73⭐︎追加新話 主の甘い毒
天照side
「はーちかれた。みんな何か飲む?アイスコーヒーにしようか」
「この前鬼一から差し入れがあっただろう。偶には吾がやる」
「あ、兄上が????いいですよ、僕が……」
「よい、座っておれ。月読は真幸の足を揉んでやれ。魚彦、夜の参拝のためにしばし癒術を頼む」
「わかった」
「本当に
「……ワイは飲めるモノならなんでも飲むで。死ななければええわ」
「ほっほっ、心配する気持ちはわかるぞ、ワシが手伝うかのう」
「オイラはわからんから、真幸といるぞォ。死なないやつで頼みたいがなァ」
「わふ……こわいナ」
「まぁまぁ、やってみたいんだろ、任せよう。
「はい!あっ、でも……」
「大丈夫だよ、俺が抱っこしたいんだ。おいで」
「はぁい!」
赤黒は恐る恐る真幸の膝上に乗り、そっと寄り添って微笑む。真幸の寂しさを癒すのは体の小さき眷属が最も効果がある。良い働きだ。
真神陰陽寮から帰って、いつものように眷属たちに囲まれている……吾にとっては初めての主。
本人は何ともない顔をしているが、真幸はこうして高頻度で全員を顕現しなければ、溢れ出る神力を処理しきれないのだ。
あれは、颯人が急拵えで作り上げた器なのだと降りた後に分かった。
根性があるとはいえ、今の環境が良くない。背負う物が多すぎて苦労をさせてしまっている。気丈に振る舞う姿は胸が痛くなるが、何もできないのが現状だった。
颯人がああまでして他人に肩入れしたのは、
だが、此度はあの時よりももっと深く、執念深いものを感じている。
自分の身を以て真幸を守り、死を迎えたと知っても信じられなかった。
自分の知る弟ならば、そんな事をしないと思っていた。
格のある神であれば何があっても自らを犠牲にしてはならない。一人を救って自分を滅ぼして仕舞えば、それよりも多くが犠牲になる。……吾らはその義務を正しく理解していた筈なのに。
「天照殿、氷を出しますからお盆に玻璃の器を並べてくだされ」
「あぁ、わかった。赤黒も飲むのか?こーひぃは苦いだろうに」
「ほっほっ。見ていればわかりましょうや。ミルクと、砂糖を持って……こーひぃは器のままで良いですぞ」
「む?それでは用意した事にならぬのではないか?」
ふ、と微笑んだククノチは、器に氷を入れながら言った。
「真幸は颯人をなくして心は千々に乱れ、お前さん達のもたらす神力を処理しきれぬ。呪いまで背負って踏ん張っている。
我らは何もできぬ。ただただ苦しむ主を見つめなければならぬ。くるしうて、くるしうて仕方ない。主のほうが苦しんでいるのにのぅ」
「……それは、そうだが。今の話に何の関係があるのだ」
「ちぃとは自分で考えなされ。
……真幸がな、ワシらのこぉひぃを好みに合わせて作ってくれる。こんなに多くの神を抱えておっても、ワシらのことをちゃーんとわかってくれる。
そして、それを喜ぶワシらを見て主は癒されてくれるのじゃよ。手間を作ってやるのも主のためなのじゃ」
「…………そうか」
「自分のことではなく、ワシらが喜ぶのを幸せと思うてくれる。
なんと尊い主人なのじゃろうか。もし、ワシが颯人より先に出会っていたら……」
「…………」
「詮無いことを言いましたな、ゆこうかの」
「あぁ」
ククノチが言いたいことはわかる。颯人よりも先に出会っていたら『真幸の唯一に成り得たのだろうか』と言いたいのだ。そうしたら、あのような思いをさせなかったのに、と。
ただ一心に颯人を求め、どんな苦難を齎されてもあきらめず立ち向かう姿は誇らしくもある。加えて神という存在に対しても慈しみ、無性の愛をくれる稀有な存在だ。
しかし、全てのものは一番に颯人のものだと眷属皆が理解している。吾らでは真幸の心を奥底から満たしてやれない。
颯人以外がどんなに愛しく思うても、それでは足りぬのだ。
お盆の上に乗せた玻璃の器は大きさも形も異なる。この家に越すときにそれぞれ気に入った箸、器を選ばせて食器の棚は様々な種類が揃っている。
もちろん、颯人の物も用意されていた。神々をただ人のように、まるで家族のようにして形の違う心を満たしてくれる主はいつも、空虚を抱えたままだった。
