156 そばかす姫

 真幸side


 現時刻 深夜1:00 貴船神社に到着して、俺たちは神主さんのお出迎えを待っている。


 現地では雪が降り積もっていて、貴船駅に車を停めて歩いて来た。倉橋君は車と一緒にお留守番となっている。

 

駅から貴船神社までは結構な登り坂だったから、清音さんは若干へばってるな。

 

 夜中だから、キンキンに冷えた冷気が漂っていて流石に寒い。首元のマフラーを巻き直して、白い息を吐いた。

 

路面は完全に凍結してツルッツルだし、車で上がってきたらスタックしてただろう。倉橋君も安全圏に居てくれるし一石二鳥と言いたいところだが……人間の身にはちょっと心配な温度だ。


 

 

「清音さん、大丈夫か?八房喚んで休憩したらどう?もふもふしてるからあったかいと思うよ」

 

「そうします!寒いです!!

 でも、まだ上手く喚べないんですよねぇ。ムラがあると言いますか、何と言いますか」


「ん、じゃあ今教えよっか。ニニギに教わっただけだもんな。実践で神力を流せばわかりやすくなるだろうからさ」

 

「あっ!!お願いします!」



 清音さんの冷たくなった手を握り、二人に目線を送った。八房と清音さんが座れる場所を作ってほしいなー、雪だらけだしなぁー。


  

 すぐに察した白石が鳥居の下あたりにある雪を足でゴリゴリどかしてくれて、伏見さんは雪の重みで垂れた竹を突き、どさどさと雪の塊を落とした。

 

 ……うん、座る場所作っても雪が落ちてきたら無駄になるし、危ないもんね?

先に雪を落としてから地面の雪を避けたら良かったな。

 二人とも息があってないのがちょっと面白い。無表情のまま無言で見つめ合う白石も、伏見さんも鼻が赤くなっている。


 冬って感じだなぁ。京都は季節が色濃く感じられる場所だ……。


 


「颯人、手伝ってくれるか」

「応」


 俺が包んだ清音さんの手をさらに外側から颯人が包んで、手のひらがほかほかしてくる。

 颯人は俺よりも体温が高いから、その熱が伝わって清音さんがほっと息を吐いた。



「こんなに寒いのに、芦屋さんはあったかいですね!」

「ふふ、よかった。これは颯人のおかげなんだ。俺は手足の先までいつもポカポカなんだよ。顔は冷たいけど、体は冷えないんだー」

「羨ましいですねぇ、冷え性の私には喉から手が出るほど欲しい機能です!!」

 

「ふふん」

「はいはい、ありがとな、颯人」

 

「褒められる気配がしていた」

「聞いたことのあるセリフだな?」

 

「うふふ、得意げな顔してる颯人様の顔を見てると元気が出ますね」

「褒めてほしいときはこの顔するんだ。ちょっとめんどくさ……何でもない」

 

「面倒臭いとは何事だ」

「ごめんて」


 


 颯人に顎で頭のてっぺんをぐりぐりされてしまう。結構痛いぞ、やめろ。


「あーあー、仲良しですねー!いいなー。ライトアップされてますし、こんな素敵な場所なら彼ピと来てイチャイチャしたいですねぇ。そんな風に、寒さを言い訳にくっつけますし!」

 

「……そ、そうだねぇ」

 

「清音もすれば良い。こうして大切な者と分け合う体温とは、それはそれは心地のいいものなのだ」 

 

「えっ、あ、あの……」 


 

 あっ、聞こえてたのかな。白石がむせてるぞ……そうだ!神様の喚び方を教えるついでに、記憶の蓋に鍵をかけよう。そしたら颯人の言う通りくっつけるんじゃないか!?



  

(颯人、教えるついでに記憶の蓋に鍵をかけちゃおう。どうすればいい?)

(其方の神力を流して八房の顕現を教え、心の中に鍵をかければよい)

 

(頭じゃないのか?)

