155 一方その頃高天原では
星野side
「話にならぬ。そなた達は『此度の事件については何もわからない』その上で『調査せず』と申しておるのだぞ?正気とは思えんな」
「全くだ、こんだけ証拠が上がってんのに、知らぬ存ぜぬで通せるわけねぇだろ!」
「天照も暉人も少々口が悪いぞ。黄帝の名代で来た神なのじゃ、言葉遣いに気をつけねば。
内容については同意じゃがな。本来ならば吊し上げられても文句は言えんじゃろう」
天照殿、暉人殿、魚彦殿と大陸国の古代の神である
会議室と言っていいのかわからない謎の地下室で密閉された空間なのは、術封じのためだろう。そこかしこに神力を封じるための札が貼られていた。
私達が高天原に来て数十分、芦屋さん達はそろそろ貴船神社事件の真相に辿り着いた頃だろうか。
陽向くんのお遣いがメインではあるものの、鬼一さんが言った『主犯国の神のツラを拝みたい』を叶えるために会議に参加させていただいた。しかし、退室できる雰囲気ではなくなってしまった。
「……鬼一さん、どう思われますか?私は
「あぁ、俺もそう思う。黄帝は素直でペロッとなんでも喋っちまうからな。
口が立つ孫が出張ったって事だろ」
「ははぁ、なるほど」
大陸国の古代の神、『
最も尊いとされる古代五帝のうちに入る一柱で、この方の子孫である
饕餮も神の系譜に属し『四凶』という悪神と伝承にはあるが、罪を犯して都から追放された後に大陸を守る神に転じていた。
なんでも貪る悪食で魔を喰らうとされ、現代では魔除けの神となり……本来ならば体は牛もしくは羊で立派なツノを持ち、虎の牙や人の爪と顔を持つキメラの様な姿形だと言う。
今回はその姿を変えて小さくなってますが。
少昊殿は柔らかい白綿の漢服姿でゆったりと構え、笑顔を浮かべている。
長い髪と衣服を桟敷に流して座し、その膝の上で猫の様に丸まっているのが饕餮らしい。
対して日本の神々は怒り心頭、と言ったところだ。大陸国の出自が明らかな魔法陣や、事件に使われた道具の証拠を突きつけて『調査をしろ、事件を止めさせろ』と伝えたが、少昊殿の返答は『わからないものは調べようがない、様子を見よう』だった。
天照殿と暉人殿は芦屋さんが意気消沈している事、魚彦殿は最初に降りた鈴村さんの体が傷つけられた事も加味されて……三柱とも感情を露わにしている。よくない傾向だとは思う。
交渉の鍵は『冷静』である事だと、芦屋さんが口を酸っぱくして言ってましたからねぇ。感情が入ると正当な口上も曲がって聞こえてしまうんですよ。
のらりくらりと追求を交わし続け、時間を稼いでいる少昊の態度に、冷静さは失われている様に見える。
「お三方は、少々感情的ではありませんか?落ち着かれるまでお時間をおいた方がよろしいのでは?まるで罪人扱いなのはちょっと……」
「ニャー」
「饕餮もそう思うでしょう?一度、帰ってもよろしいですか?」
「「「帰すわけがない」」」
「ほほう?一国の神を縛ろうと仰る。なるほど、なるほど」
一触即発か、となったところで色とりどりの華やかな衣装を身につけた女神達がお茶を片手に部屋に入って来た。
先頭はイナンナ殿ですが、相変わらずのスケスケ衣装ですね……。
「まーまー、落ち着きなって。少昊もヘラヘラしないでちゃーんと話聞きけし」
「イナンナ、お前はまたその様な服を着て」
「あたしの国の正装なんだからしゃーないっしょ?一応例を尽くして差し上げてんの。眼福でしょーが」
「…………」
「天照様も暉人殿も落ち着いてくださいまし、魚彦殿までどうなさったの?」
「姉様の言うとおりだよ。真幸がここにいたら怒ってるよ」
イナンナ殿、クシナダヒメにカムオオイチヒメが嗜めて、男神達が口を噤む。
やはり女性強し、ですかね。
「とりあえずお茶でも飲みなよ。饕餮、毒味してくんね?」
「にゃあん!」
「あら、可愛いわねぇ?いつもはこわーいお顔してるのに」
「真幸を誑かすために、猫になって来たのよね」
「……に、にゃぁー」
なるほど、芦屋さんを誑かすためでしたか。確かに効果はありそうですが、おそらくこわーいお顔、と評される元の状態でもあまり変わらないとは思いますよ。