「ありがとう天照、そこにコーヒー置いてくれー」
「あぁ」
ガラスを横一列に並べて氷の量を調整し、ミルクや砂糖をそれぞれ目分量で注ぐ。こーひぃの器を傾けると真幸の手が震え、月読がそれを支えた。
「あんがと、すまんなー、今日は握力が微妙っぽい」
「弓撃ったし、荒神の穢れを物理排除したからだよ。あんなの僕らにやらせればいいのにさぁ」
「ふふ、九十九川の神があんまり可愛い顔で見てくるからさ。やってあげたくなっちゃったんだ」
「可愛い……?うーん……」
皆一様に首を傾げているが、真幸の眼はなにを写していたのか……吾にもわからぬ。泥の塊が可愛い、とな。ううむ。
「はい、ククノチさんはミルクもお砂糖もたっぷり氷なし。天照はお砂糖だけで氷多め、月読は氷多めのブラック、赤黒はコーヒーちょびっとでミルクとお砂糖多め、ラキはミルクとコーヒーが同じ量、ヤトはミルクだけ、暉人は全部同じ量、魚彦はミルク多めで砂糖なし……」
それぞれの器に入れられた飲み物が配られ、目を細めて皆がそれを口にした。主は気に入った器と味の好みを全員分覚えている。これはこーひぃだけではなく食事もそうだった。
誰がなんの食物が苦手なのか、好きなのか、どの程度の量を食べるのかを全て把握している。三度の食事とおやつの時間は他の者に任せず、必ず自分で食事を作る。
食事などなくとも良い、と言ったが『これは習慣だし、楽しみだから』と言って聞かなかった。
これがククノチが言うように癒しになるのならば、あまり口うるさく言うのはやめよう。
……あぁ、ククノチはこれを悟らせたかったのか。なるほど。
「天照、コーヒー慣れた?初日に飲んだ時はすごい顔してたけど」
「ん……苦いのが良いと理解できた。そもそも吾も月読も口にした事はなかった筈だが」
「……ボ、ボクモハジメテデシタヨ」
「月読は最初からブラックだったろ?美味しいって飲んでたのお前だけだぞ。ラキは苦いものが好きだからわかるけど、他の食べ物の好みからしてそれはちょっとなぁ」
「ぬ……むう」
「月読は忍びで
「ハイ」
「別に悪い事じゃないだろ?そんな顔すんなし。おかわりは?」
「ください!」
月読が言い淀んだのは、現世に降り出したのは真幸に会いたいと言う理由だからだ。颯人が降りてからも時たま見ていたようだし、京都以降の行動には全てついて回っていたからな。寝所に忍び込み、寝顔を見ては頬をつつき、颯人に叱られていた。
高天原に帰ってくるたび、嬉々として報告されて。弟の恋心をただひたすらに語られた日々は悪くなかった。
その話を聞いて、真幸の元へ降りたいと……吾もいつしか同じ気持ちを抱いていた。
天照大神の存在が多く語られるのは女神という形が多い。しかし、神は雌雄を自由に変化させられる。
人とは違い元々その区別がないのだが、真幸への認識は端から巫女だった。それ故男神として降りたが、女神ならば今少し接触が増えていたやも知れぬ。……失敗した。
「今日はお夕飯何にする?」
「僕ラーメンがいいな」
「月読はやたらラーメン好きだな、どこでそんなラーメン好きになったんだ?」
「東京ってラーメン屋さんたくさんあるから、次々食べてたらいつの間にかクセになってて。味もたくさんあるし、人間も好きなんでしょ?」
「そうだな、ラーメン好きの人は多いよ。うちはみんな塩味が好きだけど、なんでなの?」
「真幸くんの塩ラーメンが美味しすぎるの!あれはお店じゃ食べられないもん」
「たしかにそうじゃのう。ワシはうどんの方が好きじゃったのに、あれを食べてしもうたら、うどん……いや、ラーメン……と悩むくらいじゃよ」
「魚彦は妃菜のうどん食べたことあるだろ?あのうどんには敵わないよ」
「どちらも愛情が込められるがゆえの美味じゃ。優劣をつけるものではないが、真幸が作ったと思えば逆に勝てるものはない」
「そうなの?へへ……じゃあラーメンにしよっかな」
皆が神妙に頷き、顔を赤くした真幸は赤黒を抱きしめて髪に顔を隠している。
……あぁ、そうか。真幸が感じている喜びはこれなのだ。
神はただ求められるままに働き、感謝されずとも疑問には思わない。