(恋心の名の通り、恋をするのは心だろう?其方を思う時……我は胸に火がともる)


(ソ、ソウデスカ)


 

 ほっぺが熱い。思わぬところで藪蛇を突いてしまった。


 ……それより顕現を教えてあげなきゃだ。清音さんの手に人力を流し込み、血流を伝って心臓に達した時点で彼女の霊力を引っ張り上げる。




 手のひらを見つめた清音さんは『わぁ』と声をあげて微笑む。あぁー、白石の視線を感じるーーー。よし、鍵もサクッとかけようサクッと。


  

「清音さんは、あの神様と話したい?」

「……はっ、はい。したいです」

 

「じゃあ出来るようにしましょう。あの神様は今封じている記憶と連動してしまう恐れがあるから、君の記憶の蓋に鍵をかけなきゃいけないんだ。そうしても、いいかな」

 

「はい……そうですか……」


 

「それを開ける時が来たら、キーワードが鍵になって蓋を開けてくれるよ。

 俺は……きっといつか、清音さんがもらえる言葉を知ってる。それを鍵にしようかなと思ってるんだけど」

 

「どんな言葉か、お聞きしてもいいですか?」


「内緒にしたいんだけど、ダメ?」

 

「ぬぬ、むぅ。そ、それをもし言われなかったら…………」




 

 清音さんの不安そうな顔を眺め、目一杯微笑む。大丈夫、絶対に貰えるよ。

白石から必ず言われる言葉だから。


 

「むむむ……聞かないでおきます」

 

「んふ、そんな顔しないで。誰が言わなくても、清音さんが望む通りの人が君に絶対伝える言葉だから」


「はい、そう期待しておきます!じゃあ、鍵かけお願いしまーす!!」

 


「はい。かしこまりました」

「文言は我が唱えよう」

 

「うん、じゃあ……清音さんは八房を思い浮かべて。手のひらから自分の霊力が溢れたら名を呼ぶんだ。いっぺんに行こう」

 

「はいっ!」 



 

 目を閉じて、清音さんの心の中に潜り込む。……あぁ、ここは白石でいっぱいだ。


 黒いパーカーのフードで隠れた顔を何度も何度も見つめていた、清音さんの記憶に溢れている。

 チラッと見えた鼻だけを見てたり、声が聞こえたら耳をそばだてて、後ろ姿でもじーっと見てたんだな……涙が出そうになってしまった。



 大丈夫だよ。この思いが報われる日が、必ず来るからね。

 

 白石の記憶をそうっと避けて、奥底にある今までの記憶が入った箱に蓋をする。仕方がないとはいえ……俺の心がちくりと痛みを覚えた。



 

「この者の記憶の蓋を、鍵を以て封じる。いつしかそれは、望む者の口から放たれて封を解き、何もかもを蘇らせる。……真幸、言葉を」

 

「うん。鍵の言葉は『     』」


 

 言葉自体の音を消して、颯人が言った、あの言葉をキーワードに設定した。

瞼の中に浮かんだ箱が七色のリボンでキュッと結ばれて……金色の鍵がかかる。


 言葉の余韻に颯人が耳元で笑う。……俺は唇をかみしめて、清音さんの手に力を込めた。


 


「清音さん、いいよ」

「は、はい!八房!」


「応っ!!」


 スポン!といい音がして、足元にボーダーコリー姿の八房が現れた。ついでに頭にアチャが乗っかってるぞ。



「あれ?アチャまで出て来ちゃいましたね」

「うーん、まぁいいでしょう。何となくやり方がわかったか?」

 

「はい!バッチリです!次はきっと上手にできると思います!!」


「そりゃよかった。さて、神主さんが来るまであそこで座って待とうか」

「はい!」



 八房とアチャと共に、清音さんが駆けていく。びっくりした白石が俺たちに目線をよこし、頷きを返した。


 


「雪を退けてくださったんですね!!ありがとうございます!!」

「あ、あぁ……」

 

「清音さん?僕もやってますよ?白石ばかり褒めないでください」

「伏見!名前を……」


「大丈夫です。芦屋さんが鍵をかけましたから。名を告げても問題はありません」

「そ、そうか」




 八房がペタンと地面に座り込み、清音さんが恐る恐る腰掛けようとして足を滑らせた。

 慌てた白石が抱き止めて、ふかふかの毛皮の上に座らせる。


「すみません……」

「気ぃつけろ。お前は何もねぇとこで転ぶんだから」

 

「よくご存知ですね!?わー、八房あったかぁい」

 

「わふ!もっとちゃんと尻をのっけろ。ずり落ちちゃうぞ?」

「じゃあ、お言葉に甘えて。し、失礼します!!」


「八房の毛皮で滑るのは流石に笑えねぇな」

「滑りませんよ!!八房が支えてくれます!」

「……うん、まぁ、うん。何も言うまい」

「もうっ!白石さん意地悪ですねっ!!」


 


 清音さんも、白石も前と同じように会話している。何も違和感がなくて、少し前に戻ったみたいに見えた。


 

