を騙して拐かし、心のうちに宿る恨みを倍増させて丑の刻参りをさせていたんですね。

 自分の体を取り戻すために、なんて醜悪な……」

 

「醜いのは最初からそうだったでしょう!?あなたは私の顔を知ってたはずよ!!!

 それに、それに……私は顔を作り変えた!たくさんお金を使って、痛い思いをして綺麗になったわ。ちゃんと、見なさいよ!!」


「見てますよ。本当にひどい顔です」

「――ッ!!!」


 

 

 怨霊は俺の神力が浸透して脆くなった刃を衝動的に動かし、全てが崩れ落ちて粉々になる。

 月光を弾く刃が降りしきり、術が破れた。自分の手で伏見さんを討とうと木槌を振りかぶった怨霊の青白い手が見える。

 

 胸元から取り出した扇を刀に変えて、俺は伏見さんの目前で薙ぐ。木槌を柄で弾き、鞘身を強かに打ち付けた。

 怨霊を祓うのは後だ。伏見さんを避難させないと。


 

 

 伏見さんとの背中合わせに体を滑らせて、彼を抱えようとした瞬間、自分の手は空をかいた。


 俺と入れ替わるようにして伏見さんが飛び出し、胸ぐらを掴んで怨霊に体当たりを浴びせる。


 青い光が揺らぎ、それがどう、と倒れる。その上に馬乗りになり……首元に差し込まれる光。

 

 伏見さんの十手が、黄金色に輝いていた。






「姿形を変えられても、あなたは心が変わりませんでした。だから醜いと言ったんです。

 目も当てられないほどの醜悪さですよ、香水もつけすぎですし、そもそもそんな無茶な整形をしたところで誰も美人だなんて思いません……ケホッ」

 


「伏見さん……怪我してるんだぞ。俺が代わるから下がって」

 

「いいえ、まだです。僕はこの人を打ちのめさねばなりません。僕がやるべき事なのです」



 伏見さんは怨霊の胸ぐらを掴みあげる。刺さったままの釘や刃が体に深く沈んでいく。


 


「あなたは……自分の恨みを晴らすために、自分の欲を満たすために他を傷つけている!!

 明子さんが振られた彼氏は、妻帯者でした!!何度同じ事を繰り返すんですか!?どうして罪もない人を傷つけるんだ……」


「わ、私のせいじゃない!あの人は離婚すると言っていたの!!

 元の体は……ダメになったから、だからあの人と結ばれなかったの!!」


  

「そんな戯言を吐くようなクソのためにこんな姿になったんですか?哀れですね、情けなくて涙が出てきます」

 

「な、何なのよ!?あの時は可哀想って言ってくれたじゃない!!

 醜い私に優しくしてくれたのに……」


 

「あなたは、綺麗な人だった」

「え……」



 胸ぐらを掴んだまま、伏見さんは目を見開き、怨霊をじっと見つめている。

明子さん、と呼ばれた女性は戸惑いを隠せないまま視線を泳がせた。



 

「知らぬうちに不倫をしていたのは、本当に可哀想でしたよ。

 バカな男に騙されて、相手が独身だと信じて恋をしていた……そしてそれがバレて、浮気相手のあなたは別れを告げられた。

 綺麗な恋をしていたあなたの傷を……僕が一時でも癒したかった」

 

「…………」


 

「あんな人と別れられてよかったのに、きっと明るい未来があったはずなのに。―――何故相手の奥様を殺した?どうしてそこで終わらせなかったんだ。

そうすれば、明子さんは殺されることもなかった」



 伏見さんの言葉に、全員が息をのんだ。……それが、伏見さんの初恋の結末だったんだな……。




 

「……あ、あああ、あ、あいつが、あいつがいなければっ!消えて仕舞えば私は、私は幸せになれたの!!!あいつのせいなの!!わたしじゃない!私のせいじゃ……」


「刃を収めろ。誰かを傷つければ、お前を祓う」

 

「ヒッ……」



 はっと気づいた俺たちの周囲に、見えない刃が迫っている。伏見さんの神力が一帯に溢れ出して、それを引きとどめていた。


 


「じ、術を使えば釘が、術の刃が深くめり込む!!そしたら目が奪われて、あんたは……」

 

「片目くらいあげますよ。芦屋さんの指先ひとつ傷つけてみろ、怨霊になってまで生きながらえたことを……向こう千年は後悔させてやる」



 歯噛みをしているのはどちらなのか。ギリ、と歯の軋む音がする。

 