そうやって生きてきた我らにとって主に執着してしまうのは……与えただけの想いを返してもらえる、これが幸せだと知ってしまったから。
主と定めた者が大切にしてくれること、我らが主を大切だと思えば喜んでくれる事がこんなにも心満たされる物とは知らなかった。
「さて、そろそろ今日の報告書送らなきゃ。夜は天文観測だな……月読、ご教授よろしくお願いします」
「うん!喜んで!!あったかいミルクティー持っていこうね♪」
それぞれがキッチンに器を片付け、方々へ散っていく。
真幸がですくわーくをする時はその日の近侍のみが付き添い、後のものは家の掃除や近隣の警戒に出かける。
今日の近侍は吾だ。
「真幸、部屋まで抱えよう」
「ぬぁー……書斎を下に下ろすか。毎回抱えられるのヤダ」
「良いではないか。吾らの楽しみを奪うな」
「……ぬーん、むーん。じや、頼む」
「応」
今一な反応を見せた真幸を抱え上げ、階段を登っていく。ここは古い家だからか天井が低い。頭を下げつつ登っていると下り眉毛が顰められた。
「背が高いからそうなるよなぁ、天井をもう少し高くするか?でもそうすると人の手じゃ無理だし」
「最初から術を使えば良いのに、なぜそうせぬ。引っ越したばかりの時は汗を垂らして鋸を引いていた」
「なんとなく、かな。この家の住人が増えるまではそうしたくないんだ。一回やっちゃうとまた改装するのが大変だろ?
俺じゃなくて、もっと柔軟性のある人がやってくれる時までは自分の手でやる。自分の建てた社を作り直すの本当に大変なんだけど、何でだ?」
「ふ、確かに其方がかけた術ではさらに改造するのは難しい。社が千年持つのもその理由からだが」
「え、そうなの?俺の頑固もいいんだが悪いんだからわからんな」
「そうだな」
……真幸はいつ、気がつくのだろう。
『柔軟性のある誰か』は颯人ではないことを。この家の住人が今居る者たちで終わりではないと無意識に決めている事を。
はようその時が来ればいいとも、このまま神々で独占したいとも思える……不思議な気持ちを抱えている眷属の事を。
「さって、やーるーぞー!」
「うむ、程々にな。吾はここで洗濯物を畳もう」
「天照も大概働き者だよね。古事記でも日本書紀でも、登場時はいつも機織りしてただろ。真面目なんだよな」
「お主に言われると何とも言えぬ」
お互い笑いをこぼし、窓から注ぐ柔らかな光に目を細め、作業をはじめた。
━━━━━━
(――月読?怪我をしたのか。今どこにいる)
(しっ、兄上。静かに。真幸くんにバレちゃうでしょ、もう家に着きますよ)
(しかし……お前、毎晩出かけているがそろそろやめぬか。遠くまで行く必要があるように思えぬ)
(僕は必要だと思ってます)
(しかし……)
日付が替わり、あと半刻ほどで参拝の時間となる。かすかな血の匂いに目覚め、眠っている真幸を置いて廊下に出た。
足音を立てぬように中庭に急ぎ、月読を迎えた。
「兄上、血で穢れます。お戻り下さい」
「……大分やられたな。傷は腹だけか?」
「いえ、足もです。すぐに戻っては真幸くんに気づかれ……はっ!」
「やっぱな。時々血の匂いがすると思ってたんだ」
「ま、真幸くん!?」
中庭の戸を開けて密かに話していたはずが……真幸が背後からやってきて、裸足のままで中庭に降りていく。
「傷洗うから、そこに座って」
「あの……」
「いいから座って。水汲んでくるから。潔めた水のほうがいいだろ」
「うん……」
しかめ面のままで月読を庭用の長椅子に座らせ、潔めの水を甕からたらいに移す。甕が満たされている……これを予見していたのか。
弟の腰紐を解いて肌をあらわにすると、腹から足にかけて大きな切り傷が血を流していた。
「これは……」
「沖合に流れた呪いの人形があって、行き先がここだったんです。術返しがありまして」
「人の作った呪いだな、これは」
「はい。国の流れを変えた、ヒトガミの棲家を探している者がいます」
「そうか」
「天照、どいて」
「あ、あぁ……」
真幸は浴衣の裾を捌いてしゃがみ、月読の傷に水をかける。杉の葉を浸し、霊力を注いだそれは清めの効果が強い。残穢として傷に残った呪いと塵を少しずつ流し、治癒の術を施して行く。