「ねぇ、颯人。すごく幸せだよ。あんなに嬉しそうな顔されると泣きたくなる」

 

「あぁ、そうだな。鍵をかけて良かったとは言い切れぬが、これで白石の心労も減るだろう。言葉を交わせるのはとても良いことだ」

 

「うん……」



 颯人が背中からぎゅうっと抱きついてきて、それをそのまま受け止めた。

 

 白石がニヤけを抑えきれず、清音さんと今まで話せなかった分を取り返すように沢山話してる。清音さんもすっごく嬉しそうだ。


 

 チベスナ顔になった伏見さんは俺達と白石達を交互に眺めて、長い長い白い息を吐き出した。


 ━━━━━━



「さて、まず参拝から参りましょう。独り身の伏見が先導しますから。皆さんは僕の背後でせいぜい仲良くしてください」

 

「なんか棘があるぞ。伏見さんも相棒顕現したらいいだろ?」

「ウカノミタマノオオカミは寒いから嫌だそうです」


「……そ、そうか。とりあえず行こう」


 


 現時刻1:30 貴船神社の神主さん達がいくら待ってもやって来ない……。こりゃなんかあったんだな、と言うことで境内の中に入ることにした。

 

 先に大きな結界で敷地を取り囲んでいるから、犯人が中にいても取り逃すことはないはずだ。


 

 今回の事件は、夜中に侵入禁止の神域で『悪い方の丑の刻参り』をしている輩を取り押さえるのが目的。

 

 そこに清音さん由来の犬士の宝玉や、伏見さんの知り合いや、与えられるだろう試練がどう関係してくるのかはわからない。

 俺がやった卜占だとやはり詳しい内容は出ず、前と同じく『受け入れれば大吉、対策して避ければ大凶』という結果だった。


 

 

 焦らずじっくり行こう、雪が滑るし。

 

 朱塗りの立派な鳥居の下で頭を下げて、石階段に連なる赤い灯籠を眺める。

 

 普段は20時までで消されるライトアップをそのまま点灯し続けているから、本当に幻想的な光景が広がっている。


 木々が白い雪を枝の先まで纏い、まるで満開の桜が咲いているようだ……。灯篭のオレンジ色の光がホワンと雪に色を宿し、朱と黒と白のコントラストが浮かび上がって、とっても綺麗だな。


 小さな雪の粒がちらちら舞い落ちて、光を宿しては降り積もっていく。 


 


「ファーオ♡」

「おい。変な効果音出すのやめろ。確かにムーディーだが」

 

「ファンタスティック!アメイジング!!」

「それもやめろ。確かに幻想的だが」


「何のコントが始まったんでしょうか」

「しっ。伏見さん、大人しくしてて」

 

「な、何故です?」

「見てればわかるから。とにかく静かにしててください」

 

「ぬぅ……」 



 

 石階段を登りつつ、俺は颯人と伏見さんに手を繋がれている。そう、俺は清音さんと同じく何もないところで転ぶ習性があるから。

 

 あの会話は、清音さんと白石の大切な思い出の追体験だ。俺がそれを知ってるのは黙っておきたいし、同じ言葉でどう反応するのかを見ておかなきゃならない。


「伏見、記憶の蓋に鍵をかけたのなら確認作業をせねばならぬ。必要な事なのだから黙っていろ」

「わかりましたよ」



 不満げな伏見さんを横目に、階段を慎重に上がっていく清音さんと白石を見守る。

 あぁ、転ばないかヒヤヒヤしてるのがわかるぞ……白石の手はもう清音さんの背中側に漂っている。


 


「こういうロマンチックなスポットに彼ピといつか来たいですねぇ!……あのぉ、白石さんは彼女さんいないんですか?」

 

、居ない。さっさと行くぞ」

「ほほぅ……」



「んふ」

「ははーぁ、なるほど」

「伏見、静かにせよ」

「スミマセン」


 やれやれ、伏見さんはどこから知ってるんだろう?現場に行ってたのは確かだし、今の会話でちゃんと気付いたみたいだ。

 白石からちらっと目線が飛んできて、俺たちはニヤけ顔で応えた。


 


「お、お前はそう言う奴がいるのか?」

「……秘密です!!一応修行中の身ですし、忙しいんですよ?私」

 

「まぁ、そうだな。毎晩寝床で練習やってるもんな」

「え?何で知ってるんですか?あ、神様だからわかるんですか?」

 