 膠着状態と思われたが、伏見さんが一方的に神力で縛って相手を打ちのめすばかりだ……体の血が流れて、もう数分は経つんだぞ。そろそろ限界のはず。



 


「伏見さん、もうやめて。怪我を治そう……お願いだから」



 震える手先を叱咤しながら、彼の羽織を掴む。振り向いた伏見さんは、俺に向かっていつもの優しい笑顔を浮かべた。


 細くなった目から、涙と血が混じってつうっ、と伝い落ちる。

 


「もう少しで終わりますから、待っててください」

「……っ、伏見さん!」



 颯人が背中から抱えて、羽交い締めにされてしまう。なんでだよ……伏見さんが、伏見さんが……。


「あれは伏見の望んだ戦いなのだ。過去に決着をつけようとしている。其方は見守ってやるのが務めだ」


 颯人の言葉に応えられず、ただ唇を噛み締める。俺の姿を見た伏見さんは細目のままで眉を顰めた。


 

 


「僕がこの世で一番大切な方が、泣いてます。あなたのせいですよ、絶対に許しませんからね」

 

「…………」

 

「あなたは輪廻に戻さない。向こう千年と言いましたが、魂が消滅するまで幽閉して差し上げましょうか。大いに反省していただかねばなりません」

 

「その子が美人だから!清元は騙されてる……うぐっ」


 

 金色の十手に喉元を押さえ込まれて怨霊が言葉をなくす。

伏見さんは力を緩めず、怨霊に顔を近づけて囁いた。



 

「僕が大好きな芦屋さんは明子さんよりも過酷な過去を背負って、それでもあなたのように恨みをもたず……いえ、持っていても人のために自分の身を差し出す人なんです。

 イワナガヒメも同じですよ。あの方はご自身が理不尽な仕打ちにあっても、人間の縁結びを仕事としていらっしゃる。

 人は心の美しさが、生きてきた証がその顔に出る。

……美しい方々に向かって、汚い口を開かないでいただけますか」


「ぐ……あっ」


「ルッキズムに支配された者は心が綺麗になる事はありません。見た目だけで判断する人たちと同じく、心の中を見ようとしないからです。

 悲惨な事実を受け止めて、自分の中で昇華しきれずとも前を向き、自分ができる精一杯をやり遂げる方はいます。

今、ここに、確かにいるんですよ!!」


「う……ぐ……」



 

「あの時純粋に傷ついていたあなたは……本当に綺麗でした。

大切なものをなくしたあなたは、もう変わってしまったんです。一度変えてしまったら二度と元に戻せない、その顔のように」


「…………」

 


「ウカノミタマノオオカミ」

「えぇ。清元……よくやったわ」




 伏見さんの背後に、銀髪とふわふわのしっぽをゆらめかせながらウカノミタマノオオカミが顕れる。 

 月明かりを宿した女神は晴れやかに微笑み、伏見さんの頭を撫でた。


 

――気生根の清麗なる気を手に結び上げ、肩にかけ、この者の穢れをすすぎ給ふ……阿毘羅吽欠アビラウンケンソワカ ――

 

「「怨霊呪縛!」」



 二人の声が揃って術展開の文言を唱える。十手の中からいくつもの金輪が広がり、それが怨霊を捉えてがんじがらめにする。

 伏見さんが手のひらをかかげ、息をふうっと吹きかけると白い狐達が姿を見せた。

 


「怨霊を真子の元へ」

「「きゅうっ!!」」


 狐達に囲まれて、怨霊があっという間に姿を消して……伏見さんがどさっと倒れ込む。ウカノミタマノオオカミはかき消えてしまった。


 

 

「真幸、魚彦を」

 

「……はい。魚彦、頼む」

「応!全くしようのない奴じゃ!!」


 颯人が伏見さんの体をひっくり返して仰向けに寝かせて……魚彦は癒術をかけながら目に刺さった釘をつかみ、あっという間にズボッと抜き去った。

 

 荒い息を繰り返しながら、彼は痛みに呻いている。



  

「うっ……ぐ……魚彦殿……眼球は、もうありません」

 

「わかっとるわい!お前さんが振り向いた瞬間にはもう盗られておった。

 釘が刺さっとるんじゃから眼窩が傷だけなんじゃよ。視神経を保持するために治癒しとるんじゃ!!黙っとれ!」


「……治さないとまずいですか?結構痛いんですが」

 

「脳に達しそうなほど深く釘がめり込んでおったのじゃぞ。それから、目を元に戻すならここは整えておかねばならぬじゃろう。治癒の痛みは我慢せい!」

 

「そうですね……わかりました……うぐ」



 