「真幸くん、これから参拝するんだからそんなに力を使わないで。大した傷じゃないから」
「大した傷だろ。こんなに血が流れてるんだぞ」
「そりゃ、そうだけど……」
水で清め終わり、用意していた布巾で傷を圧迫して血を止めている。
代えの布が血に染まらなくなった頃、大きなため息が落ちた。
「どうしてこんな無茶するんだ。毎晩出かけてるだろ。一柱でやるからこんな怪我するんだよ」
「……でも、あの……」
「すごい神様だからとか、そんなの関係ないからな。怪我しなきゃいいとかそういう問題でもない。
月読が痛い思いするのが嫌なんだよ」
「……ごめん」
肉が盛り上がり、傷が塞がって行く。
顔を青くした月読の手を握り「痛いだろ、ごめんな、後少しだからな」と絶えず声をかけて癒術をし、それを夢中で見つめている月の弟。
吾らは、仮にも現役の最高神だ。高天原を統べ、日本の神では父上、母上や開闢神の次に位を置いている。
今回の怪我は疲労が重なって注意不足で負った怪我だとわかる。実力不足だったわけではない。
仮に怪我を負ったとして、手当はされてもこのように叱られることなどなかった。
自分より上のものに『心配』など普通はせぬものだ。
痛みを覚えて助けを求める、愚痴をこぼすなど許されぬ。頂点に立つものは、他に甘えることなどあり得ない。
「どう?まだ痺れたりしてるか?」
「足先が、ちょっとだけ」
「そっか、ここじゃ硬い椅子しかないからリビングに行こう。天照、魚彦の薬を煎じてくれるか?いま寝入ったところだから、起こしたくないんだ」
「……応」
手を引かれるままに歩き、着物を脱ぎ捨てて
戸惑いながら吾の顔を見て、足取りの小さな真幸に連れられて行く。
その後を追いながら台所に向かい、鍋に湯を沸かして痛み止め用の薬剤が入った小袋を入れる。懐かしい匂いがたちのぼり、胸が締め付けられた。
昔は良く煎じていたのだ。血止めや、痛み消し、そう言ったものを。生まれたばかりの時は、兄弟全員怪我ばかりしていた。
「俺に寄りかかって、足はここに上げて。血行を良くすれば痺れが取れる。再生されたばかりの肉はまだ馴染んでないから、動かしてやらないと」
「う、うん……でも」
「遠慮しないの。頭のっけていいよ」
「……うん」
台所から見えるのは、布枕の敷かれた椅子で弟を胸に抱き、頭を抱えて投げ出した足をさすってやっている姿。
体の大きな者が、小さな者へ体を預けて縋っている様子は何とも言えない気持ちになる。
「重たいでしょ、僕もう平気だよ」
「だめ。まだ足が冷たいだろ。はい、反対の足よこして」
「……」
「薬湯ができたぞ」
「ありがとう。天照手慣れてるな、良く作ってたんだな」
「あ、あぁ……」
月読に手渡そうとして、真幸の手が伸びてくるので思わず渡してしまった。
呆然としたままでいると傍をぽんぽん、と叩かれ促されるまま腰を下ろす。息を吹きかけて薬湯を冷ましているようだ。
月読は拾ってきた犬のように丸まり、おとなしくされるがままになっていた。
「はい、冷ましたからな。自分で飲めるか?スプーンで飲ましてあげようか?」
「……」
「そんな目しなくていいの。痛い思いしたんだから甘えていいんだよ。はい、あーんして」
小鳥の雛のように、匙で口に薬を入れて貰っている……こんな姿は初めて見たな。
「天照は知ってただろ。こんなこと二度とさせないから。もし対処が必要なら俺も連れてって」
「しかし、其方の危険が伴うのだぞ」
「月読の危険もあるでしょ。天照がいない時もあるし、交代でそういうことしてるんだろ。もしかして他の神様もそうなのか?」
「そうだ。……誰に言われるでもなくやっている」
「…………そういうの本当に、お願いだからやめてくれ……」
震えた声に驚き、真幸の顔を覗き込むと眦に涙が溜まっている。そうっとそれを拭うと、昏いままの瞳に透明な色が顕れた。
「颯人もそうだった。みんなが内緒で俺を守ろうとする。やだよ、もう。あんな思いしたくない」
「……すまぬ」
「はぁ……月読もわかった?もうこんな怪我は許さないからな」