「そんなところだ。早く色々終わらせて温泉にでも浸かってゆっくりしてぇな」

 

「温泉はいいですねぇ……でも都内近郊じゃなくて、せっかくなら郊外に行きたいです」


「……連れてって、やろうか。いいところ知ってんだ。毎日美味い飯食ってるから微妙かもしれんが、豪華な食事もあるぞ」

「本当ですか!?神様が逗留されるなんてよっぽどでしょうねぇ!楽しみにしてます!!……ひゃっ!?」



 

 清音さんが足を滑らせて、白石が難なく受け止めた。抱きしめあった二人が無言で見つめあって、顔が真っ赤になってる。


「たまらん」

「……はぁ……多少の違いはあれど結果は同じですか、そうですか」

 

「何度でもああして繰り返すのだろう。二人の心はすでに結ばれている。ヤキモキするのは仕方ないのだ」


「颯人様のセリフをそのままお返ししますよ。僕も年中ヤキモキしてます」

 

「……アーアー、聞こえない。清音さん、危ないぞー気をつけろー。俺みたいに手を繋いだら如何ですかー」

 



「あ、あの……すみません。支えていただいて」

「ん……。危ねぇから芦屋が言う通り手ェ繋ぐぞ」

「!!はいっ!」



 俺に言われて、真っ赤になった二人が手を繋いで歩き出した。……やばい、何だこれ。ときめきが止まらん。


 


「僕は孤独です」

 

「伏見さんは俺と手を繋いでるだろ?」

「ソウデスネ、トテモアタタカイデスネ」

「哀れみをかけたくなった。気を利かせろとは言うまい」

 

「アリガトウゴザイマスー」


 伏見さんの膨れた頬を眺めつつ、参道の階段を登り切る。




 すぐ側に本殿が見えているけど、人の気配がない。……一応、参拝していこう。


 本殿の手前にある手水舎で清めをし、みんな並んで二拝、二拍手、一拝。


 こんな真夜中にごめんなさい。神主さんたちが無事でいますように。みんなどこ行っちゃったのかな……。



「あぁ、真幸!!来てくださったのね!」

「ほぇ?あっ!?イワナガヒメじゃないか!!」



 

 本殿の脇からまろび出てきた女神が雪を踏み締め、走ってやってくる。

 ふわふわのウェーブロングヘア、ほっぺにたくさんそばかすが浮いて、ちょっとだけ上を向いたお鼻とぷっくりしたたらこ唇。 

 イワナガヒメで間違いない。彼女は単衣の着物姿で抱きついてきた。あれっ!?裸足じゃないか!


 

「どうしたんだこんな姿で!寒かっただろ……」

「神主たちが、その……」

「えっ!?神主さんに身包み剥がれたのか??」


「違いますわよ!そうではなくて!あぁ、寒いですわぁぁ」

 

「とりあえずこれ羽織って。ほら、手を貸して」

「えぇ、ありがとうございます」




 カタカタ震えるイワナガヒメに羽織を被せ、ぎゅうっと抱きしめて体をくっつける。

外にいたのか、体が冷え切って髪の毛は雪に濡れ、まつ毛の先が凍っていた。


 

「姫、顔こっち向けて?ハンカチで拭くぞ。うん……よし、今日もかわいいな。

 今あったかくするから、ちゃんとくっついて。ごめんなぁ、もっと早く来ればよかった」

 

「念通話も通じず、連絡手段がなかったのです。本殿に寄ってくださらなかったら私は凍りついていたかもしれません」


「そうか……怖かったな、もう大丈夫だからね。怪我はしてないか?」

 

「はい」



 

 ヤトを喚び出し、本殿の張り出した屋根の下に丸まってもらう。イワナガヒメをお姫様抱っこで抱えて、そこにポスっと納めるとヤトが毛皮を逆立てて包み込んでくれた。

 俺はもう一度手を握って息をかける。早くあったかくなってくれ……可哀想で見てられないよ。


 

「あああ、あの、あの!」

 

「話は後でいいから。とりあえずあったまろう。女の子は冷やしちゃダメだろ?ほら、ヤトのしっぽお腹にまいて」

 

「く……う……」


「姫?どうした?お腹痛いのか?」

 

「ほ……」


「ほ??」



 真っ赤に染まった顔を眺めながら、じいっと顔を覗き込む。イワナガヒメは耐えかねたように天を仰いで大声で叫んだ。



「惚れてまうやろー!!!!!!!」



  


 

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