 会話を聞いているだけで眩暈がしてくる。伏見さんのそばに座り込むと、ヤトが寄り添ってくれて、イワナガヒメがフラフラする身体を支えてくれた。


 白石と清音さんが走ってきて、布を縛り付けて止血してくれる。白石はいつも、応急処置の道具を持ってるもんな……。

 颯人は伏見さんの頭を抱えて魚彦の術に、いつもの神力トッピングを始めた。

 

 俺は、何にもできない。

 体が震えてうごけない。



 

「芦屋、大丈夫か?」

「全然大丈夫じゃない。動揺して癒術が使えない」

 

「お前でもそんな事があるんだな……伏見が大怪我するなんて初めて見たぜ」

 

「俺もだよ」

 

「えっ?!そうなんですか!?」


  

 びっくりした顔の白石と清音さんに目線を合わせて、どうにか苦笑いを送る。


 

 そう、伏見さんは俺の怪我には口うるさくても、自分の怪我は隠し通す人なんだ。

 大怪我をした事ないって言うのは本当だけど……だって、伏見さん強いもん。

 

 あの怨霊なんか一発で祓えるはずなのにそうしなかった。




 情があったんじゃなくて……祓っても納得しないままならまた別の怨霊になっちゃうから、だから打ちのめしてから縛ったんだ。でも、呪文は大日如来の加護も授けていたから、あの人はまだ死ねないはず。

 

 あぁ、もう頭の中がぐちゃぐちゃで何も考えられない。



「真幸、とりあえずの止血は終えた。良いぞ」

「うん、ありがとう魚彦。……伏見さん」


 


 颯人と場所をかわって、伏見さんの頭を自分の膝の上に乗せる。横たわった彼は、気まずそうに目を逸らした。


 右目はやられてしまっているけど……左側の目は無事だ。それが細く閉じられて、おほん、と場繋ぎの咳払いが出た。


 

「心配をおかけして、すみません。刺さった釘を抜けば呪いが撒き散らかされる仕掛けだったんです。

目の中に例の魔法陣が展開しているのが見えておりまして。芦屋さんの目を盗られては困りますから」

 

「……それで?」

 

「あの人は僕の知り合いですし。僕が情けをかけた事で助長してしまった可能性があります。

 ですから責任を取りたくてですね。優しくすればまた同じ事を繰り返しますし、けちょんけちょんに言っておけば真子に預けても大丈夫かな……と」


「伏見さんのバカ」



 

 とりあえずの治療を終えて、青白い顔のままの伏見さんの顔を抱えた。身体中の傷は呪いを込められてしまっているから、すぐには回復しない。

 

 俺、呪詛返し苦手なんだよ。



「呪詛返しがうまくできなかった、ごめんな」

 

「ふふ……芦屋さんは、呪い返すのは苦手でしょう。呪われたら、全部受け止めてしまうのがあなたなんですから。

 僕も、そう言う風にしてみたかったんです」


「バカバカ!どうして……ばか!」

 

「……他に方法がありませんでした。あの人を祓って消す事は、芦屋さんならしないでしょう」



 伏見さんがおぼつかない動作で手を差し伸べて、俺はそれを握る。暖かい手のひらが、手首から伝わってくる脈が『生きている』と教えてくれる。



 


「芦屋さんは颯人様が言った通り……舞うように戦われるのですね、とてもお綺麗でした」

 

「……ぐすっ、褒めても誤魔化されないぞ。説教一時間だからな」

 

「本当のことですよ。何時間でもお説教して下さい、本望です。僕は、あなたを守れたことが誇らしい……満足です」


「伏見さんが怪我してたら意味ないだろ!!自分が怪我した時よりずっと痛いんだからな!!」

 

「……すみません」


 

 俺は彼のほっぺを控えめにつまんでひっぱり、止まらない涙が落ちる。

 

顔中に雫を宿した伏見さんが「あぁ、本当に綺麗だ」と呟き……満足げに笑った。


 

「あなたの降らせる雨は……いつも、本当に美しい。渇いた心が満たされます」

 

「……伏見さんの、ばか」

「……すみません」

 

 



 ━━━━━━



「はいはいー、みなさんこちらに一列に並んでくださーい!」

「釘と木槌はこの箱に入れろ。さっさと座れ」


「白石さん、乱暴に言わないでくださいよ。JKが怯えてるじゃないですか!」

「じぇい……?なんだそりゃ」

 

「……ジェネレーションギャップ……」

「おい、人を年寄り扱いすんな」


 