女神達は甘い香りの花茶を配り、神力封じの札を剥がしていく。
クシナダヒメが空間転移の術を使って池のほとりの神楽舞台へと場を移した。
以前は緑がたくさんあったそこに桜が植えられ、調印式を思わせる薄桃色に包まれて優しい風が吹いている。
舞台の周りには梔子の花が咲き、地面には黄色い絨毯の様にクサノオウが咲き乱れていた。
いやぁ……なんとも綺麗な場所に変わりましたねぇ。肩がいかって上がりきっていた天照殿も、暉人殿もすうっとそれを下げ、ため息を落としている。
芦屋さんの気配がそこかしこにあるのは、彼が持って来た花々だからでしょう。その優しい空気に触れて、張り詰めていたものが霧散したのを感じる。
「地下に潜っていたのでは気鬱になりますわ。お外の方が良いでしょう?今回の言い訳をしに来た使者が逃げるわけもないのよ」
「そうそう。神楽舞台のお庭は最近改装したんだけど、とっても素敵になったと思わない?どれもこれも、私たちが大好きな真幸のお花なんだ」
「……そうですか」
少昊殿もほっとした様子でお茶を啜ってますが、微笑みをすうっと消した女神達に取り囲まれて片眉を上げた。
な、何が始まるんです?
「ねー、少昊。アタシは長らく誰の味方もせずにいたけどさぁ。見つけちったんだ、ずーっと探してた……全部をあげてもいいと思える友達を」
「盟友というわけですか?まさか、契約をされたとか?」
「うん、もう他の子とは結ばない。アタシの一生の友達はあの子だけだ。
真幸は誰にでも優しいけど、自分には優しくないんだよ。心根が綺麗で、正義そのものなんだ。そんな子の味方をせずにいるのは無理だった」
「そう、聞いております。あなたと仲が良いのも知っていますし。私の国にもファンはいます」
「そうだろね、外国の神様もみーんな真幸が大好きなんだよ。
本来なら高天原で暮らして、この国を統べる神として悠々と暮らせばいいのにさ。現場から絶対離れないの。
いつも一生懸命で、アタシにフツーに接してくれる。あんな子、今までいなかった」
「…………」
黙り込んだ少昊をイナンナ殿が真っ直ぐな瞳で見つめる。その眼は、黄金色に輝き凛として神力を放っていた。
「何が言いたいのかわかるっしょ?
アタシはこの国に戦の匂いがしたら全力で守る。真幸がこの国にいる限りはね」
「……脅すつもりか」
「脅してはないよ。その必要はないしwもうすでに何人も殺されて、真幸も傷つけられてる。アタシらが我慢してやってる現実を、ちゃーんと分かってもらおっかなーとおもってw」
「我慢、とおっしゃるのは?」
「あんたの国のクソどもがアタシの真幸を傷つけただろ。直接の被害がなくても仲間を傷つければあの子が傷つく。分かっててやってるんだよ、犯人は」
「…………はい」
「各国の神とこの国を繋いでいるのはヒトガミ個神への好意だ。世界中の神との橋渡しの保証は、アタシ自身の命だよ。真幸は絶対悪いことしないよってね」
「……ヒトガミへの保障を、あなたの命でされたのか」
「そーそー。何のためだと思う?この国のため?人間のため?
違うよ、アタシは真幸のためだけに動いた。こう言うことすんの久しぶりで、マジ面倒くさかったけどーwww」
「随分な肩の入れ様だな、まるで恋人の様じゃないか。小さな島国を統べる神のために、世界を巻き込んで戦争を起こそうとでも言うのか」
「別にいいよ、それでも。その方が楽だもんw
神も人間もこの国の戦士は一騎当千だ。道具を作る技術も、戦闘能力も抜群に精度が優れてる。あんたの国も過去に侵略されてっし」
「はるかな昔の話だ」
「そうだねぇ、そこから何百年も経ってさ、技術の進歩はどうなった?
そういえばさぁ、極秘の潜水艦出航がハワイにまで知れ渡った国があったよなーww
あんな馬鹿でかい音響かせながら動く船に、どの国がやられると思ってんの?戦争舐めんなしwwマジで笑止千万www」
「…………」
「戦争は兵士の数が多けりゃいいってもんじゃない。戦女神のアタシが言うんだからちょびっとは危機意識持ちなよ。
真幸がキレたらこの世が滅ぶよ」
「そんな確証のない脅しなどで、怯むと思うか」
「……脅しじゃなくて事実だけど?