「でも、僕たちは神で兄上もちゃんと強いし……怪我したって死ぬわけじゃないよ?今日はたまたまなんだ」
「それでも嫌なの。俺の大切な家族なんだからちゃんと自覚して。今度怪我したら二度と外に出さないから」
「……うん」
薬を飲み終わり、真幸の肩に頭を乗せて微睡む姿は幸せそうだ。誰かに守られ、愛されるなどなかった吾らにとって……真幸のこの優しさは劇薬だ。
毒のように心を蝕み、他に目をうつすなど許されない。ただひたすらに注がれる甘さに酔いしれてしまう。
「真幸くん……大好き」
「ん、そう思うなら怪我すんなし。呪いだったんなら形代があっただろ、それどうした?」
「燃やした」
「もー。それ術者も燃やしちゃうだろ。ダメだよそういうの」
「何でさぁ。人を殺すなら死ぬ覚悟もあるでしょ。真幸くんをどうにかしようとする奴は消すから」
「んもぉお……人を殺したら月読が業を背負わなきゃならんの。そういう時は形代を残して捕まえてくれ。
燃やすんじゃなくて『こんな酷い目に遭うなら二度と手を出すのをやめよう』って思わせたらいいだろ?」
「わぉ、なるほど。呪力キャパ大きいだけあるねぇ?」
「俺はやる時はやるの。冷たい奴なんだぞ」
「ふふ……そういう事にしておこうかなぁ。そんなとこも好きだよ」
「はいはい、わかったわかった。……ごめんな、気づくのが遅くて。みんなに辛い思いをさせてばっかりだ」
「そんな事ない。真幸くんに『家族だ』って言ってもらえるの、本当に嬉しいんだよ」
「そうだな、吾もそう思う。皆もそうだろう。超常と言われるもの達は生まれた時から大人だが、体を動かしたり術を使うのは上手くいかず……はじめの頃はよく怪我をしていた」
「颯人が一番ひどかったけど、一番早く強くなりましたね。怪我をした分だけそうなれるから……」
「神様達はみんな、怪我を治すのにどうしてたんだ?毎回魚彦に頼めるわけじゃなかっただろ」
「うん、でも薬湯の処方はしてくれてたよ。血止めを飲んで、酷い時は痛み消しを飲んで、隠れ家に引き篭もるんだ。人間で言う物忌に似てる」
「誰か一緒にいたのか?世話をしてくれる人は?」
「あはは、いないよ。僕たちは偉い神様だろ?だからこうやって甘やかされたことなんかなかったんだ」
「……そうか」
吾の体も引き寄せて、月読の横に頭を置かれる。小さな手がそれを撫でてくれると、目の中が痛くなる。泣いてしまいそうだ。
「偉い神様も大変なんだな。颯人が具合悪くなった時にさ、手当てされるのを不思議そうに見てたから何となくそうなのかな、とは思ってた。寂しかっただろ?」
「寂しいと言うのは、知らなかった。何か心の中が痛む時はあったが。……それを教えたのは其方だ」
「えっ、そうなの?なんかごめん?」
「謝らずともよい。教えられた事は、知った事は喜びに他ならぬ。
満たされぬものが何なのか、漠然とした思いが何なのか知らねば、それを満たす事はできぬだろう」
「そっか。それなら良かったよ。……寂しいのは辛いよな。トメさんも言ってたけど、腹が減るより辛いって」
瞳を閉じると、熱い雫がほおを伝う。
そうだな、寂しいのはとても辛い。
颯人を取り戻したら、真幸は颯人のものになってしまう。こうして抱きかかえてくれなくなるかも知れぬ。
僅かな喜びを与えてやれたとしても、完全に満たしてやれる者が颯人だけなのだと言う事実が突きつけられる。
それが、たまらなく寂しいのだ。
「何泣いてんの。天照も月読も泣き虫だな」
「真幸くんが好きすぎて泣いてるの」
「ふぅん?よくわからんけど……泣き虫さんには夜食でも作ろうか?あったかいもの食べたら落ち着くだろ。」
「くっついてていいなら食べる」
「吾もだ」
「んぁー……まぁいいか。おじやにしよう。二柱とも卵が好きだろ。ふわふわのかき玉が特に」
「うん、好き」
「そうだな」
「みんなが起きてきたら全員分作らなきゃだし、ささっと作って内緒で食べよ」
顔を見合わせてこっそりと笑い合い、皆で台所に向かう。
――今は、吾らだけの主だ。
その事は他の何よりも甘美で、満たされる物だった。
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