 現時刻 4:30 怨霊は真神陰陽寮の幽閉施設に閉じ込めたと真子さんから報告があった。

 高天原でのひと仕事?を終えた鬼一さん、星野さんが駆けつけてくれてるからきっと大丈夫。

 

 俺は分霊する余裕がないからそう思うしかない。傷だらけの伏見さんを抱きしめて、端っこに座って……ずっと癒術をかけている。



 

「よし、じゃあ貴船神社の結社むすびのやしろにおわす縁結びのプロが、お前達にアドバイスしてやる。黙って聞けよな」

 

「白石さん、めっ!優しく言ってください!」

「わーったよ。……イワナガヒメが励ましてくれるから、話を聞いて元気出せ」

 

「んふ。とっても貴重な体験ですからね。しっかりお話を聞いてください」


 白石、清音さんは奥宮に居た女子高生達の丑の刻参り道具を押収、整列して座らせてる。なんか、白石が突っ込まれてるけど。

 

 本殿の前に屋根付きの舞殿があって、みんなそこに座ってるんだけど……ポーッとしていて目線が定まってない。何かしらの催眠術でもかけられてる感じだな。


「さて、はじめますわよ。――あなたは山内さん、あなたは財前さん、あなたは清水谷さん……大丈夫よ、もう危険はないわ」




 柏手を一回ずつ打ちながら、イワナガヒメが一人一人女の子達の頭を撫でていく。ポーッとしていた子がはっと目を見開き、優しく微笑むイワナガヒメを見つめている。



「あれは解呪だ。名を呼びながら一人ずつ触れているのは、魂を呼び戻しているのだ」

「魂を盗られてたのか?」

 

「いや、呪力の糧にしようと捉えていたと言ったほうが正しい。他にも多数囚われているようだ。説法が終わり次第、龍穴に行こう」


「そうか……そうだった、ここも龍神の住まう社だったな。宝玉もそこかなぁ」

「恐らくは、そうだろう」

 


 貴船神社の奥宮は本殿の中に龍穴がある。日本三大龍穴と言われる有名なパワースポットだな。

 今のところ、豊かな自然の穏やかな気配しか感じられないけど……うーん。


 


「はい、みなさん。こちらをご覧なさい。この指を見て……そう、指先の動きを追うのよ」


「救急隊員がする意識確認に似てますね、良い方法です。勉強になりますね」

 

「伏見さん、救急隊員のお世話になりたくなければ静かにして」

 

「ハイ」



 伏見さんの顔をむぎゅっと自分の胸元に抱えて、イワナガヒメの動向を見守る。呪縛から解けた子達の意識確認をしてるようだ。

 

 解呪後ケアの見本みたいだな。


 白石が清音さんに説明してくれてるから、彼女にもいい勉強になるだろう。


 

「はい、よろしい。皆様、私にご注目いただけますか?お話をいたしましょう。

 あなた達は悪ーい怨霊に騙されて、ここに連れて来られてしまいましたの。とっても大変でしたわね……」


「怨霊!?」

「そ、そういえば私たち一体何をしていたんですか?」

「この着物は、なんでしょう」

「なんだか足首が痛いです」



「ただ、連れてこられただけよ。心を操られてしまっていたの。足首が痛いのは、慣れない下駄を履いていたからです。じきに治りますわ。

 さて、すこーし小耳に挟んだのですが、失恋された方がいらっしゃるとか。もしや、皆様がそうなのかしら?」


 少女達はこくりと頷き、しょんぼりと項垂れる。

やはり、この子達の意思でここに来たわけじゃなさそうだ。純粋な子達は失恋の痛手に悲しげな顔をしている。



 


「明子さんは口が上手いんですよ、人を騙すのが得意でして。僕のポーカーフェイスや管を巻く話し方は、あの人由来です」

 

「……そうか。って静かにしててって言ったでしょ。後で聞いてあげるから、じっとしてて。喋ってたら消耗するだろ」


「ふふ、大丈夫じゃよ真幸。傷はほとんど塞がっておる。其方の呪詛返しは時間をかけて効果を発揮するようじゃ、綺麗に呪いも消えた」

 

「そう?そりゃ良かったよ。魚彦もありがとう、お疲れ様」

「うむ、これで一区切りじゃな」

「うん」


 

「魚彦殿、ありがとうございました。喋っていいですよね?」

「全く、少しは反省するそぶりが欲しいのう。横になっているならいいじゃろう」

 

 胸元でにっこり微笑んだ伏見さんを横に寝かせて、膝枕を差し出す。

 大人しくしててください。



  

「颯人様、すみません。僕が重傷を負ったばかりに、芦屋さんの膝枕をお借りしてしまって。……柔らかくてとっても気持ちいいです」

 