アタシはあんたの国を思って言ってあげてんの。
真幸は自分の身の中に生まれ持った莫大な霊力や呪力、神力まで備えてる。それが、勾玉を交わして古来の神の分も足されてるんだよ?」
「スサノオ殿の事か……」
「それだけじゃない。八百万の神を従えているのは知ってるよね?支配力じゃなく、友情や信頼でみんなが繋がっている。そんな女神に誰が勝てるのか……よく考えたほうがいいっしょ」
「…………」
少昊はお茶を啜って苦い顔をしている。形勢逆転といったところでしょうか。
にこやかに笑んでいるはずのイナンナ殿からは、異様なほどの神力が感じられる。彼女も怒っている様ですね。
「イナンナのお話にもう一つ情報を足しておきましょう。私たち女神のネットワークではもう既に警戒体制を整えておりますよ」
「姉様の言うとおり、悪いけど私たちはあの子みたいに優しくないわ。
誰が生きようが、誰が死のうが関係ない。真幸に手を出したなら黙ってられないから」
「神々の戦争とか久しぶりだなぁー。アテナも怒ってたし、フレイヤも同盟に参加した。ドゥルガーやダンジャイも同意してくれて他の神々にも声をかけてる。
何より、アタシがそろそろ限界なの。ちゃんと調べてくれないと何すっかわかんないよww」
「……わ、私は……」
「あ、返事いらないんでww断ったら即動くから。――肝に銘じておけ」
立ち上がった女神達は鋭い視線で少昊を一瞥して、舞台から去っていく。イナンナ殿が天照殿の額を突いて『しっかりしろ』と一言残し、消えて行った。
日本の神々は震え上がってます……確かにあのお顔は怖かった。
名が上がった方は皆、苛烈な戦女神達。大陸国が戦をするならば味方につけなければならない国々の代表だ。
「真幸はとんでもねえ友達ばっかだな。盟約とか……いつ交わしたんだよ。星野は知ってたか?」
「さすがに知りませんでしたねぇ。イナンナ殿は国の長を指名できますから、お役目を果たされたのやもしれません」
「……真幸はいつの間にやら女王様ってか?」
「もともとそうでしょう?ご本人は頑として認めませんが」
「まぁ、そうだな」
お互い苦笑いを交わし、チビチビとお茶を啜る神達を眺めて何とも言えない気持ちになった。
━━━━━━
「では、迷家の魔法陣は香港あたりで使われるものだと」
「はい、近代では特にそうです。豚肉ともやしを使って土地神の供物としています。人の血を使うことで本来祝福を与えるべき物を反転させていますね」
「この辺りは人間の知識だろうな、やり方が浅い」
「えぇ、それから……香港自体は風水に特化していますから、龍脈についての知識が高いはずですが。人を贄にしているあたりで微妙なやり方とも言える。
神の仕業であれば間違いなく龍を殺します」
「畏れ敬う対象を殺すことはできぬと言うわけじゃな、ちなみに八犬伝については何か関与があるのじゃろうか」
先程とは打って変わった態度の少昊は顎を摘んでうーん、とうなる。饕餮と目を合わせるが、猫姿の神は首を振った。
「アレは水滸伝に感銘を受けて作られた小説が元だろう?あまり関係ないんじゃないか。たまたまあった物を使っただけだと思う。
ただ、その先で内臓を集めているのは訳がわからん。国を滅ぼそうと言うのなら、木偶を作ったところで何の役に立つか」
「そうなんですよねぇ。迷家の事件は明らかに土地を害そうとしていたが、今回の九州については全く違うアプローチに思えます」
ふーむ……違うアプローチ、ですか……。確かに土地の力を吸い上げれば良い物を、わざわざ天災を起こして力を吸い取り、さらに僕たちを誘き寄せていますからね。
そもそもの話ですが、我が国を害するのであれば一番手っ取り早い方法に犯人は手出しをしていません。
国護結界はまだ土着しておらず、要の一つとなり全土を守っているのは芦屋さんですから。
私が犯人であれば芦屋さんを叩きますよ。想像したくもありませんけど。
周りからじわじわと侵食しているものの、明らかに目的が芦屋さんを害するものではない。まるで、芦屋さんを避けて周りに侍る者を消そうとしているかの様な。
……まさか、ですよね。
私たちを害したところで元中務も大陸国の術師達も利があるとは思えません。
芦屋さんはとっても強いので、仮に周りの者が全員死んだとしても……怒り狂って世界を滅ぼすくらいはするでしょう。打ち倒されることなどあり得ない。
「……俺たちの寄せ集めを作ってんのかもしれんな」
「え?」
「命を象徴する内臓を集めて、木偶を作り上げて本体を殺す。いなくなった俺たちを求めて、その木偶を手元に置かせて……真幸をたぶらかそうってんじゃねぇか?」
鬼一さんのぼやきにびっくりしている神様達。私も驚いてますが……。
かき集めを作ったとして彼がそれに縋る様な事態になりうるでしょうか?