「先ほど魚彦が治ったと言っていたな」

 

「うっ、目が……痛たた……」

 

「…………ぬぅ」


 膨れ面になった颯人と、妙なこと口走ってる伏見さんはほっとこう。



 舞殿の中で静かに座ったイワナガヒメ。その所作の美しさに女子高生達からため息が落ちる。

 色々学んできた子達なら、彼女の美しさをわかってくれる。思わずニヤけてしまった。




「失恋というのは、辛いわね。相手を好いていようがいまいが、自分の思いが通じず……心の中に嵐が吹き荒れ、切ない悲しみや悔しい気持ちが指の先まで痛みとして広がってしまう。

 いいのですよ、それで。相手を『ズタズタに引き裂いてやりたい』と思うほどに憎く感じるのも、また正しい心の作用なのです」




「やけに具体的ですね」

「姫の本心なんじゃろ、さもありなん」

  

「ああいうところも好きだなー、俺」 


「其方は一度好きだと思うたら、何でも許容してしまうのだから当てにならぬ」

 

「なんだよ颯人。いいだろ別に」



 イワナガヒメは眉を吊り上げて、どんなふうに相手を思っていたのかを切々と語る。……うん、しかたない。さっき『どうでもいい』って言ってたのはまぁ、そう思いたいって事だったんだろう。

 

 何百万年経ってもニニギに振られた時の気持ちを思い出しちゃうんだな。やはり次に会ったらほっぺを思いっきりつねってやろうと思う。二、三回くらい。




「……喋りすぎましたわね、失礼しました。

 失恋した痛手を引きずってしまうのは重々分かりますが、あなた達の貴重な時間をそんな相手に使ってしまうのは勿体無いのですよ。恨みを持っても、憎まれ口を叩いても、自分自身には何も残らないのです」


「でも……もう、恋なんてしたくないです。あんな悲しい思いをするならばいっそ……」


  

「そうよ!いっそ、人に頼らない自分になれば良いのです!!

 そもそもの話ですが、人は己の足で立ってなんぼですのよ。今の世の中、しっかりした収入を得られる保証は男女ともにございませんわ。

 資格を取得し、確固たる社会地位を持ち、誰に頼らずとも自分の腕一本で世を渡る……それが今の世に必要な女子力ですの!」


「な、なるほど……」

「女子力とはそういう物なのですね」


 ……あれ。なんか変な方向に話がいってないか?確かに誰かに依存するよりはいいけどさ、せっかく縁結びの神様なんだしなんかこう、いい感じに縁結びしてあげるのかと思ってたんだが。



 

「いいですか、みなさん。男女平等とは言え、まだまだ社会では女性がトップに立つには難がないとは言えません。

 ですが、ナンバーワンになれずともオンリーワンなら誰にでもなれます。

それには大変な苦難を伴いますが……泥水を啜り、地を這いずってでも立ち上がり、栄光を掴むのです。

 人は、成し得ることしか想像できない……逆に言えば、想像できるのなら、必ず成し得ることができるのです!」



「ジュールヴェルヌの言葉に似てますが、アレンジでしょうか?」

「うん。すごくわかりやすくていいと思うけど、妙に重たい言葉だな」


「今の僕にも、重たくてありがたい言葉ですよ……」

「そっか……」


 

 イワナガヒメが熱弁をふるい、女子高生たちが両手を握って胸の前で震わせている。

頰が紅潮して、目がキラキラしてるぞ。




「さぁ!立ち上がりなさい!失恋などもう過去のことですわ!選ばれなかったのではなく、自分自身が選ばなかったのだと思いなさい!

 その足で立って、未来を自らの手で切り拓くのよ!」


「「「はいっ!」」」


「とてもよい返事ですわ。元気づけのために勝鬨でもあげましょうか」

 

「わぁ……素敵ですね!」

「えいえいおーってするのでしょう?」

「一度やってみたかったんです!」




 女の子達は笑顔を浮かべ、しゃっきり立ち上がる。満面の笑みを浮かべた全員が拳を握り、元気に掲げた。


「わたくしたちの未来は、自分で勝ち取りますわ!えいえいおー!」

 

「「「えいえいおー!!」」」



 きゃあっ、と黄色い声が立ち上がってみんなぴょんぴょん跳ねている……しょぼくれた空気はどこへやら、だ。


 元気な声が奥宮に響いて、珍しい事件の締めくくりになんとも言えない気持ちになる。


 ともあれ、魚彦の言う通りこれで一区切りだな。

俺たちは苦笑いを浮かべて、ため息をついた。

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