「いや、そうじゃねぇな……真幸が誰かに求められているなら、囲い込む必要があるだろ?
だからその、そう言う目的なんじゃねぇかと」
「うーーーん……あり得ないとは言い切れませんが。そんなにヒトガミへ執着する様な神様がいたでしょうか?
ないとは言い切れないところもありますけど」
「申し上げにくいですし信じて頂けないかもしれませんが、お祖父様……黄帝も私たちも本当に今回の事件に関しては何も知らないのです。
むしろ、日本の元中務が存在しているとすら思っていませんでしたから、逆に我々を陥れようとしているのかと思っていました」
「んな事する訳ねぇだろ、面倒臭え。こちとらやっとこさ落ち着いて来て平和な世を楽しんでいたところだぞ」
「暉人殿がおっしゃるならばそうだと信じられますがね?私の国も侵略された過去がありますからね?日本が強い事なんて身に染みてるんですよ」
「そう言うこともあったな。大正頃の話だろ、そろそろお互い様ってことにしてくれ。さっきもそう言ってたじゃねぇか」
「はぁ、まぁ、そうですね……」
大きなため息を落とした少昊は鬼一さんと私を代わる代わる眺め、躊躇いがちに口を開く。
「あのぅ……ヒトガミ様は今日はいらっしゃらないのですか?」
「あぁ、今事件解決に奔走しているところだ」
「そうですかぁ……お顔が見たかったんですけどねぇ……そうですかぁ……」
がっくり項垂れた彼は本気で落ち込んでいる。もしかして、芦屋さんに会いたくて来たとか……???
「調印式のお姿はとても綺麗でしたね。たおやかなお声が忘れられませんし、優しいお顔に浮かべた笑顔が目に焼き付いて……私はたくさん肖像画を描きました」
「お主、まさか名代で来たのはそのためか」
「ハイ……あっ、いえ、あの。お祖父様が落ち込んでいるのは確かです。ヒトガミ様に嫌われた、と高天原での会議の後から食事もされなくなってしまいました」
「「「………………」」」
「マジかよ」
「ええぇ……」
「ですからあの、捜査の協力は惜しみませんから、嫌わないでくださいと伝えていただけませんか」
「お前さっきまでつーんとしてたじゃねえか!真幸に嫌われたくないならしゃんとしろよ!?なぁ、天照」
「いや、突っ込むところはそこではない。暉人も落ち着け」
「ヒトガミ様がここにいらっしゃるまで粘ろうと思っていたんです!
……私たちは皆、彼女に悪意など持っていません。肖像画を大切に飾り、毎日眺めては思いを募らせています。和風に言えば、推しと言うやつです」
「はぁ……?なんだそりゃ。何か拍子抜けだな」
「そ、そうですね。ともかくここから先は協力して頂けるのでしたら、主にはそうお伝えします。こちらから連絡するかもしれませんし……」
連絡先を教えてください、と言いかけたところで紙切れを手渡され、少昊殿にガシッと両手で掴まれる。
怖いんですが。
「ぜひ!私めにご連絡ください!!!メールアドレスをお渡ししておきますね!!
ずーっとずーっとずーっとお待ちしてますから!!!」
「は、はい……わかりました」
呆然とした視線に囲まれつつ、饕餮と手をとってくるくる周り、鼻歌を歌いつつ踊り出す大陸の神……一体全体どうなっているんでしょうか。本気でわかりません。
私たちは結局何も真相に辿りつかないまま、他の国に愛される芦屋さんの現状を目の当たりにしただけで会議を終える事となった。
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